第27話 代打だよ

 俺はアパートの居間で悩んでいた。

 それはリトラクタブル5への挑戦を受けるかどうかだった。


「楓の事は知りたい、しかしこの勝負を受けていいのだろうか? 受けたとしても勝てるのだろうか?」


 頭の中で、色んな事があれこれと浮かび、不安が襲う。


「でもここで引き下がったら先には進めない、知ることも出来ない、やるしか無い!」


 ノートPCからリトラクタブル5のHPホームページを開き、画面を覗くと5人の名前や使っているシャーシ、ボディが公開されていた。


「なるほど、動画も公開されているのか〜情報収集にもなる。花塚姉妹の事もあるし、これならどの位相手が上手いのか参考になりそうだ」


 しかし、その動画を観て唖然とする。


「上手すぎる……定常円旋回がこんなに上手いのかよ! 今の俺で勝てるのか?」


 動画で観る姉妹の定常円旋回は、RX-7をクルクルと羽根車かざぐるまの様に回し、芸術と言える程の旋回能力で圧感させていた。


 動画下のレビューを見てみると。


『RCカーって、こんなに旋回出来るのかよ。俺には真似が出来ない……』

『どれだけ練習したら、この域に達するんだ?』

『凄いとしか言いようが無い……』


 次々と書かれるレビューを俺が読み続けるが、讃称の言葉しかなかった。


「無理だ、勝てる訳がない……真奈ちゃんなら互角に勝てるだろうが俺には無理だ!」 


 観ない方が良かったと言う後悔と今のままでは勝てない技量差が、俺に伸し掛かり自信を失い、意気消沈をしてしまう。


「リトラクタブル5ってこんなに凄いチームなんだな〜」


 改めて認識した俺は当分の間は挑戦を先に伸ばそうと考えていた。


「ねぇ? 何を観ているのよ〜?」

「ん? 花塚姉妹の動画って、楓? なんでここに居るんだ、いつ入って来んた!」


 慌ててPCを画面を閉じ、楓に見せないようにする。


「何、慌ててるのよ〜そんなに私に見せたくないものなの?」

「いや、見せられないと言うか……あのだな、その〜」

「ああ〜! 今、花塚姉妹って言ったわよね? それもしかして〜」

「ギクっ!」


 俺はバレてしまうと生唾を呑み、楓の次の答えを待った。


「もしかして、エッチな姉妹の動画なんでしょ〜この変態エロ!」


 どうやら姉妹物のエッチな動画だと思われたらしく少し安堵する。


「えっ? あっ、いや〜実はそうなんだ。誰も見てないからさ〜これからオナって、おい! 今気がついたのだが、なんで俺の部屋に入り込んでるんだよ。鍵は掛けていたはずだぞ!」


「そんなの貴方の鍵を持ってるからに決まっているでしょ〜」

「お前、本気マジで警察に通報するぞ!」

「そんな事より、お茶が飲みたいわ。今すぐ買ってきてよ」

「お茶なら冷蔵庫にあるだろ」

「こんなじゃ〜無くてジャスミンのお茶がいいわ、早く買って来て!」

「ったく〜人使いが荒いやつだな〜」


 全ての言葉をかわされ、結局ブツブツ言いながらパソコンの電源を付けっぱなしで俺は近くのコンビニへと買い出しに行ってしまう。

 階段を降りて行く音を確認した楓は、俺が電源入りの閉じていたノートPCを開き、リトラクタブル5のHPを覗き込む。


「イサム、悪いけど貴方はここで立ち止まっていては困るの、だから挑戦を受けてね……」


 楓は俺のPCを使い挑戦の承諾文を書き、送信してしまう。


 ガチャ!


