第35話 情報収集第五PHASE 決着――英雄の誕生


「どうした? もう終わりか? お前が死んだらその女が大衆の前で恥辱を晒しお前の元に行く。そうしたらあの世で今度は結ばれるといいさ。そうすれば唯も俺を選ぶしかないのだからな、あはは~」


「てめぇ……いい加減力貸せよ」


 その言葉は誰に向けられたのだろうか?

 俺? そこの玩具?

 ここには三人しかいない。

 だけどその三人にしては理解ができない。

 聞き間違えか? と思った矢先。


「いつも俺を煽るだけ煽って、唯さんの前じゃ黙って」


 そうじゃないと確信する。

 まるで目に見えない誰かに話かけているようだ。


「あはは~ついに幻覚が見え始めたか三下ぁ!」


「お前は何者なんだ!? 答えろ! もう一人の俺! 俺は下種野郎を殺さないといけないんだよおおおおおおおおおおおおおお!」


 最後の力の使いどころが幻覚で見た誰かとは情けなくて笑いが止まらない。

 念の為に周りを見渡すがやはり誰もいないし、気配もない。

 そうなると考えるのは虚しくも弱者が死の間際に見た存在しない希望の誰かに向かって助けを求めた、と解釈するのはこの場合一番しっくりとくる。

 やはり才能とは罪だ。

 そして弱者が抗う姿はまさに滑稽。

 だからこそ次のステップに早く進みたい。

 そのためにまずは目の前のスクラップ寸前の男を殺す必要がある。


「抑止力にして審議を下す者だぁ? だったら聞くがここでさよさんがこの後どうなってもいいっててめぇは言うのか?」


「…………ふむっ、本当に頭がイカレた奴の最後は実に面白いな」


「俺は絶対に助ける……誰をだ? そんなの決まってんだろ! どっちが優先とかあるわけねぇだろ! どっちも最優先!」


「……力の入り具合から後五秒ぐらいで終わりそうだな」


 今からではなにをしても間に合わないだろうな。

 そう思った総一郎は待つことにする。

 勝負が付くその瞬間を。


「大事な方の名前を書け? お前さもう一人の俺にしてはめっちゃ性格が悪くね?」


「後三秒」


「二分の一で助けてやるだ? だったら書いてやるよ、俺の答えはこれだ!」


 魔法文字それも二文字までの制限がある刹那が書いた文字。

 それも書けば全て効力を発揮するのではなく、行使者の実力を反映さえたレベルの事象しか起こせない魔法。弱い奴が使えばさほど恐くない。だが唯のような強者が使うとそれは奇跡と呼べる現象すら引き起こす。例えるなら現実世界の改変とも呼べる領域で魔法が効果を発揮する。もっと言うなれば人の領域を超えた一つ上の領域に足を踏み入れることになると言えばいいのだろうか。そんな未知に近い存在とは程遠い弱者が書いた文字の内容は――。


「……仲間? まったくもって意味がわからん」


 その時だった。

 パリンっとガラスが割れるような音がして、刹那を挟んでいた壁が壊れた。

 鎖を掴み強引に力で抜こうとするもそれはできないらしく、諦めた様子。

 だが不可解なことが続く。

 チェーンディストラクションの鎖を気にせず動き始めたのだ。

 あれ? 痛覚は?

 本来なら痛みで動けないはずの身体は地面に着地と同時に目で追うのがやっとの勢いで突撃してきた。

 空気を切り裂く拳に続いて鎖をものともせず身体を回転して放たれる蹴りは総一郎の前髪を切り裂く。

 まるで熟練の格闘家が放つような一撃はどれも油断ならない。


「な、なにが起こった?」


 突然のことに思考が空回りを始める。


「ん」


 そう言って攻撃の合間に刹那が空を指す。

 その先には『仲間』の文字とは別に『解除』と『麻痺』と書かれていた。

 一体なにを解除したのか?

 一体なにを麻痺させたのか?

 それらはすぐにわかった。


「歯を食いしばれ自惚れの下種野郎。今から俺の本気見せてやる。そしてさよさんが受けた痛みと唯さんに追わせた痛みの両方をまずは受けろ!」


 人間の制限を『解除』。

 この世界でもベンチプレスを純粋な力だけで人が持つとなれば大体500㎏程度。それ以上は身体の構造上骨が負荷に耐えられず折れてしまうからだ。

 刹那は意図的に普段から人が無意識にかけている制限を解除した。

 物理的に脳が興奮状態になれば脳に分泌されるホルモンなどの影響を受けそれを意図的に外すことはできる。それを魔法の力で強制的に限界まで解除したのだろうか?

 そして麻痺。

 これは見てわかる。

 刹那が麻痺させた物は人間が生きていくために、必ず必要な痛覚。

 これなら身体の制限解除による反動も、鎖の痛みを一時的に遮断できる。

 だけどそれでは――。


「死ぬつもりか?」


 刹那の怒涛の攻撃に成す術がない。

 痛い。

 鼻が折れた。

 歯が折れた。

 口が裂けた。

 目が潰れ視界が失われた。

 息ができない。

 あばらの骨が折れた。

 内臓にダメージを受けたのか身体に流れる魔力が乱れ始めた。

 嵐のように襲い掛かってくる猛攻は遠距離魔法攻撃を得意とする総一郎がなんとかするには難易度が高すぎた。

 逆に遠距離戦闘を苦手として近接戦闘を得意とする今の刹那には圧倒的なアドバンテージを与える結果となってしまった。


「安心しろ。全てが終わったら俺もお前の所に行ってやる」


 身体が壊れないように普段かけている制限を外した男は決死の覚悟で挑んできていたのか。

 確かにその代償は痛覚が戻ったタイミングで確実に反動としてくるだろう。

 だけど、どうしてだ?

 どうしてそこまでただの玩具のために命を賭けることができるのだろうか?

 そう思う総一郎に刹那は言う。


「お前が唯さんをもし本当に心の底から愛していたのならそこに文句は言わねぇ。でも死ぬ前に一つ覚えておけ。お前がもし転生した時のために」


 まるで自分に次があるような言い方だ。


「相手の立場に立ち、自分がされて嫌なことは絶対に他の誰かにするんじゃねぇてな、この下種野郎!」


 怒りの鉄拳とも呼ぶべきだろうか。

 いや正義の鉄拳か?

 刹那の力強い拳が総一郎の顔面にクリーンヒット。

 総一郎の身体は宙に浮き回転し地面を転がり大きなため池の中に落ちた。


「終わった……これで全部……終わったんだ……」


 全身で感じる達成感に安堵したかのように刹那の意識は遠のきそのまま地面に倒れた。

 だけどこの時、刹那は忘れていた。

 まだ和田家の家宝である赤いペンダントの件が残っていることを。


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