第33話 爆発して気持ちに気付く

 魔法薬第一弾に引き続き、第二弾、第三弾と開発は進んでいた。


 トレーシーたちは淡々と開発に勤しむ。国王陛下ご夫妻に対しての効果については詳しく教えて貰ってはいない。


 だが、良い兆しがあったのだろう。


「不妊に効く魔法薬や魔道具の開発に加え、御子さまが生まれた時に備えた、より安全性の高い警護システムの開発を依頼されたわ。それも引き続きアナタたち中心で開発して欲しいの」

 

 トレーシーは小首をかしげてトラントに問う。


「ソレ私たちでやっちゃっていいんですか? トラント部長」


 王族、ましてや国王陛下ご夫妻からの依頼だ。名誉なことであるから他の研究員がやりたがっても不思議ない。


「んっ。今のところ苦情はないし。みなそれぞれに取り組んでいる課題があるから新しい依頼に興味がないのよね」

「そういう事ですか……」


 国王陛下からの依頼だからといって人気が高いわけでもないらしい。


「なら引き受けます」

「よろしくね。アルバスも、よろしくね」

「はーい」


 少し離れたところで机に向かっていたアルバスは小さく手を振ってこたえる。


「ナニしてるの、アレ?」

「なんでも『ロマンチック魔道具』の新しいアイデアが浮かんだそうで……」

「アラ、そうなの?」


(ろくなもんじゃなさそう)

と、思ったトラントはツッコむのは止めておこうと決めた。


「実験をするので防犯システムいったん切ります~」


 誰かが叫ぶ。


 開発研究部では珍しい光景ではない。防犯は大切だが、実験するときには邪魔になることがある。


 そんな時は、いったん防犯システムを切るのだ。


 切ったところでたいしたことにはならない。


 なぜなら開発研究部に所属する面々はそれぞれに手練れの魔法使いでもあるからだ。


 滅多なことにはならない。


 だが、今日は違った。


(この魔法陣の展開する気配は……)


 トレーシーは気配のする方向を振り返った。


 自分のデスク近くに置かれた見覚えの無いカゴ。


 リボンや生花で飾られた、ぬいぐるみやお菓子がいっぱい詰まっているカゴが見えた。


(アレか!)


 見知らぬカゴの存在に気付くのが遅れたのはトレーシーの失態だ。


 いったん切られた防犯システムのせいで、カゴのなかに様々な形で仕込まれたの魔法陣が展開していく。


 魔法省の防犯システムは高性能だ。


 第二、第三のトラップも防ぐ。


 それを見越して仕込まれた、トラップの奥の奥。


(コレは……大きい!)


 爆破の規模が半端ないデカさの魔法陣であることが展開途中からも感じられる。


(防御壁を張らなきゃ!)


 とっさにトレーシーは爆発を抑え込む魔法陣を発動する。


 ほかの研究員たちもそれぞれに魔法を展開していく。悲鳴は聞こえたり、聞こえなかったり。


 張り巡らされた魔法の種類によっては、悲鳴ごと防御壁内部に取り込まれていくからだ。


「トレーシー君っ!」


 アルバスの叫びが聞こえたような気がする。


 だが全ては爆発の瞬間、裂かれるような衝撃に飲み込まれた。


 研究室を内側から破壊するような激しい衝撃。


 強かに打ち付けられる体。


 キーンと耳奥で音がする。


 爆破を抑え込むのに気を取られて自分の身を護るのが後回しになってしまったトレーシーは、大怪我を覚悟して目を開けた。


「……アルバス先輩⁈」


 トレーシーの視界に飛び込んできたのは、自分を見つめるアルバスの真剣な顔。


「トレーシー君っ! 無事か⁈」


 アルバスは大声でトレーシーに呼び掛ける。


「あっ……」


 床に転がったトレーシーの上には、なぜかアルバスがいた。


(守られた?)


 一瞬、事態を飲み込めなくて反応できないトレーシー。


「大丈夫かっ⁈ トレーシー君っ!」


 反応の鈍いトレーシーを見て不安になったアルバスの声が大きくなる。


「大丈夫……です。アルバス先輩は?」


(アルバス先輩、体は鍛えていないのに……)


 アルバスがトレーシーの代わりに大怪我をしたのではないかと思ったトレーシーは青くなる。


「ああ、私なら大丈夫。身体強化をかけたから」


 アルバスは腕立て伏せでもするように覆いかぶさっていた。

 

 確かに普段のアルバスであれば、その体制自体とれないだろう。


「でもキミは封じ込めに力を回して、自分を守らなかっただろう? 大丈夫かい?」


 爆発の威力がすさまじかったのか、トレーシーが防御壁を張ったのにも関わらず部屋はめちゃくちゃだ。


 それはアルバスも同じで、全体的にボロッとしている。


 身体強化と共に防御壁も張っただろうに頬には擦り傷があるし、髪もボサボサ。服はところどころ破れていた。


「守って……くれたんですか?」


 驚くほど近くにある顔を見上げながら、トレーシーはつぶやくように言う。


 いつも掛けている厚いレンズのはまった保護用メガネはどこかに吹き飛んでしまったのか見当たらない。


 何も遮るもののないアルバスの青い瞳と視線がぶつかる。


 真摯で美しい青い瞳はトレーシーへの好意を隠さない。


「ああ。当たり前だろう? 私がキミを守るのなんて」


 アルバスはさらっと言った。ここは、なぜどうして守ることが当たり前なのかを聞くべきところではあるが、トレーシーは今、それどころではなかった。


―――― あっ……私、アルバス先輩のことが ――――


 驚くほど整ったアルバスの顔を近くで眺めながら、トレーシーは自分の気持ちを自覚するのに忙しかった。

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