「イヤ〜なんでこんな時に限って、近くのコンビニで売って無いのかなぁ〜向こうの方まで行っちまったよ」


 俺が戻って来る頃には、楓は送信を終えてノートPCを閉じていた。


「あらそう、お疲れ様。それじゃ〜私、帰るわ」

「えっ! もう帰るのかよ」

「エッチな動画を観てた人と一緒に居たら襲われるから帰るの! それじゃ〜ね」


 俺が買って来たジャスミン茶をコンビニ袋から取り出し、帰ってしまう。


「なんだよ、楓の奴。人を性欲魔人見たいに言いやがってさぁ! でもこの楓の匂いとエロ話がなんなこう、ムラムラと……やっぱりしておこう」


 部屋の中に漂う楓の香水の残り香と、エロと言う単語に欲情してしまい。

 この後、自家発電をしてしまうのであった。

 数日後、俺はリトラクタブル5の花塚姉妹の走りを見直そうとノートPCを開くと、PCにメールが届いてる事に気づく。


「あれ、メール? なんだ!」


 開くとリトラクタブル5の花塚姉妹からだった。


『AEイザム様。挑戦のご了承ありがとうございます。つきましては来週の日曜日、昼間にリトラクタブル5のサーキットコースにてお待ちしております。場所は下記に記載しましたので、こちらの場所に来て頂きます様、よろしくお願い致します』


「何〜! 俺はまだ挑戦を受諾した覚えが無いぞ! なんでこうなってるんだ?」


 覚えが無い受諾承認と送信文、そして返信、俺はなんでだ? っと考えてるとある事が思い付く。


「そう言えば楓が居た時のコンビニ……やりやがったなぁ〜楓〜!」


 いつかは楓にリトラクタブル5の勝負がバレて、わかってしまうのでは無いのか? とは思ってはいたがまさかの初っ端からとは思っていなかった。


「くそ〜アイツ、俺に負けさせて正体を隠蔽しようとしてるなぁ〜そうはさせるものか! ぜって〜勝ってやる!」


 メラメラと見えないオーラを燃やし、意地でも勝ってやろうと言う思いが、ふつふつと湧き出ていた。


「そうだ! こうしてはいられない。早く真奈ちゃんと連絡を取らないと!」


 だが、真奈ちゃんに嫌われてる俺は、直接LINE交換をする事が出来無い為、神来社さんを通して連絡をするのであった。


『神来社さん、すいません。真奈ちゃんに次回の日曜日に花塚姉妹と勝負する事になったので至急連絡を入れてもらえる様連絡をしてもらえませんか? お願いします』


 そうLINEメールを送ると、数分後に返信が返って来る。


『その日、真奈ちゃんは、とあるドリフト大会に出場するから出られないよ。日付変更は出来ないの?』


 返信メールにはそう書かれていた。


「えっ〜! 出れないの〜? どうしたらいいんだ!」


 慌ててノートPCで、リトラクタブル5のHPを開き、日にち変更を申請し送信をして返信を待つが、帰って来た返事は変更不可の文字であった。

 その理由はこうである。


『サーキットコースの貸切料金、それ以外に諸々の費用がかかっており、日付変更をする事は出来ません。これに対しキャンセルをした場合はそちらの負けとなります』


「これ八方塞がりじゃ〜 ないか〜!」


 もう1度、神来社さんに、その旨を含めてLINEを送ると返事が返って来る。


『理由はわかった、代理を探しておく』


 ただそれだけだった。


「真奈ちゃんとしか練習してないから無理じゃないのか? それとも代わりに神来社さんが来てくれるのか?」


 どうにもならなくなった俺は精神的に追い詰められ、冷静さに欠けて行く。


「どうしたらいいんだ! どうしたら……」


 そうこう悩んでいる合間に、当日の日曜日が来てしまった。


「とうとう、日曜日になってしまった……神来社さんからはあの後、連絡を何度か入れたけど返答はなかったし、どうしたらいいんだ……」


 俺の不安が諦めへと変わろうとした時、とある人物が自分のアパートにやって来る。


 ピンポーン! ピンポーン!


「はい」


 ガチャ!


