始まりは鼻づまりだった

私は長いこと鼻づまりに悩んでいた。


子供の頃から付き合っている花粉症のせいと勝手に考え、鼻が詰まってますと医者に行くことはなかった。


10年近く前、同じく花粉症に悩んでいた友人がいいお医者さんを見つけたと言う。


「丁寧な診察で、内視鏡っていうのかしら、あれで鼻の奥までちゃんと見てくれるのよ」


「鼻に内視鏡突っ込むの?痛そう」


「それがそんなに痛くないのよ。自分の鼻の穴の中なんてそうそう見ることないじゃない。画面を見ながら色々聞いちゃったわよ」


その医者は自分の家から一駅、歩いても30分程度の距離だ。


それまで通っていた医師は、さほど丁寧な診察もなく“花粉症だね、お薬出しておきます。目薬もいりますか?”というような流れ作業だったので、お医者さんを変えることに躊躇いは無かった。


花粉症の良い治療薬も出ているというし、そろそろスギ花粉も舞い始めるからとまだ寒い1月のある日、その病院に行った。


友人の推薦通り、その女医さんの診察は丁寧だった。


「鼻の奥の状況を見てみますね」


そう言って内視鏡を手にした時には身構えたが、そこまで苦痛では無かった。


花粉症のひどい時、鼻の奥が痒く、ティッシュペーパーをよった紙縒りを鼻の穴に突っ込むということをよくやっていたので、その感覚には慣れていたのも大きい。


「あ〜、鼻の奥にポリープがありますね、、、」


ポリープと聞き、ギョッとする。


もし悪性なら癌ではないか。


私が焦った顔をしたのに気付いたのか、女医さんは言った。


「見た感じでは悪性ではないですね。正確にはポリープを取って検査しなければ分かりませんが、、、」


その時、自分の鼻づまりの原因を知ったのである。


副鼻腔炎、、、いわゆる蓄膿症、、、私の副鼻腔(骸骨の空洞部分)にポリープが出来ており、これが鼻詰まりの原因となっているらしい。


時にこのポリープ内にたまった膿のせいで、高熱を出すこともある。


確かに急な発熱にインフルエンザかと医者に行き、検査の結果、陰性で薬を渡されるということが良くあった。


数回に一回は中耳炎かな、、、と医者に言われることもあった。


病院で渡された薬を飲み、布団にくるまって横になり、ゆっくりと寝た後にはスッキリと治る。


治ってしまえば体に問題はなく、特に継続して治療するなんてことは考えてもなく、自分が副鼻腔炎、いわゆる蓄膿症なんて思ってもいなかった。


「そのポリープは取った方がいいんでしょうか」


「先ほども言った通り、正確には手術して検査しなければわかりませんが、見た感じでは悪性では無いようなので、急いで手術する必要はないです」


そんな言葉にホッとする。


その先生と話し、花粉が飛散する時期だけではなく、通年で薬を飲めば、花粉症の症状はかなり和らぐと聞き、それ以来、その病院に定期的に通うことにした。


私の花粉症の症状は酷く、大事な外部との会議やプレゼンの最中に鼻水が止まらなくなり、かなり難儀することがあった。


出席者の方や上司も私の体調のせいと分かっている為、責められるようなことはなかったが、手にしたティッシュが鼻水でビショビショになり、クシャミを必死で堪えて話す私から目を逸らし、気づかないフリをさせていることに、毎年、恐縮するばかりだった。


一番酷いのは春のスギ花粉だったが、その後の檜やら、ブタクサなど、各種花粉の飛散時期になると確実に症状が出る季節に敏感な身体であった。


コツコツと薬を飲むこと数年、確実に症状が変わりはじめた。


周りの花粉症持ちと比較し、確実に症状は軽くなっていった。


鼻水の症状はだいぶ改善され、目が痒くなることで花粉の飛散を知ったが、以前のように目玉を取り出して水洗いしたくなるような異常な痒みは無くなった。


私の症状が数年かけて改善されたように、通っていたその病院もだんだん変わっていった。


初めに見てくれた丁寧な女医さんの診察日が減っていき、曜日ごとに違うお医者さんが診察するようになってきた。


そして、その医師達の診察が、これまたアバウトだった。


問診の上、必ず鼻と喉の様子を見てくれていたが、“花粉症の薬ですね”と問診もせず、診察を終ろうとしたり、三ヶ月おきに見てもらっていた内視鏡も、鼻の奥にむやみに突っ込まれ、痛いのなんの。


医療機器の進歩は使う医師の腕があってこそ効果が発揮されるものなのね、、、と診察後もまだ痛い鼻を押さえながら思った。


1ヶ月に一度、薬をもらいにその耳鼻科医院へ行き、病院の近くに見つけた美味しいパスタ屋に寄って帰る習慣。


雑な診療にも諦めが混じる。


それが10年近く続く。


そして、熱中症の危険が叫ばれていた夏の終わり、ようやく暑さが和らいだ日、私はものの見事に熱中症になる。

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