第23話 蟠り

 魔女の祝福を持つ子供たちにも手伝ってもらって襲撃者の武器に《共感治癒コンテイジャスヒール》を分担して掛けてもらう。太矢の刺さった兵士は抜いたその場で掛けていく。大怪我を負っていた兵士も回復し、運よく死者は出ず、戦えない者は僅かだ。襲撃者の方は騎士八名のうち四名が回復、一名が負傷の状態で捕虜となり、三名が死亡となった。


 私が傷つけた二人はどちらにも治癒の力が及んでいた。辺境伯から頂いたこの長包丁はやはり魔剣の類のようだ。


 メレア公の騎士はフェフロと名乗り、メレア公の命で私を守りに来たという。そのかなり大柄な男は鎧姿もあって七尺を優に超えて見える。大きな盾を軽々と持ち、先ほどは鎖付き星状球プロンメを木製の殻竿のように振り回していた。


 フェフロは顔や体が傷だらけで一見強面だが、その外見にもかかわらず意外にも物分かりがよく、男爵たちの言い分を聞き入れ、すぐに使いの者を解放してくれた。ただ、ゴアマに言わせれば――あの男が物分かりがいいだって? 冗談。ラヴィが居たからそう見えただけだ。それまでは何も聞き入れず、一触即発だったんだ――とのことだった。


 そしてジーンはどうしたかと言うと、あの六人の恋人を公爵領の城下に連れて行っていた所だったらしい。後継ぎの事と言い、何かと運のいい男だと思った。ただ、私が行方不明なのに薄情な男だなとも少しだけ思った。


 問題は行方の分からないエイロンだったが、神殿が襲われたわけだから神殿長という立場の彼は捕まった可能性もある。逃げ延びてくれていればいいけれど……。


 ロシェナン卿からの使いの者が閉じ込められていた地下の部屋にはカルナ様が入れられた。彼は私と話をしたがっていたが、まずは進めなければならない話し合いがあった。ゴーエ伯の騎士たちもそれぞれに閉じ込められた。



 ◇◇◇◇◇



 表をゴアマと兵士たちに任せ、私は護衛のレコール、二人の男爵と従者、フェフロ、そしてイズミと共に居た。


「フェフロ、確認なのですが、東の領地は国王より魔女を寄越されている事実は無いのですよね」


「国王陛下からですか? まさか。東はどこの領地も魔女が足りていませんが、陛下が融通してくれたという話は聞きません」


「西の領地の者は、東の辺境の魔王との戦いに魔女が狩りだされたと思っていたのです」


「そんな! 聖秘術を使っての魔王領の攻略など、もう長い間聞いたことがありません。東は年老いた魔女ばかりです」


「西では若い魔女が現れると国王陛下に召し上げられていたのですよ」


 ラトーニュ卿が補足する。


「東では……賊を装って殺害されていました……」


「なんと……」


「まあ西は公の力か強い。東のような小領地の集まりとは違い、荘園や町村が全て公の目の届く領内だ。ただ、それでも強引な召し上げはあった」


「面白くないな」


 そう言ったのはイズミ。それなりの年の大人たちに紛れて難しい顔をしていた。


「あの国王、四十年前は先代の神殿長にさんざん世話になっておったはずだぞ。それに今の大賢者はなんだ。聖堂に取り込まれおって、若い頃から何も学んでおらん」


 イズミはまたあの子供とは思えないような口調で話し始めた。

 私は男爵たちの顔を見回す。


「そうなのですか?」


 男爵らもフェフロも首を横に振る。


「イズミは陛下や大賢者様も知っているの? それも賢者の祝福?」


「どちらもそう思ってくれていい。王城の中の仕組みも割と知っている。それから東と西のわだかまりも知っている。あれはもともとは魔女が原因だ」


「魔女が? でも今はもう数が減ってるのでしょ」


「それでもだ。昔は東と西の魔女の仲そのものが悪かった。仕方のない部分もあるが、その蟠りの偏見が今も領内に残っているのだろう」


「確かに我々西の者は東の領地の者に対して、戦争好きで常に魔王領に攻め入っていると言う印象があってあまり良い感情はないですね」


 そう、ラトーニュ卿が言うと、フェフロがいきりたって――。


「何を言うか。西の者が平和で豊かな土地で富を蓄えて居られるのも我々の犠牲があってのものだ。魔王を退け、魔鉱を手に入れるため、血を流すのはいつも我々だ」


「西の領地からも王を通して兵は出ている! それに魔鉱は東の領地に富をもたらしているではないか」


 声を荒げて反論してきたのはレコールだ。フェフロが立ち上がろうとするのを私が制し――。


「やめなさい二人とも!」


「申し訳ない。私の言葉がまずかった」


 ラトーニュ卿は私に頭を下げてくる。


「いえ、私も西の人間ではありますが、今まで無関心が過ぎた自分を恥じています。私が配慮すべき問題でした」


 イズミは私を見るとおどけたように溜息を付き、柔らかい表情に戻る。


「ふふ。ラヴィなら十分、間に立って意識を変えていけるわ。まあ魔女ってのはそれぞれに得意な魔法が異なるんだけどさ、唯一、聖秘術だけはどの魔女でも使えるの。魔女ならではの魔法ってやつ」


