3話 逃げ込んだ先で優雅な一時

 メイド長から逃げ出した俺たちは、屋敷の厨房にやってきていた。

 何故かって?そりゃおやつが恋しい時間帯になってきたからだ。


「料理長~。きたよ~」


 厨房に入ってとりあえずすること。料理長を呼ぶ。そうすれば料理長は必ずやってくる。

 何故なら俺は伯爵家のペット様だからな!


「また来たのか。それで今度は何から逃げてんだバカ猫」


 そんなふざけたことをぬかしながらこちらへやってきた大きな熊男こそ、ベネット伯爵家の料理長ベルンだ。

 こいつはいつも俺のことをバカ猫と呼んでくるバカタレだが、料理の腕だけは確かなため解雇はしないでやっている。


 感謝しろよ熊公。


 ……って、そんなことよりも


「なんで逃げてきたの知ってんの?」

「お前がここに来るときは大抵何かから逃げてるじゃねぇか」


 確かに!!


「まぁ犬の嬢ちゃんがいるのは珍しいな」

「おい料理長!なんでアーシャは犬の嬢ちゃんで私はバカ猫なんだ!私も猫の嬢ちゃんを所望する!!」

「あぁ?だったら今日一日何してたか話してみろ」


 今日一日?

 なんの関係があるのか知らないがいいだろう!

俺の輝かしい一日を聞かせてやろう。


「えっと、朝は寝坊してお嬢に叩き起こされて、朝ご飯を食べたあとお嬢にイタズラして怒られて、お昼ごはんを食べてすぐお嬢から逃げ出して、アーシャにお嬢の悪行を愚痴ってからじゃれてたらメイド長に怒られて、メイド長の説教長いしおやつ食べたくなったからここに来た。こんな感じ」

「やっぱバカ猫じゃねぇか」

「なにおぅ!!」


 渾身の猫パンチを食らわせてやろうか?


「ほらルーちゃんどうどう」


 興奮した牛を落ち着けるように荒ぶる俺を抱きしめてくるアーシャ。

 ふん。この温もりに免じて料理長のことは許してやろう。命拾いしたな。


 それにしても、アーシャの胸の中は安らぐなぁ。この慎ましくも感じる柔らかさ。これが持つ者と持たざる者の違いか。


 もしお嬢にこんなふうに抱きしめられてもただの胸骨による攻撃でしかないからな。四歳も年下のアーシャに負けてるとはお嬢の発育は可哀想としか言いようがない。


……あれ?何故か寒気が。


「で、バカ猫。今日もお前用に試作品が出来てんぞ。食うなら早く犬の嬢ちゃんの胸の中から出てこい。食わねぇならとっとと帰れ」

「たべる~」


 アーシャの胸の中からすぐさま脱出し、俺専用おやつ席に着席する。俺のあまりの速さにアーシャは驚いているようだ。

 ふっふっふ。食欲は他の何よりも行動の原動力になるのだよ。


「アーシャ、早くこっち来て。料理長椅子もう一個!」

「もう持ってきた。それとこっちが今日の試作品のアップルパイだ。なんでも異世界のおやつらしいぞ」


 でかい図体の癖に行動が速いやつだ。

 アーシャを料理長が持ってきた椅子に座らせ、机の上に置かれたアップルパイなるものに注視!


 ふむふむ。匂い、見た目ともに良好。


 異世界のおやつらしいがこれはあたりかもしれないな。


「ありがとうございます」

「料理長、これあたりなんじゃない?」

「あぁ。少なくとも昨日のよりはあたりの筈だ」

「だよね~。ていうか昨日のが酷すぎだった。アーシャ良かったね私が連れてきたの昨日じゃなくて」

「全くだな」

「ルーちゃん料理長とそんなお話ができるほど頻繁にお邪魔してるの…?」


 昨日のやつは本当に酷かった。


 青魚に蜂蜜に唐辛子、更にミルクなんてやっぱり合うわけがなかったんだ。異世界料理はギャンブルなところがあるから、お嬢達に振る舞われる前にまず毒味として俺に試作品が振る舞われている。

 俺はおやつが食べたく、料理長は毒味をさせたい。まさにウィンウィンの関係なのだ。


 異世界と一言でいってもいくつかの世界があるらしく、確か地球とかいう世界の料理は美味しいものが多いという話だった気がする。つまりこやつは地球の料理である可能性が高いわけだ。


 まぁまだ食べてないんだけどね!


