第21話 情報収集第三PHASE 偽造作戦――対峙


「チッ!!!」


 舌打ちをされたところで足を止める理由にはならない。

 何を考えているかは知らないが俺は俺の道を進む。

 それを邪魔するのであれば誰であろうと立ち向かう。


「……どうした? 魔法は使わないのか?」


 魔法を使えば無防備となる時間が生まれる。

 その瞬間を俺が狙っていると気付いているから使わないのか?

 魔法を使わなければ待っているのは敗北。

 龍一は【暴走】について少しばかり知っている。だから、俺が物理限界を一時的に超えることができることを知っているからこそ次の一手をどうするか迷っているのだろうか。


「――全てを零へと導く神炎は全てを焼き尽くす深紅となりて地上に舞い戻らん。顕現せよ鳳凰!」


 龍一は震える声で素早く魔法名を口にした。

 すると、轟! という炎が周囲の酸素を吸い込んで雄叫びを上げる。

 同時に突如として目の前に姿を見せた巨大な炎の塊。

 それはただの炎ではない。

 深紅に燃える炎は周囲の空気を熱し、立っているだけで汗をかいてしまう程に環境を変える力を持っていた。


 俺はこれを知っている。


 野田家の人間。

 それも本家と分家の選ばれた者のみが扱うことが許された野田家が誇る魔法。


 その名は『鳳凰』――別名『ゴッドフェニックス』とも呼ばれるソレは龍一の切り札である。


 だが、まだ巨大な炎の塊であって大きな鳥の姿にはなってない。

 これが完成すれば俺に勝機はない。

 俺は脚のリミッターを解除してあと一歩の所まで瞬時に距離を縮める。


「困ったら最後に大技に頼る癖いい加減直した方がいいぜ? ってももう遅いけどな! それと最後に一つ。女性をあたかも玩具のように扱い傷つけ、自分の欲望の吐け口にしたお前を俺は一生許さねぇ!!!」


 俺は【暴走】の力を使い人体の七割まで制御を外し、左足で龍一の右足を踏みつけて逃げれなくする。

 普段では考えられないぐらいに右腕の筋肉が力を集約させる。

 大股で開いた下半身はそんな上半身が放つ一撃に耐える土台となってしっかりと地面に固定される。そこから腰を回転させて得られた推進力を全て右手へと伝えることで俺の右手は最速かつ最大火力で放たれる。鋼鉄にも負けないぐらいに硬くなった右手の拳が隙を見せた龍一の顔面にクリーンヒットする。


 反動に耐えられなかった龍一の頭部はまるでボールのように首から飛んでいき地面を勢いよく転がった。

 頭部は近くの茂みの中へと消えていった。

 だけど正直探しに行く気にもなれない。

 それから身体の負荷が大きい【暴走】を解除する。

 維持するのにも魔力が必要なため、無駄な浪費は避けたい。

 しかしこれで憎い顔の一つをもう見ることもないだろうと、交戦中のさよの援護に向かおうとしたときだった、勢いよくボール――違う、龍一の頭部が俺に向かって飛んできた。間一髪のところで躱した俺は茂みへと警戒心を向ける。

 一体なにが起こったんだ? なんで龍一の頭部が俺に? どうやって?


「……ほぉ、アレを躱すか」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋がゾッとした。

 だけどそれはビビったからだけではない。

 ようやく待っていた獲物が釣れたと確信したからである。


「久しぶりだな、クソ雑魚」


 そして、一気に勝負に出ようとした。


『待て!』


 その一言が俺の動きを止めた。


『よく見ろ。後方では唯と総一郎が戦っている。やはり本調子ではないためか顔色だけでなく魔法のキレも悪い。だけど怒りを原動力としてなんとか均衡を保っているようにも見える。むやみに戦場を広げれば再び唯のトラウマをお前自身が引き起こし唯の力を奪うことになる。唯のトラウマが強く出る瞬間を忘れたか?』


 俺が最後の一歩を踏み込まなかったのは、特別な理由があったからではなく、ただもう一人の俺が警告してきたからだ。

 総次郎はくくっと不気味に笑っている。

 その表情はあまりに醜い。


「どうなってるんだ――ッ!?」


 嫌な予感がしたので、総次郎が手を伸ばした先にある物を見ると先ほど龍一が使おうとしていた魔法――『ゴッドフェニックス』がゴゴゴゴゴと音を鳴らし徐々に本来の姿になろうとしていた。

 混乱する俺に総次郎が力の差を見せつけるように告げる。


「魔法とは本来使用者が死ぬと魔力を供給できずに消滅する物が多いが、優秀な家柄に生まれ才能がある俺は分家が使う『ゴッドフェニックス』を自分の魔法として使う事ができるんだよ。まぁ、本来は分家の裏切者が使うのを抑制するための本家だけに許された対『ゴッドフェニックス』用魔法――『対術者転換魔法』(アンチリターンマジック)だがな」


 つまり龍一の必殺魔法を今は総次郎が使えるというわけだと俺は理解した。

 分家が裏切る可能性も配慮した上で野田家は野田家を名家として支えてきた伝統ある魔法を分家の人間にも教えることでその地位と実力を維持し拡大してきたと聞いたことがある。まさかその話しにこんなからくりがあったとは思いにもよらなかった。


「ゴッドフェニックスの構成物質は七十五パーセントが水素、二十パーセントがヘリウム、残りはナトリウムや鉄などだが、これを聞いてなにか思い当たる節はないか?」


 まるで太陽のように燃え上がっている。

 魔法行使者が変わったことで、龍一だけでなく総次郎の魔力も得たから純粋にその分がプラスアルファされたと考えるのが合理的なのだろう。

 ただでさえ手が付けられない物がさらに手を付けられなくなった。まるで神の審判が下ったかのように抗うことすら許されない、そう感じてしまうほどに強大な力を宿した化物の卵があの炎の塊だと脳が訴えかけてくる。


「……恒星」


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