「ジーンも言ってましたがその聖秘術というのは何なのです?」


 私がイズミに聞くと、男爵らやフェフロが気まずそうな顔をして目を逸らす。


「あー、えーと……男が魔女と子供ができるような行為をすることで魔女に力を貰えるのよ」


「えっ、そ、それは……子供ができたりは……」


「魔女はそこらへん専門家だから避妊の丸薬もあるのよ……娼館でも使われてたでしょ?」


「い、いえ、私は詳しくは……よくわからなかったので」


「まあとにかく、その昔、聖秘術を使って魔王と戦っていたのが東の魔女、対して西の魔女はせいぜい夫にしか聖秘術を使わなかったの。他にもいろいろあったけど、根っこの部分ではその差が魔女同士の諍いを生んでいたわけ」


「――東の魔女もそりゃあ最初は夫だけに使ってたのかもしれないわ。でも、魔王との争いは苛烈を極めていたから大勢の男が死んで寡婦がたくさん生まれた。寡婦の中には娼婦として生きる者も珍しくなかったのだけど、それを憐れんだ地母神様が魔女の祝福を成人後に与えたの。だから東の辺境には聖秘術を使って魔王と戦う魔女が多く生まれたの」


「西では寡婦は村や荘園が仕事を与えて守りますね」


 ラトーニュ卿がそういうと、イズミは――。


「そうね。西は魔王に蹂躙された経験が無いから土地が豊かなのよ。東の領地が死守することで王都ができて以降は一度も魔王に深く踏み入られたことは無いわ。逆に南に抜けられた場合は広い範囲で土地が痩せるから被害は大きくなることが多いの」


「なるほど、西の土地が豊かなのは東の領地の犠牲があってのものなのですね」


「ただそこら辺は西も兵を送っているし、東だって魔王領で高価な魔鉱が採れるからどっちもどっちね。古い考えの魔女が少なくなってるわけだから、いっそのことこの辺でラヴィに意識改革して貰えばいいんじゃない?」


「責任が重いですね」


「ラヴィは気負い過ぎるから、できることからにすればいいよ」


「では、まずはレコール、フェフロ。お二人から意識を変えて頂きましょうか」


「聖女様のお手を煩わせずとも、既に私は東の領地に対して悪い感情は抱いておりません」


「姫のご命令であれば西の領地はもとより、この小生意気な男とも仲良くやってみせましょう」


「前言を撤回させていただきます。この男を除いて――です!」


 フェフロの発言で二人が睨み合う。


「やめなさい二人とも!」


「「ハッ!」」


「先が思いやられますね……」


 私はぐったりと項垂れた。


「まあなんだ。ラヴィーリア様には良いお役目だと思いますな。先程、騎士を斬ってきた後より余程いい顔をしておられる」


 ロシェナン卿はそう言うが――。


「そういう訳では無いのです……」


 そう、あの時はカルナ様と相対した直後だったから。――実際には戦いの中、嬉々として人を斬っている。隣に居たレコールやフェフロには醜く映っただろうか。



 ◇◇◇◇◇



 私は尋問も兼ねてカルナ様の部屋を訪れた。

 レコールとフェフロが私について回って来ていたが、フェフロはメレア公の代理としての役目もあったため、男爵らと供に居て貰っていた。


「レコール、拘束は不要です。縄を解いてあげてください」


 レコールは何か言いたげであったが、私の言葉に従ってくれた。


「ラヴィ、君はいったいどういう立場に居るんだい? この男は?」


「彼は私の護衛です。私の詳しい立場を話すことはできません」



「――貴方たちの神殿への襲撃の目的を教えてください」

「……」


 カルナ様は私の様子にしばし無言で居た。


「――さっきも話した通り、神殿に東の領地の者が居座って子供を攫っていると聞いた。その救出だよ……」


「孤児たちは襲われそうになったと言ってましたし、実際に斬りつけられていました」

「それは……騎士たちは様子がおかしかった。だから止めた」


「賢者様を攫おうとしていました。目的はそれではないのですか?」

「賢者様というのは何? そんな話は聞いていなかったんだよラヴィ」


「青い髪の少女が居たでしょう。彼女はもう既に二度、命を狙われています」

「あの子か……。騎士たちが貴族の娘だから連れ帰ると言って聞かなかった」


「彼女たちは攫われたなんて言っていましたか?」

「……いや。兵士たちはむしろ子供たちを守っていたよ」


「それでも神殿への襲撃が正しいと思いますか?」

「……」


「あなたのお父上が何をしているか、これでお判りでしょう」


「待ってくれ!」


 私が立ち上がろうとするのをカルナ様が腕を取ってきて止める。

 レコールが短い刺突剣をカルナ様の首に当てようとしてきたため、それを制止した。


 私は懐かしいその手に触れ、両手で包み込む。


「私は……、私はもっとまともな人間になってあなたに報いたかったのです」


「では一緒に帰ろう。もう十分だ」


「それはできないのです……もう。セアラ様と幸せになってください。それが望みです」


「セアラとは一緒にならないと思うよ、たぶん」


「何故ですか!? あんなにお幸せそうでしたのに」


 カルナ様がセアラ様と一緒にならない。その言葉は私には残酷だった。胸にざくと短剣を突き立てられたような痛みを感じた。どうして今更そんなことを言うの……。


「彼女のことは詳しく話せない。だけど僕は君に戻ってきて欲しいんだ」


 なびいてしまいそうな私が居た。でもそれでは昔のまま変われないのではないか。どうしていいかわからない……どうしたいのかがわからない――。



「そりゃああんまりにも自分勝手じゃないか? ロスタルのお坊ちゃんよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る