第21話 ロワニド殿下

 ラトーニュ卿より夕食の席が用意された。


 ロワニド殿下の右に私の席が設けられ、左にラトーニュ卿、それからロシェナン卿の席が。レコールは私の傍に付き、ゴアマは殿下の傍に付くが、ラトーニュ卿からの簡単な挨拶が為された後、二人も席を用意されて座った。なお、レコールもゴアマも殿下の直属の配下とのこと。



「まずはコルニットが働いた無礼、申し訳ないことをしました」


 ロワニド殿下が頭を下げてくる。私は慌てて止めに入り――。


「コルニット卿とは話し合わせていただきましたので、殿下が気に病むようなことはございません」


「しかし強引に拉致されたとも聞いています――」


「これ以上何かあった場合にお力添えいただければ十分でございますよ、殿下」


 微笑むと、殿下もようやく納得してくれた。


 ロワニド殿下は年の離れた兄や姉が居るものの、嫡子として育てられているらしい。その選択は祝福による合理的なものだという。メレア公のところとずいぶんと違う。彼らによると、家族で公爵領を守っていくことには変わりが無いのだそうだ。


「公は今の領内の状況を憂いております。店の女たちを逃がしたのも、実は彼女らが魔女の才能タレントを持っているのではないかと言う考えからです」


「ええ、おそらく事実でしょう」


「やはりそうですか」


 殿下はその考えに至った経緯を語り始める。


「――領内へは王都から逃げてくる者は絶えません。多くは貧民たちですが、中に兵士の娘や商売人の娘なども居たのです。彼らは一様に娼館への身売りを勧められたそうなのですが、生活を捨てて逃げてきたと。その誰もが成人前の娘を持っており、祝福が無いのです」


「――我々はおかしいと感じました。そこでその娘と家族を公の目の届く小さな村に預けたのです。そこには優秀な魔女がおりましたが、彼女の元で一人の娘が魔女の力を顕現させたのがきっかけでした。それが三年前です」


「ええ、私もそのような話を聞きました。兵士の父が亡くなって、国に助けられることなく売られた女の子の話です。彼女は賢者様の祝福で魔女の力を得ました」


「その賢者様、もしや――」


「ええ、ソノフ家の暗殺者によって殺害されたとされているトメリル村の賢者様です」


 おおという声が一同から上がる。


「生きておられたのですね……。トメリルの賢者様が最後の希望だったのです。若い魔女に祝福を贈ってくださると信じておりました」


「孤児たちを祝福して既に十人の若い魔女がおります。今は神殿でメレア公の周辺の小領地の兵士に守られているはずだったのですが……」


「しかしメレア公の代理の者が使いを捕らえ、ラヴィーリア様を返せと。これは一体どういうことでしょう」


「実は……私は『神殿の護り手ワーデン』の祝福を得ているのです」


「ワーデンですか。あまり聞かない祝福ですね」


「ええ、地母神様に連なる祝福で、神殿や魔女を守る力です。そのため、父には伏せられておりました。私も最近まで忌避しておりましたため、力を顕現させておりませんでした」


「ルテル公が……なるほどありえる話ですね」


「『神殿の護り手ワーデン』が使う魔女の治癒は傷つけた武器を通して掛けられます。その治癒は喩え死に至る傷でも毒でも治してしまいます。賢者様を襲った暗殺者の武器を、賢者様と共に居た魔女様が保管させたのです。そのおかげで蘇生できました」


「――私が不義によりロスタル家に侍女として差し出されたのはご存じでしょう。実はその後、手違いでロスタルから娼館へ売られたのです」


「なんですって……」


「そこから逃げた際に、助けてくださったのがメレア公のご子息だったのです」


「メレア公にご子息が?」


「ええ、本人は妾の子などと申しておりましたが、メレア公には嫡子として扱われておりました。神殿や賢者様との繋がりを作ったのも彼です。そういった縁でメレア公にはよくしていただいておりますので、臣下の者が早まったのかもしれません」


 私自身の事は話すべきか迷ったが、ジーンの助言を仰いだ方がいいだろう。


「我々はメレア公の公子にも恩があるということですね」


「ええ、東の領地でも新しい魔女が生まれておりません。彼もそれを危惧して娼館から魔女を救っております。ですので東の領主たちが辺境に魔女を送っていると言う話は誤りだと私は考えております。――その、そちらにカーレアという娘と兄のゼレク、それからその家族は逃れておりませんでしょうか?」


「殿下、その二人なら私のところに」


 ラトーニュ卿が荘園に居ると言う。殿下が私に頷く。


「ああ、よかった……。――彼らと共に逃げたのですが、私はその……馬車に乗り遅れてしまいまして……」


「まさか、娼館で彼らを救った女剣士がラヴィーリア様!? いや、確かにそのような名前と報告されていた気もしましたが……いやはや……」


 どういうことか――と殿下が問うと、平屋敷と呼ばれる娼館で成人前の女の子を救う際に私が助けたことを、おそらく部下から聞いたのだろう。ラトーニュ卿が話してくれた。


「店の女が心配で、攫われているところに潜り込むようなお方だからな」


 ロシェナン卿がそう言って笑う。


「その娘からの情報であの娼館の襲撃を提言したのです。規模が大きい上に袋小路でしたからね」


「彼女の妹のレテシアは救い出しました。別の娼館の地下に牢があったのです。そこにはおそらく……魔女の祝福を顕現させた子たちが繋がれていて……でも、その中の一人は救えました」


