第28話 情報収集第四PHASE 偽造作戦――自分の気持ち


 唯は小さい声でそう呟いた。

 俺は首を縦に振り頷く。


「はい」


 アニメの主人公が立ち上がるきっかけとなる瞬間のように、力強い声で答える。


「ずっと黙っていたけど和田家はね、元はSランク魔法師が代々当主を務めてきた名家の中の名家だったのよ。そして私が世間から最もSランク魔法師に近い存在だと言われているのは人類が未だ到達できない難問であるSSランク魔法師に近い名家の血を継いだ唯一の生き残りであり女だからよ」


「それって、まさか……」


 世界で五人しかいないSランク魔法師。当然その五家は世界的にも有名で名が知れている。俺が来る前の世界の知識は正直詳しく知らないが、まさか唯がSランク魔法師の家の生き残りだったとは驚いた。つまり今の五家は和田家の変わりに違う魔法師家が入って形成されていると言うことのなのだろうか。


「あれ? そんなに驚くこと?」


「当たり前じゃないですか! なんでそんな大事なことを今まで教えてくれなかったんですか!?」


「大したことじゃないからよ?」


 愕然としてしまった。

 どうやら唯の中ではその程度のことらしい。

 愕然とする俺に唯はどこか悪いことしたような顔になるも、間違ったことはしていないはずだけど? と戸惑いの色も見て取れる。


「と、とにかくね、昔は私もそこそこに有名な家柄だったのよ。それで話しを戻すけど、私はSランク魔法師だったお母様とAランク魔法師として優秀だったお父様の血を引いているの」


「……へっ?」


「急にそんなこと言われたらやっぱりそれが普通反応なのかしらね……あはは」


 頭の整理が追いつかない俺を見て唯は苦笑いした。


「和田家は少し珍しくて代々女が当主で女系の家系だったの。そこに優秀な遺伝子を持つ者を迎え入れ魔法師として成長していったの。そして気付けば政治や権力に目がくらんだ者が反旗を翻して分裂し、対立し、殺し合い、最終的に本家は滅びの道を歩んだわ。その時ぐらいかな、野田家の人間が私に積極的に接触してきたのは」


 確かにそれなら辻褄が合う。

 唯の美貌にただ惹かれて近づいてきたのではなく、元より結婚が目的で近づいてきたのであれば、色々と納得ができる部分もある。俺を邪魔だと思った理由も。唯を野田家に迎え入れることで名声を得られると思った、唯にお布施と言う目的でお金を稼げると思った、世界的な権力が手に入ると思った、優秀な遺伝子と優秀な遺伝子を組み合わせることで更なる力が手に入ると思った、考えは様々だが大きくは間違っていないだろう。


「なにより野田家はここ数十年ずっとAランク魔法師の名家でいるわ。ずっと機会を伺っていたのでしょうね、自分たちが更なる飛躍をするチャンスを。そして和田家は福井家と同じく野田家と昔は仲が良かった。それが私の招いた油断だったわ。まさかアイツらが私と強引な婚約を目的に近づいてきたことに気付けなかった要因は。そのまま多くの者に裏切られ分裂し弱体化し滅びの道を歩んだ和田家本家の跡取り娘である私は異世界から来たばかりの刹那と偶然会ったの。今は一人で似た境遇だな、と思った私はそのまま刹那の師匠となんとなく気が向くままなったの。そして――」


 唯は少し言葉を詰まらせた。

 まるで言っていいのか悪いのか、少し戸惑ったように。


「野田家は火の生成や制御を中心にオリジナルの魔法開発、和田家は人の限界を超えた力の開発――魔法力学開発を専門とした」


 それから嫌な予感を告白するように。


「人の限界を超えた力で仮にそれらができるようになれば間違いなく人殺しに特化した爆炎の域に達するでしょうね」


 爆炎。それは刹那でも聞いたことがある。

 爆炎魔法は火属性魔法の中でも極めて殺傷能力が高く現Sランク魔法師の一人である上美未来(かみびみらい)が得意魔法として扱う。世界に五人しかいないSランク魔法師の一人であり、五大元素の一つ火属性魔法を全般的に扱えるとも噂されている程の実力者。火属性魔法の頂点の一角とされる爆炎魔法は抗う者を一掃する聖なる業火とも呼ばれ、多くの者に周知されている。名前は上美だが、人は彼女の強さを呼称し神火と呼ぶ者も中にはいるほどだ。それほどまでに爆炎魔法は恐ろしく強い。