「やあ〜お待たせ。それじゃ〜行こうか」


 現れたのは宇賀真さんだった。


「えっ! 宇賀真さんが代理?」

「不服かい? これでもGRCの中では神来社さんの次に上手いと自負してるんだけどな〜?」

「いえ、不服なんて、困って居たので恩に着ます。宇賀真さん!」

「おうよ! それじゃ〜行こうか」


 宇賀真さんが乗って来たワンボックスカーに乗り込み俺は出かける。


「群城くん、場所は何処なんだい?」


「えっ〜とですね、I市からT市に向かう道に潰れたコンビニがあるそうなんですが、そこをサーキット場にしているらしいです」

「ほう、潰れたコンビニを買い取ってコースにしたのかなぁ〜? 娯楽とは言え、すげなぁ〜羽瀬川のお坊ちゃんは」


 潰れたコンビニを買い取って会社にしたりお店にするのは、ごく普通ではあるが、チーム専用のコースにしてしまう羽瀬川氏の財力は凄いと言えた。


「でも自分が日付変更を申請したら却下されて貸切料金が掛かってるって言ってましたよ」

「きっとそれは群城くんを逃さない為の口実じゃないのかなぁ〜? 予想だけどね……」

「そうなんですかね〜?」

「おっと、話してる間に着いたみたいだ。ここじゃないのかなぁ〜?」


 到着した潰れたコンビニの駐車場には何台かの車と、目立つ様に駐車されたRX−7が2台置いて有り、花塚姉妹の物だとわかるモノだった。


「宇賀真さん、これ本物のFC3SとFD3Sですよ!」

「あの姉妹、RCカーだけでは飽き足らず、実車までもRX−7とは恐れいったね〜」

「どんだけあの峠レース兄弟が好きなんだよ!」

「群城くん、君がそれを言うとひがみにしか聞こえないから言わないでおこうか」

「……」

「とりあえず、店舗内に入ろう」


 外観は廃墟のコンビニなのだが、店内は綺麗なRCサーキットコースになっていて2人は驚く。


「すげ〜外と中じゃ〜全然雰囲気が違うぞ!」

「外の廃墟コンビニが嘘のようだ!」


 そんな2人の所に花塚姉妹が現れる。


「貴方たちが羽瀬川様が言ってた人ね、どちらが群城さんかしら?」


 振り向くと、背の低い幼女の様な姉と、背の高いキャビンアテンダントのような美形の妹が、そこには居た。


「お、俺が群城ですが……」


 2人の姉妹は品定めをするかの様に、俺を上から下まで見廻し言葉にする。


「身なりも態度も全然ダメね、羽瀬川様とは大違いだわ」

「失礼よ、里美。本当の事でも口にして言ってはいけないわ」


 背の高い里美と言う妹が挑発的に発したのに対し、幼そうな姉はその発言を制止した。


「くそ〜腹が立つ〜! 顔が美人なだけに余計に腹が立つ〜」

「群城くん、まあまあ〜落ち着いて、相手のペースに巻き込まれたら負けだよ」


 宇賀真さんは俺の気を落ち着かせる為になだめてくれた。


「ところでお互い、自己紹介してないわよね。私は花塚姉妹の姉、花塚瑞希はなづか みきよ」

「同じく、花塚姉妹の妹、花塚里美はなづか さとみよ」


 2人の姉妹はそう名乗り、自己紹介を終わらせる。


「俺の名は群城勇だ」

「オレは宇賀真海斗うがじん かいとだ。よろしく」


 俺も宇賀真さんも簡単な自己紹介で済ませてしまう。


「宇賀真……なんか聞いた事がある名前だわ……」

「それよりも、さっさと始めましょ、姉さん」


 姉である瑞希が考えていると、差し出がましく妹の里美が口を出し、勝負を急がせていた。

 ここから花塚姉妹と俺達のRCバトルが開始されるのだ。


第28話に続く……

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