第07話 強き者


先の村で七人の悪漢を相手にしたフェラクリウスにとって、盗賊四人の相手など児戯じぎに等しいものであった。


みな一様に剣をへし折られたうえで頭部を強打され、地に伏せた。


一部始終を見ていた少女は口をあんぐり開けたまま呆然としていた。


「すげえ…」


ようやく絞り出した言葉も、稚拙な感嘆詞にすぎなかった。


フェラクリウスは何事も無かったかのように振り返ると少女の無事を確認した。


それから得物を納め、進行方向を指さして尋ねた。


「王都への道は、こっちでいいのか?」


「え?あ…うん…」


フェラクリウスはそれを確認すると黙って王都へと歩き出した。




街道をゆくフェラクリウスの後を少女は黙ってついていった。


ついて来いとも、来るなとも言われていない。


だが、少女は彼の後を歩いていく事を選んだ。


何も言わないから、何も言えなかった。


だがなんとなく、このおじさんは自分の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれているのだろうと感じていた。


日が傾きかけてきたところで、フェラクリウスが少女の方へ振り返った。


「飯にしよう」


街道から少しそれたところで火を焚き、二人はそこで食事をとった。


フェラクリウスはパンテェ村でもらった保存食を少女に分け与えた。


「お前、名前は?」


「…シオン。おじさんは?」


「フェラクリウスだ」


互いに名乗りあうと、それっきりまた会話がなくなる。


二人は黙って暖かいスープを口にする。


「…なんにも聞かないの?」


シオンの方から口火を切った。


「ああ」


フェラクリウスは彼女に目を合わさず答えた。


「…だが話したい事があるなら聞いてやる」


それを聞いてシオンはゆっくりと自分の境遇を語り始めた。




彼女は王都ネーブルから来たという。


家は青果店を営んでいる。


昨年の長期的な日照りによって仕入れが出来ず生活に困った両親は、娘を比較的被害の少なかった北方にある農村に働きに出そうとした。


シオンは自分の夢を諦められず、村へと向かう途中で逃げ出した。


だが家に戻ったところで仕事の当てもなく食いつなぐ金も無い。


そこでたまたま見かけた盗賊を尾行し、アジトから金を盗もうと決めた。


「どうせ人から奪った金なんだから

 互い様だと思って…。

 でも、間違いだったよ」


シオンはすっかり反省した様子で肩を落とした。


フェラクリウスはしばらく黙って聞くだけであったが、落ち込む少女を見かねて口を開いた。


「賊に身を落とすには若すぎる。

 王都から来たと言ったな。家まで送ろう」


「そ、そんな事言われたって…

 戻ったところでお金が…」


シオンの反論を遮って、フェラクリウスは自分の鞄からリンゴサイズの塊を彼女に投げ渡した。


「仕事が見つかるまでは

 そいつで食いつなげばいい」


ずしりと重みを感じる布の包み。


その中からた月は食っていけるだけのお金が出てきた。


突然大金を押し付けられ、シオンは狼狽した。


「こ、こんなの受け取れないって!」


「俺には必要ない」


仰天したシオンがそれを突き返そうとするも、フェラクリウスは素知らぬ顔で焚火に枯れ枝をくべている。


シオンは困惑しながら生暖かい布の包みを握りしめた。


「なんなんだよ、アンタ…。

 なんでここまでしてくれるんだよ」


「強くなればわかる」


フェラクリウスはそれ以上は何も語らなかった。


寡黙な男なのだと思った。


彼の優しさに触れ目の奥が熱くなり、涙が溢れそうになるのをシオンは必死にこらえた。


まだ話したい事があるのに声が詰まる。


だが、シオンはもう一つの疑問を口にせずにはいられなかった。


ずっと気になっていた事だった。


「…アンタ、腕に何巻いてんだよ」


激しく動いたせいで右腕の傷が開いてしまった。


こんなこともあろうかとシルクのパンティ―とは別に、もう一枚治療用のパンティー織物をパンテェ村で購入していたのだ。


抜け目のない男、フェラクリウスは手際よくおニューのパンティーで処置しながらこれらの事情を丁寧に説明しようとした。


「これか?これはパンティーだ。

 一部地域ではパンテェとも言う。

 お前はどっち派だろうな。

 パンティーかな。それともパンテェかな。

 こいつはショーツとして女性のお腹を冷やさない、

 大切な部位を優しく包み込む役割を果たすものだが、

 ここだけの話、止血にも適している。

 もちろん俺は後者を目的に使用している。

 何もいかがわしい理由は無い。

 いいか。パンティーにはな。

 職人が使い手を想う気持ちが込められている。

 大事にしろよ、パンティーを」


寡黙な男じゃなかった。


シオンはそれ以上は何も聞きたくなかった。

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