墓参り

「……ここ、このひと」

「はい。ここです」


 街の外れにある墓地。その一帯に、この街に住んでいた人達は眠っている。

 その中の、より外側。それなりに新しい墓標の前に、私はしゃがみ込んだ。


「……森に、近いね」


 もう耳も尻尾もしまったイグル様は、呟いて。私の隣に、しゃがんでくれる。


「古いものほど街に近いんです。そこから広がるように、お墓を建てていったから……」


 足元に、庭の花で作った花束を置く。


『アルヴ歴十八年 実りの月二十三日 レイ ここに眠る』


 生まれの日付も、何歳かも刻印さかかれていない。じーちゃんは誰にも、私にも教えずに逝った。

 秋の祭り、その終わりの朝。珍しく穏やかな顔をしていた。


「……ただいま。どうなるかと思ったけど、ちゃんと帰ってこれたよ、じーちゃん」


 胸の前で手を組んで、目を閉じる。

 ねえ、じーちゃん。隣にいるの、精霊様なんだよ。イグル──イグラトゥメニスナ様って言うの。私を助けてくれたんだよ。


「おはよう。レイ、さん。初めまして」


 左隣で、イグル様の声がする。


「ハナと会えて良かったけど……あなたとも、会いたかった」


 穏やかな風が吹いて、草のそよぐ音が聞こえた。私は目を開け、


「……ありがとうございます、イグルさ、ま……ぁあ?!」


 なんんん??!!


「どういたしまして?」

「いやあそうなんですけど! そうじゃなくて! なんですかこれ?!」


 じーちゃんのお墓の周りに! お花が沢山! わさっと生えて?!


「さっきまでこんなんじゃ……?!」


 お墓じーちゃん埋まりそうですけど?! 私達もちょっとかぶってますけど?!


「手伝ってもらった。レイさんにって、みんなで」

「み、みんな……」

「うん。みんな・・・と一緒に」


 イグル様は、色とりどりの花達を示す。


「えぁ、はぁ……あ、りがとうございます……?」


 いっぱいに咲き誇った花達へ、頭を下げる。……ようするに精霊様の力で、じーちゃんのために咲かせて……咲いてくれたってことだよね?


「どういたしましてって」

「まじですか」


 私の言葉は通じたらしい。しかも返事を翻訳してくれた。


「えー……では、家に帰ろうと思いますが……」


 ここにだけ、密集して咲く花々。目立つ。


「?」

「いや、このままで良いものかと……あ?! イグル様! また!」

「……あ」


 思いっきり指差してしまった先。薄く金に煌めく耳と尻尾にイグル様は手をやった。


「んー……難しい……」


 また一瞬で人の耳になる。尻尾は消えて……は! 見られてないよね?! 人いないよね?!


「ハナ?」

「いな、さ、そう……? こんな時間だし……大丈夫だった……?」


 辺りを見回して一息ついて、


「ハナ」

「わ?!」


 イグル様が顔をのぞき込んできた。


「な、なんですか……」

「あんまり、良くなかった……?」


 イグル様は悲しそうに眉を下げて、顔を引く。


「挨拶の、つもりだったんだけど……」


 そしてお墓と花へ目を向ける。


「いえ! それは全然! じーちゃんも喜んでると思いますので! 問題ないです!」

「そう?」

「はい!」


 驚いてもいるだろうけど。目立つって言っても、街から遠めだし。ま、いっか!


「じゃ、帰りましょうか。もうだいぶ明るくなってきたし……」


 太陽は半分くらい顔を出して、街も少しずつ動き始める。教会の鐘も響いてくる。一日の始まりだ。


「あ、イグル様。朝ご飯食べました?」


 連れ立って歩き出す。


「ううん、起きてすぐ出てきた。ハナがどっか行きそうだったから」

「……」


 なんでそんなこと分かるんですか? それも精霊様のお力ですか?


「まあ、うん。それなら一緒に食べましょうか」

「うん!」


 あー眩しい笑顔ー。太陽にも負けず劣らずだ。



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