第18話 情報収集第三PHASE 偽造作戦――釣れた大物


 まったく想定していなかった言葉と行動に。

 俺の脳は思考回路を停止させてしまった。

 惚れた相手に直接気持ちを伝える言葉――告白。

 惚れた相手に直接気持ちを伝える行為――キス。

 周りに惚れているように見せているだけの相手にする行為ではない。

 これでは滅私奉公なのではないだろうか。

 ニュアンスが少し違う気もするが、大まかなには合っていると思う。

 さよはこの演技を通して人生で初めての想い出の相手が俺なんかで後悔しないのだろうか。幾ら演技とは言え、女の子からすれば初めての経験は何よりも儚い一輪の花。

 だけど、その問いは愚かだとすぐにわかった。


 突然聞こえた足音の方に視線を向けると、舌打ちをして機嫌を悪くした三人組がやってきた。

 イライラしているのか一人は後頭部を手で掻きながら鋭い眼光でこちらを睨みつけている。


「チッ。いつもいつも幸せそうにしやがって、俺の欲しい女を独り占めにしたかと思いきやもう違う女捕まえてイチャイチャとはいいご身分だな、カス!!! あっ!? てめぇ、マジでざけんなよ!」


 ――聞き間違いだろうか。

 女を独り占め?

 いやいや待って欲しい。

 唯のことだろうか? もしそうだったらそんな事実は存在しないし、仮にさよのことだったら、今怒られたばかりなんだか? とつい言いたくなったがグッと堪える。

 と、言うか野田家は皆発情期なのだろうか? と思わずにはいられないのは俺だけではないようだ。スッと俺を守るようにして一歩前へと踏み出したさよの全身が一瞬ゾワッとしたからだ。これがさよの本音。えっ…………。


 そう思うも束の間。


 俺の中にある感情が龍一とは別に喫茶店で見かけた男二人を見てぐつぐつと熱を帯び始める。


 中年の男二人は若い男――龍一の背後に立ちこちらに殺気を見せてくる。

 服装は青色のジーパンにポロシャツと一見ラフでどう見ても戦闘向きではないが、今すぐぶん殴ってやりたいと思う俺の動きを抑圧する覇気みたいなものを纏っている。恐らく魔法師同士の戦いに手慣れている実戦経験が深い魔法師なのかもしれない。


 風が運んでくる微かに甘い匂いは女を誘惑するために付けている龍一の香水だろう。

 口の端では火のついた煙草を咥えていて、左目は眼帯に覆われている。

 名家の分家の者というよりかは化けの皮が剥がれた不良少年にしか見えない。

 服装もチャラチャラとしたものでズボンにひっかけたシルバーのチェーンは街中の不良のようだ。それに左手に刻まれた刺青の龍は前回見た時にはなかった。そんなやさぐれた少年を守るように立つ男二人は不気味にもさっきから黙っている。


「カスは貴方では? 私の大切な方に手を出し深く傷付けただけでなく、こうして刹那様に嫉妬して今度は私たちの恋仲を引き裂こうとしている野田家の人間!」


 初めて聞く、低い声にさよの怒りを感じる。


「黙れ! お前のようなブスはな、俺たち選ばれた人間の下で大人しく尻尾振って生きていればいいんだよ!」


 ――ふざけるな! この下種野郎が!