「さあさあじゃあ食べて見ようかな~。アーシャもほら!食べるよ!」

「う、うん」

「じゃあ料理長食べるね~。はむっ」


 こ、これは………美味い!!!

 そして…熱い!!!

 外の生地はサクサクで、中のリンゴは熱々甘々。このコンビネーション最強!!


「うま熱い!」

「料理長これとっても美味しいです!」

「そうか。バカ猫、お前のお嬢様達に出すに値するか?」


 料理長が俺に確認してくる。

 これはいつものことで、俺はこの家の誰よりこの家に住んでいる人たちの好みを熟知している。

 お嬢と一緒におやつを食べて感想を聞いたり、伯爵におやつを持っていって感想を聞いたりしていたからみんなの味の好みはわかっているのだ。

 伯爵家のペットだからといってただ遊んでいるだけではないのだよ。

 そんな俺から見て今回のアップルパイは当然合格ラインを大いに越している。


「このアップルパイはだいじょーぶ。因みにだけど料理長。これ中のリンゴ他の果物に変えられる?チェリーとか」

「そのくらいならできるぞ」

「じゃあお嬢と伯爵はそっちのほうがいいかも。このアップルパイ甘々だからあの二人の口には合わないかも」


 お嬢と伯爵は甘々なのあまり得意じゃないみたいなんだよね。

 少し前にクレープとかいう異世界のおやつを持っていったときにお嬢は半分食べて、「少し甘すぎるわね」と言いながら俺にくれたし、伯爵も「美味しいけど甘すぎるな」と言ってたからなぁ。

 その点チェリーは酸味もあるからリンゴよりも甘さ控えめになってくれると思う。


「そうか。なら後でチェリーでも作ってみるか」

「ん。私もお嬢に少し貰おっと」

「夕飯のデザートに出してやるから楽しみにしとけ。当然使用人達にも出してやるから安心しろ」

「「わーい!!」」


 夕飯にまたアップルパイが食べれるなんて幸せ。アーシャとハモるのも必然というものだ。


 あ、因みに俺はお嬢や伯爵と同じ食卓でご飯を食べてるよ。なにせ伯爵家のペットだからね!

 たまにアーシャと二人で食べたりもするけど、それは俺がお昼寝しててご飯の時間を逃したときやお嬢達に何かしら用事があったとき、あとは俺が純粋にアーシャと一緒に食べたくなったときくらいだ。


「食ったならとっとと帰れお前ら。こっちも忙しいからな」

「ん。わかった」

「ごちそうさまでした」


 ふぅ。美味しかった。

 さてと、それじゃあそろそろお暇しますか。


 ……って忘れるところだった。


 メイド長への秘密兵器持ってかないと。


「料理長。この余ったアップルパイ貰ってくよ~」

「別に余ってるわけじゃねぇがいいぞ。いつものか?」

「うん。メイド長を餌付ける」

「お前、本人の前で絶対そんなこと言うなよ。あの人はまじでやばいからな」

「ルーちゃん…餌付けって…」


 料理長は呆れたようにそう言い、アーシャは信じられないというような顔でこちらを見てくる。


「だいじょーぶだいじょーぶ。私は危機管理の天才って呼ばれてるんだよ?」

「誰にだよ」

「危機管理の天才はお尻が真っ赤になるまでお仕置きされることないんじゃないかなぁ…」


 まったく二人共ああ言えばこう言うんだから困ったものだよ。

 そんなことを思いながら俺はアップルパイを片手に、もう片方の手でアーシャの手を引いて厨房をあとにするのだった。




新しい登場人物

ベルン(料理長) 32歳 熊人族

ベネット伯爵家の料理長。料理の腕は超一流。

もともとは王都に自分の店を持っていたが、とある獣人差別思考のある貴族のせいで潰された。

その後、その店にお忍びで頻繁に通っていたベネット伯爵にスカウトされ、言葉遣いなどのいくつかの条件を付けたうえで伯爵家の料理長となった。

異世界の料理を研究することが趣味で、いつも食べ物をねだってくるルナとともに日々新しい料理に挑戦している。








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