安楽木イブキは陰キャなのか?

第4話 安楽木イブキは陰キャなのか?

「それで、天地星空...って全部言うのが完全詠唱。天地の詞、天地の唄でまとめるのが略式詠唱。『守れ』『清めよ』とかが半無詠唱。―――って、聞いてる?」

「ちょ、一旦離れよっか?」


安楽木イブキは絶賛困っている最中である。

教室の隅の陰キャポジションで常日頃から突っ伏して一日を過ごす彼であるが、本日は違う。

学校のマドンナとも言われる叶田かのうだハルカがそのイブキに対して熱心に話しかけているのである。

おかげで周囲の男女からの視線が痛いほどに突き刺さり、イブキは話に集中できない。


「ねえ...叶田さん。そんな陰キャに構ってる必要ないって。」

「俺らと話そ?」


突然、ハルカがクラスの男子たちに話しかけられる。茶髪にピアス、金髪にだらしないシャツだしスタイル。見るからに不良と分類されるようなイブキとは縁のない人たちであった。彼らからすればイブキは格好のおもちゃであるかもしれないが。


「あ、僕なんか全然構わなくていいので...」

「私のを陰キャ呼ばわりするような人たちとは関わりたくないわ。」


ハルカはピシャリとそう言うと、イブキに「また昼休みね」と囁いてクラスに帰って行った。HR開始に間に合わないと思ったのか、はたまた教室の空気が居た堪れないと思ったのか。それはハルカしか知り得ない。


「安楽木氏...あの叶田氏に『恩人』なんて言われるなんて...何をしたのですかね?羨ましい限り...叶田氏に話しかけられたら死んでもいい...」

「高望みするな。あの美貌を目におさめられるだけで俺らは幸せだぜ。ありゃ、絶対にモデルになる。間違いない。」


孤独型陰キャのイブキとは違った団体型隠キャの囁き声。バッチリ聞こえている。


「おい!安楽木!」

「ひっ!」

「放課後、屋上こいよ。お話があるんだ」


先ほどハルカに話しかけた茶髪の男がイブキに怒鳴るように、威圧するように言う。この男が不良たちのリーダー格のようだ。

周りの人が心配そうに見守る。あくまで見守るだけで、誰も止めようとしない。


「わかりました。行きます。」


吸血鬼バンパイアの手先に狙われるより先にクラスの不良たちに目をつけられてしまったようだ。

いつも通りイブキは突っ伏して一日の終了を待った。



● ○ ●



昼休み。ハルカが弁当を持ってイブキの元にきて、イブキは仰天した。学年どころか学校の人気者が、さまざまな人の誘いを断ってイブキと昼食を食べにきたのだ。路地裏に迷いこむだけでこんなに人生が変わってしまうなんてなんだかおかしい。


