第8話 イブキは陽キャになれるのか?

「なあ。安楽木。なんで小坂くんに呼び出されたのに無傷なんだ?」

「小坂くんはガタガタ震えて何も話してくれないし。」

「安楽木くん、実は喧嘩のスペシャリストだったり!?」


教室の隅っこ。絶好の陰キャスポットであるはずのその席に男女が集まり代わり代わりイブキに話しかけている。


「えーと...。」


イブキの頬に冷たい汗が流れた。

イブキがいつも通り早くに学校に到着し席で本を読んでいると、後から死んだ様な顔つきでタイガが入ってきた。どうやらイブキを見た瞬間絶叫し泡を吹いて倒れた、らしい(イブキは本に夢中でタイガに気付かなかった)。そして数分後起き上がってからは自らの席で頭を抱えてブツブツと呟きガタガタと震えている。

“ナイフの付喪神”山崎との戦い、自らの能力の検証を経てタイガのことをすっかり忘れていたイブキは二、三日休んだ方が自然だったか、と後悔するがもう遅かった。

 屋上に呼び出された哀れな陰キャは無傷で本を読み、屋上に呼び出した屈強な不良は縮こまり震えている。みんなも困惑したはずだ。


「どうやって区でも最強って言われてる小坂くんを相手に無傷で切り抜けたんだ?」

「屋上でタイマンだったんでしょ?」

「弱すぎて小坂くんが殴るのを躊躇った、的な...?」


少し無茶な言い訳は意味もわからず騒いでいるだけの興奮した声にかき消された。


「そう言えば安楽木くんって叶田さんと仲良いよね!デキてるの!?何繋がり!?」

「何繋がりと言いますと...えっと...。」


みんな興味津々だ。適当に言うとハルカにまで迷惑がかかるだろう。

イブキはため息をつくとあくまでもをみんなに語る。


「下校中に偶然...その、暴漢に襲われてたから助けてあげたら意外に話が合った、的な...?」

「ヒーローじゃん!やっぱり喧嘩強いの!?」

「暴漢と小坂くん相手に無傷なんでしきょ!?やっぱりそうじゃん!」


『俺=喧嘩の達人スペシャリスト説』を推してくる奴らはなんなんだ。このヒョロガリがそう見えるのか、とイブキは脳内だけで反論した。

今や机の周りはちょっとした人混みになっていて、入学してから初めてのその光景にイブキは少し嬉しい。イブキだって好きで陰キャやっているわけでは、ない、はずなのだが。

二週間後、噂話に尾鰭がついて「安楽木イブキは総合格闘技の日本チャンピオンだ」となることをイブキはまだ知らない。



● ○ ●



大勢の人と話すのは疲れるな。

適当に板書を取ってひと段落ついたイブキは机に突っ伏する。

頭がボーッとする。空腹感がえぐい。

イブキはたまらず机の中からトマトジュースのパックを取り出しストローを刺して口に含む。この間わずか三秒。飢えた吸血鬼の生存本能による本気である。


「ブッ!」


想像よりまずい。

アニメとか漫画とか小説とかで、吸血鬼バンパイアはトマトジュースを飲んで空腹を凌いでいるイメージがあった。だからイブキも購買で購入し試してみたのだが―――。

思わず吹き出しそうになってしまった。

だめだ。山崎の血の方がまだうまかった。

でもあの野菜くさ珈琲どろネンドよりは食べられる。肉の次に食えるかもしれない。

なぜ創作物の中で吸血鬼バンパイアはトマトジュースを飲むのか、少し理解できた気がした。


「安楽木トマトジュースなんか飲んでんの?吸血鬼みてー。」

「はは、確かにな。」


ほんとの吸血鬼バンパイアはトマトジュースなんか不味くて飲まないはずだぜ、なんか言うもんか。



● ○ ●



「今日は...レブルタワーまで『依頼』を受けに行きます!」

「おー!」


イブキとハルカは裏世界につながるコンビニまで向かう。今日の朝の件でクラスのみんなにハルカとイブキが仲良いことがバレてしまった(というかそう説明せざるを得なかった)ので表世界を歩いているが、男子からの視線が酷かったのでイブキは一刻も早く「展界ルーム」を張りたかった。