「そうですか。お辛かったでしょう。カーレアも喜びますし、魔女の娘も一人でも救えてよかった」


 私が言い淀んでいるのを見てラトーニュ卿が優しく声を掛けてくれた。

 しかし殿下は眉を顰め――。


「地下牢か……東の神殿周辺はかつて一帯を含めて大きな神殿都市だったと聞く。その時代の物かも知れぬな。そこに囚われているとなるとやはり襲撃では解決できぬようだな」


「やはり伯爵家ですか」


「ああ」


「……伯爵家とは?」


「ロスタルです。ゴーエ伯が娼館の背後に居るのです。貴方が売られたのも手違いなどでは無いでしょう。ただの手違いだったなら伯爵は容易に買い戻せるはず」


「そんな……カルナ様のお父上が……」


 私は信じたくなかった。あくまで私の不義の責任を取るために侍女としてロスタルに入ったつもりだった。もしかすると私の祝福がゴーエ伯に知られていたのかもしれない。キミリが売られた原因だって彼女はそそのかされたかのように話していた。そしてあの晩、私をキミリと共に倉庫に置いたのはセアラ様だ。


「ラヴィーリア様……」


 殿下がそっとハンカチを差し出してくれる。私はまた泣いてしまっていた。優しいと思っていた人たちの悪意が垣間見えてしまったのが悲しかった。でも結局は私が招いたことだ。泣いてばかりいてはいけない。


「ありがとうございます。大丈夫、続きを」


 殿下は頷く。


「南のゴーエの地では小聖堂がいくつも作られているそうです。神殿に代わるようなものでもないと言うのに。ゴーエ伯が他の伯爵と比べて発言力が強いのも聖堂の後ろ盾が強いからです」


「ゴーエには魔女は不要と言うのでしょうか」


「そこまではわかりません。ただ、南は北と比べて貧しい代わり、人の数はとても多いですから。口減らしなど、当然のように行われております。おそらくは売買も」


 殿下は居住まいを正す。


「――我々は伯爵と事を構える必要があります」



 ◇◇◇◇◇



 夜、私は一人にしては大きめの客室を用意してもらっていた。客室もまた、王都の貴族の館の客室のようで、従者や侍女の控室まであった。


 案内されてまもなく、来客があった。ロワニド殿下だった。


「ラヴィーリア様、遅い時間に失礼いたします。宜しければ二人だけでお話ができればと思いまして」


「ええ、私もあの場ではできないようなお話しがございましたから……。ただ、男性と二人だけというのは私、怖いのです。レコールを傍に置いてもよろしいでしょうか」


 レコールは部屋の入り口脇の控室で休んでいたので、殿下の来訪と共に起きてきていた。


「レコールは私の配下なのですがね。宜しいのですか?」


「彼なら大丈夫ですよ」


「信用しておられるのですね。――レコール、信頼に応えるように。そしてこの場での話は他言無用だ。口出しも許さぬ」


 カッ――とレコールは私の斜め後ろで姿勢を正して踵を打ち鳴らす。

 私は侍女を控室に下がらせ、殿下も従者を部屋の外に下がらせた。



「さて、よ――」


 彼は改めてそう呼んだ。


「――我々はもともと其方そなたを上手く取り込んで、反抗の旗代わりに使おうと考えていた」


「構いません。私などがの役に立てるのであれば――」


「――だがな、聞き及んでいたよりも賢い娘であることもわかったのだ」


「――私がですか?」


「其方の幼い頃からの行いに興味があって調べさせていたのだよ。貴族同士の関係や地位には興味が無く、聖堂で祈るか施しを与えるだけ。ただ、貧しい者には聖女の如く慕われていた。おかげで領内の郷士たちにも人気があった」


「そうでしたか。お恥ずかしい限りです」


「――だが今の其方はどうだ。弱き者を助けるため剣を取り、自らを危険に晒しても彼らの身を何より案じている。傷つくことを恐れもせず立ち向かっている」


「怖いですよ。……辱めを受けるのは怖いです……」


「そうか。そこは年相応の娘なのだな」


「それに彼女たちを助けたいのは今まで自分が興味を持たず、のうのうと生きてきた恥を雪ぐためです。私は弱く、愚かだったのです」


「ふふ。私も殿下などと呼ばれて愛想を振りまいて居るが、裏ではこんなものだよ」



「――コルニットのことは助かった。感謝する。あのような男でも我々には欠かせない人材だ。斬られていれば事だった。しかもあれで民には慕われている」


「恨まれてはおりませんでしたか? 障りは残りませんでしたでしょうか?」


 私はひとつ間違えば大事だったにもかかわらず、何故か微笑んでしまった。


「それに関してはぜひまた手合わせしたいと申していたな」


 くくと彼は笑う。


「――私を利用していただいて構いません」


「傀儡となっても良いと言うのか? 父は其方を娶れとも指示している。おそらく私は愛してはやれぬ」


 ジーンには迷惑をかけてしまうなと今更思った。

 そしてカルナ様とは二度と……。


「ええ。――ただその代わり、東と西の仲を取り持たせてください。閣下の後ろ盾があれば現状を変えられるやもしれません、何卒」


「わかった。誓おう」


 こうして密談は終わった。

 私の将来は民のためにある。それでいい。


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