 まるで自分が絶対でありそれ以外は下等生物だと言わんばかりの言葉は俺の逆鱗に触れる。

 今すぐぶん殴ってやりたい気持ちを抑えて俺は質問をする。

 こんな下種野郎よりも主犯の下種野郎の情報が今は欲しい。

 一時の感情に身を任せたい気持ちはあるが、それは状況から察するにさよも同じだろう。

 それでも堪えているのだ。

 俺がここで堪えずさよの努力を無駄にするわけにはいかない。


「あの二人は今どこにいる?」


「うん? 総一郎様と総次郎様のことか? それなら早い話しだ。お前が唯さんと別行動をしていると判った以上やることは一つだろ?」


 目の前の男は鼻で笑って言った。

 つまり海老で鯛を釣ることができたのかもしれない。

 そうなると、やはり時間との勝負。

 あまり時間を掛け過ぎると、思わぬ展開になりかねない。

 そう思った時だった。

 あの日の唯の顔を思い出した。

 絶望に明け暮れ、涙し怯えか弱い身体を震わせて、俺を見ていた悲しい瞳を。


 ――次は必ず俺が護る


 もし唯になにかあれば俺は今度こそ自分を呪うかもしれない。

 たった三年程度。

 彼女と出会って長いようで短い時間の中で、何度も俺は救われた。

 そして何度も傷付けてしまった。

 ただ一度の恩返しもできない間抜けな弟子を最後まで護るため、嫌な道を歩んだ。

 にも、関わらず俺のために泣いてくれた。

 本当はぶつけたい感情だってあるはずだ。

 それでも俺の前ではいつもの唯で居てくれた。

 そんな唯を再び恐怖のどん底に陥れようとしている龍一に最早慈悲はいらないと思う。

 コイツには地獄がお似合いだろう。

 それも生温い地獄ではなく灼熱の地獄が。


「おいおい、そんな恐い目でこっちを見るなカス。虫唾が走る。それに本来ならお前は死んでいたんだぞ? 唯さんが自分を好きにしていいから、お前を殺すなと言わなければな。あの日、過去に一度振られた総一郎様の恋敵となったお前を殺す計画を立てた俺たちに騙され遠征と言う名目で唯さんは呼び出された。一つ誤算だったのは弟子であるお前が一人だと心配だからと同行させた唯さん。おかげで暗殺計画が飛んだ。なにが心配だ? ふざけるな! 俺たちには見向きもしない癖にいつもお前! お前! お前! ばかりを唯さんは見ている! 恋人でもないただの弟子だと言うだけで! お前さえいなければな、俺にもチャンスがあったはずなんだ! それなのにお前はいつもいつも総一郎様や俺の邪魔ばかりをする!」


 途中から感情的になった言葉は、不敵な笑みを感情的な表情へと変えていた。

 一度煙草を吹かして。


「お前ホント邪魔なんだよ! 見てて吐き気がする! 俺はな、お前のせいで勝正様に呆れられたんだぞ!? 野田家統括者に失望され笑われたこの意味がお前なんかにわかるのか!? それになんだ? 今度は別の女を連れている? ふざけるな! 唯さんじゃなくて他の女だと!? 見ててイライラするんだよ、このカスが!!!」


「なんだよ、それ?」


 思わず、俺の口はそんなことを呟いていた。

 最早返答は期待していない。

 あまりにも理不尽過ぎる嫉妬で唯の人生に一生の傷を付けた目の前の下種野郎。


「結局お前は好きな人が振り向いてくれないから振り向いてくれるようにするためなんでもする、って言いたいのか? あげく、俺が唯さん以外の人とデートしていたら、それはそれでムカつくから邪魔するってか? お前は自分の幸せ以外を考えられないのか? お前が唯さんを本気で好きかとかどれくらい好きかなんて知らない。それでも俺に嫉妬するぐらいの感情があるなら、少しは幸せになってくれって願うこともできないぐらいにお前は自分のことしか考えられない器の小さい男なのかよ?」


 拳が震える。

 心の中で湧き上がる感情が溢れだす。


「唯さんを傷つけた先にお前の望む未来はあったのか? 俺を殺した先にお前の望む未来はあるのか? 恐らくお前の望む未来は手に入らない。そんなことは分かっているだろ!?」


「だから、力で奪い従わせる。魔法師の世界では当たり前のことだろ?」


 話し合いでの解決ではなく、武力による解決だと龍一は言った。

 俺の気持ちは微塵も響かなかったらしい。


「そこにいる女でもいいさ。お前から奪い、お前を半殺しに人質にすることであの日のように強制的に従わせる。それで今度こそ俺の子を産ませる。心が嫌がっても身体に俺の女になったのだと教え込み従順にさせる。その快楽はきっと甘く、今の荒れ果てた俺の心を満たしてくれる絶品なのだろうな」


 龍一は煙草の煙を吐いて「所詮俺たち男の性さ」と言い切った。

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