まだ吸血鬼バンパイアになってから3日だなんて。信じられない。なんだか吸血鬼バンパイアになってから1日が長く感じる。不死だから短く感じるはずなのにな。


「なんかテンション高いね?」

「デマだと思ってた『血の代わりにトマトジュース』、意外にイケた。」

「へー。似てんの色だけじゃんね。」

「今度グレープフルーツとかオレンジで試してみる。」

「暖色ならイケるわけじゃないでしょ。」


そんな他愛のない会話をしていたイブキはザワザワとした不快感に気づく。

視線だ。

美女と歩く陰キャを恨むのとは別次元の攻撃的な視線が背中に刺さっている。

イブキは背後に聞こえないようにハルカに囁く。


「後ろから誰か来てるけどお友達だったりする?」

「クラスメイトならよかったけど。」


なんだ。気づいてたのか。

背後の追手は尾行初心者である。スペシャリストならイブキ程度に気づかれるほど攻撃的な視線を送ってこないだろう。

イブキたちがどうするかを決めかね囁きあっていた刹那、ピーン、とうなじのあたりに電気が通ったような衝撃を感じた。思わずイブキはのけぞる。痛くはないが吃驚する衝撃だった。


「ッ!防詠ヒンダー!」

展kルー―――「開かないで!このまま巻くよ!」え?」


イブキは訳もわからぬままハルカに手を引かれて走り出す。後ろから舌打ちが聞こえた。展界ルームを張った方が安全じゃないのか?

ビル陰に入ると複雑な路地裏が現れる。イブキは追手が来ていないことを確認してからビルについていた梯子を登って屋上についた。


「あんな積極的に仕掛けてくるなんて。」

「刺客か。黒羽クロバからの。」

「うん。ポリスはこんな回りくどい事はしない。」


展界ルーム張ればこんな走らなくて済んだよ。」

「私が展界ルームを張らなかったのはあいつらが確信を持って襲ってきた訳じゃなかったから。」

「どう言うこと?」

共鳴サーチ使ってきたの。さっきうなじピーンってなったでしょ。」

「ああ。」


あれが共鳴サーチか、とイブキは納得した。展界ルームを教わった時にチラリと言っていた気がする。


「じゃあもう俺らがレブルであることバレてるじゃん。俺反応しちゃったよ。」

「私が咄嗟に防詠ヒンダーした。相手の

共鳴サーチを防げるの。あっちは私がレブルって確信するかあなたから離れないと手を出せないわ。万が一怪我させたら捕まるから。」


すごい。あの一瞬でそんなに考えを巡らせていたなんて。

イブキはハルカの評価を数段階上げた。ただの陰陽師ではなかったようだ。

その時、梯子の下から低く響く声が聞こえる。


展界ルーム!」

「ッ!?」



● ○ ●



世界が歪み、太陽と喧騒が消えた。

背後にはスキンヘッドの男と金髪の女が立っている。おそらく、というか十中八九先ほど背後にいた追手だ。

いつの間にか周囲はヤシの木や草が生い茂り下手くそな合成のような風景が広がった。まるで南国のジャングルだ。何が起こっている?草を生えさせる能力?


「上書きの展界ルーム...。」

「上書き?」


ハルカの呟きにイブキは反応する。確か展界ルームは現実の風景を4次元に映しとる技であるはずだ。そこに自分の想像したものを写しとれば...?

現実を上書きできる。そういうことだろうか。


「俺はレブル。ろくろ首のレブルだ。今の会話も丸聞こえだったぜ?」

「...ろくろ首...。」


迂闊だった。安全なところに行ってから会話すべきだった。イブキは後悔する。すでにここは相手の展開した展界ルーム内で、イブキたちはロックオンされている。


「このガキは俺がやる。ナンシー。お前は女をやれ。」

「オフコース♪」


ナンシーと呼ばれた女はカタカナ英語で答えた。スキンヘッドが構える。


妖化プルガトリオ


戦いが、始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る