「そして和田家のオリジナル魔法はその不可能を可能にするわ」


 まるで自分が犯した罪を告白するように、唯は俺の目を見て言った。


「本来は自己防衛に特化させ、主を支える存在として当主の婿になった者だけが当主以外で継承が許される婿専用のオリジナル魔法。そして当主だけに継承が許された一切の枷がない一子相伝のオリジナル魔法。この二つと先代の秘蔵コレクションである家宝が和田家を元だけどSランク魔法師の名家としていた理由よ。そして婿養子専用の魔法が――」


「俺に教えてくれた【文字】ですか?」


「そうよ」


 唯が小さく頷く。


「文字が引き起こす事象は自然界の法則を飛び越えることができるわ。上手に扱えば絶対的な抑止力にまで成長する可能性を秘めている。それは対Sランク魔法師用の魔法とまで裏で呼ばれていたわ。婿養子なら死んでもまた替えが効くし、なにより命を狙われ死んでも血が途絶えることはないから。当然だけど仮に婿養子が死んだり、裏切ったときの為に当主は必ず何らかの形で枷を付けて継承させるオリジナル魔法ともなっているわ」


「つまり当主の分身の役目を果たすのが婿養子ってことですか?」


「そうよ。何世代も前から当主は表向きには言わないけど枷付きで婿養子にその魔法を直々に教え使わせてきたわ」


 俺は視線を下げて自分の手を見た。

 今までなんとなく魔力で文字を書き、それを脳で認識してきた。

 一見使い勝手がどこか悪く、視認しなければ効果が発揮できない魔法だとばかり思っていた。もっと言えば成長すればもっと沢山のことができるようになると昔から定期的に言われてきたが中々成長しないとばかり思っていた。だけど今の話しを聞く限り俺はとんでもない魔法をいつの間にか唯から教わっていたのかもしれない。

 もしかしたら俺は唯の替え玉だったのかもしれない。


「けど、どうしてですか? なんでそんな重要な魔法を俺なんかに?」


「そうね。重要なのは継承者が誰かであって、家の古い仕来りじゃないと思ったからよ。古い仕来りに縛られ失敗した。だから私は絶望しながらも明日を見ようとしていた刹那に教えたわ」


 昔のやり方ではダメだと思ったのか。

 でも信頼も信用もない初対面の人間を見極めた洞察眼はやはり唯が優秀だと言うことだろう。思い込みがなければ客観的に相手を見ることができる。ましてや、酷く落ち込んでいる時ほど、相手の真意を見抜きやすいと俺は思っている。そう、まるで今みたく。


「それに継承しただけでは扱えないの」


 唯は俺の視線が上がるのを少し待って。


「継承し枷を外す魔法枷解除術式(マジックコード)を知らないとその力は一定のレベルで必ず成長が止まるように継承時に細工してあるの。むやみやたらに婿養子が黙って人に教えたり捕えられて拷問を受け白状して外部に流出しても困るからね」


 なるほど。

 野田家の『鳳凰』――別名『ゴッドフェニックス』も同じ感じで対魔法を用意していた。つまり各名家にとってオリジナル魔法とは俺が思っている以上にそれだけ重要な役割を果たしているのだろう。


「何度も言うようだけど、Sランク魔法師ってのは周りから見れば憧れる存在かもしれないけどSランク魔法師になれば権力争いからは避けては通れないわ。当然当主ともなれば絶対に。そして人の限界を超えた力を必ずしも皆が持っているわ」


 まるで絶対的な抑止力。

 刹那が前居た世界で言うなら圧倒的な核兵器とも呼べるそれは軍事的抑止力だけならず、保有者やその庇護下の者たちに平和を与える役目を果たしている感じだった。

 実際にそうではあったが、人の域を超えた力は人の手で扱うには存分に難しい。それは核兵器だろうが魔法だろうが遜色はないと思う。


「でも俺に唯さんがしたようにオリジナル魔法を継承できるなら、どうしてSランク魔法師は世界に五人しかいないのですか? もっと多くいても良い気がするのですが」


 俺は自分の過去を思い出して振り返る。

 この世界に来て何も知らない俺に一から魔法を教えてくれた懐かしき日々の中にいるどこか楽しそうでニコニコしていた唯の姿を。


「それは無理ね。だったら例え話でこんなのはどうかしら。皆がある同じスポーツをしたら皆が皆オリンピックに出れるのかしら?」


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