「友達と弁当食べたりしないの?」

「誰も私と一緒にいたくないの。比較されてブスに見えるからだって」


ハルカはケラケラと笑った。


「レブルのことを話せる人がいなかったから、イブキがいてよかった。」


その言葉にハルカの今までの人生が詰まってるような気がして、いたたまれない気分になったイブキは朝のことを言う。


「不良の男子に呼び出された!?」

「うん。大丈夫。俺死なないし。」

「そう言う問題じゃ...。」


ハルカは呆れたような反応をしながら玉子焼きを食べると、鮭の塩焼きをつまんで憤る。


「私に冷たい反応されただけでイブキに矛先向けるなんて...。私が一発言ったるわ。」

「いいよ。俺とアイツの問題だ。」


イブキは購買で買った焼きそばパンを頬張り、吐き出す。


「不味っ!ネンド食べてる気分だ...。」

「あんた吸血鬼バンパイアなの自覚したら?基本吸血鬼バンパイアは肉か血よ。」


購入してしまった分は仕方なく口に押し込み気を取り直してイブキはハルカに聞く。


「能力者が無能力者に―――レブルがシビルに手を出したらポリスが来たりするの?」

「そう。レブルが能力を使ってシビルを傷つけたり物を壊したりしたらポリスが来るわ。」


イブキはその言葉を聞いて数秒間思案すると意を決したようにハルカに言った。


「...なるほど。十五分くらい校門で待ってて。多分すぐ終わる。」

「ん。わかった。」


余談だがイブキの5限の小テストは散々な結果だったらしい。


● ○ ●


「はーん。逃げなかったことだけは評価してやるぜ。」


イブキは茶髪の男子と屋上で向き合っている。どうやら茶髪の男子はタイマンで力の差を見せつけたいらしく他の取り巻きは連れてこなかったようだ。

屋上の一面は放課後無人になる実験棟、ほとんど人が立ち入らない授業準備室に面していた。


「逃げるわけないだろ。お前みたいな一端の不良にさ。」


茶髪の男子は眉をピクリと動かす。

イブキは腐肉バケモノに一度殺されている。それに比べて目の前の人間は全く怖くなかった。


「ああ、そう言えば―――名前なんだっけ?」


イブキの挑発についに茶髪の男子が切れた。


「100戦無敗の!浦瀬区うらせく最強!小坂こさかタイガ様だろうが!!」


そう叫びながらイブキに殴りかかってくる。

はっきり言って遅い(人間からしたら早いのかも知れない)パンチを軽くかわしながらイブキは小坂タイガって言うんだ、と1人で頷いていた。浦瀬区とはここ周辺の区名である。結構広い区なのだが最強らしい。


「話し合いでの解決は無理そうだね。」


第二撃。避ける。遅い。


「反撃したらポリスが来る、と。」


ローキック。のけぞってかわす。小学生と相撲をしている気分だ。


「んじゃ。そろそろ時間だし。」



イブキは屋上のフェンスに掴まると柵を乗り越える。


「バイバイ。」


そして

放課後無人になる実験棟と授業準備室に挟まれたそこにイブキは落ちていく。

グシャ、と鈍い音が響いた。


「っ!?」


タイガは慌てて屋上から地面を見る。


「あ、ああ...。」


地面には大量の血痕が放射状に飛び散り花のような模様を描いている。

しかしそこにはイブキの死体はなかった。


「う、ああ...。」


タイガは膝から崩れ落ちる。教室の全員が自分が屋上に呼び出したことを知っているはずだ。

タイガは涙と冷や汗でびしょ濡れになった顔を覆ってフェンスにもたれかかる。イブキが死んでいないなんて知る由もないのだった。


● ○ ●



「本当に不死身じゃん...ビビった...。」


実は自らが不死身であることを半信半疑だったイブキであるが、屋上から飛び降りて痛みを感じる間もなく再生した事実を体を持って体験すれば信じざるを得なかった。

イブキは目の前の地面にある血でできた大きな華の模様を眺めてブツブツと呟き始める。


「一度流れた血はそのままなのか。つまり再生したときに体内で作られている?腕がちぎれたらどうなるんだ。新しく生えてくるのか?頭と体が離れたらどっちを格に再生するんだ?検証が必要だ。」


陰キャ特有の高速早口思考だ。イブキは口に手を当てさらに呟きを加速させる。


「この前腐肉ゾンビに殺されたとき、復活まで若干のタイムラグがあった。でもハルカの家での紋様の怪我はすぐ治ったし、今の飛び降りもすぐに再生した。死ぬのと怪我は再生時間が違う?いや、今は即死できるように頭を下にして飛び降りたから死んでいたはずだ。死んでいなかったのか?死ぬ回数を重ねれば再生速度が上がる?」

「あ、イブキ。もう終わったんだ?」


ハルカが長考するイブキに遠慮がちに話しかけてイブキはつぶやきを止める。


「校門待ってるんじゃなかったっけ?」

「いや、どうやって不良撃退するのか、って思って...うわ、血だらけじゃん。」

「おう。飛び降りて脅かした。」

「いや、『おう。』じゃないから。―――天地の詞、汚れを清めよ。」


すると、地面の血とイブキの制服についた血が拭われ真っ白となる。


「半無詠唱でやってみたいんだけどなかなか難しくてさ。」


ハルカがブツクサ言っている。イブキは気になっていることを聞いた。


「命を無駄にするな、とか体を大切にしろ?とか言わないの?俺がハルカだったら脅かすためだけに屋上から飛び降りるやつは軽蔑する。」


ハルカが大変心外だとでも言うように反論した。


「なんで?イブキは吸血鬼の能力持ってるのに死ぬなって言うの?それは私にお札を使うなって言ってるのと一緒だよ。」


そのスッキリした答えに、イブキは心に残っていたずっしりとしたものが少し晴れた気がした。


「んじゃ、行こうか」

「ん。」


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