25.夏祭り 前編.T


―――自宅、金曜夜


「みやび」

「なにかな?」

「明後日のデートは夏祭りに行きます、5時くらいに出掛けようと思うんだけど、良いですか?」

「夏祭りだったんだね、うん、分かったよ」

「屋台を見て回って、夜には花火も上がりますから、それを一緒に見ましょう」

「それなら、屋台だけだとお金掛かっちゃうからおにぎり作っていくよ」

「そうですね、それくらいなら屋台で買う楽しみもあるし丁度いいかも知れませんね」


―――自宅、日曜


そろそろ5時近く、俺はリビングでみやびを待っていた。

浴衣を着てくれるだろうか、実は今日のデート用に中平さん達に浴衣を買って貰うようお願いしておいたんだ。

金髪ストレートに浴衣かあ、うん、みやびは何着ても絶対似合うからなあ、と浴衣姿を想像していたらみやびが浴衣姿で現れた。


綺麗さ、可愛さが想像を超えていて、俺は見惚れてしまった。


長い金髪はアップに纏めてあって可愛い、そしてうなじがしっかり色気を醸し出している。

浴衣は白を基調として、赤い花の模様が入っている、帯も赤をベースとしている。肌の白さも相まってとても似合っていて凄く綺麗だ。


「みやび、凄く綺麗ですよ」

「――ふふ、ありがとう。敏夫も浴衣似合ってるよ」

「みやびの横に並んでも恥ずかしくない格好にしました」

「いいね、雰囲気があって」


そう、俺も浴衣なんだ、みやびだけを浴衣にさせるのでは無く、俺も浴衣にする事でより雰囲気を盛り上げるというわけ。


「それじゃあ、そろそろ行きましょうか、あ、おにぎりはこっちで持ちますよ」

「うん、よろしく、行こうか」



―――夏祭り会場


すでに屋台が賑わっていて、人波でごった返していた、浴衣を来た女性やカップルも多く俺達の姿に違和感も無い。

みやびが一番綺麗で可愛いけど。


まずは屋台を回り、楽しみながら食べ物を買いたい。

ただ一つだけ問題が、いや問題というわけでもないんだけど、なんというか。


家を出る直前に。


「今日はこれで気兼ねなく楽しもうね、はい」

「え?え、でも……はい……」

「もし足りなくなったら言ってね、無駄遣いはダメだからね」


と結構な額を渡されたのだ、みやびは気を使って渡してくれてるんだと思うけど、俺はヒモじゃないし、これに慣れたくない。


「俺、早くバイトして自分でお金を稼げるようになりますから、いつまでもみやびにお金を出させたくないです」

「うーん、気にしなくてもいいんだけどな、でもうん、期待してるよ」


というわけで今日の出費は全部みやび持ちなんだ、金銭面に関しては男の甲斐性を発揮する場面が無い。

だからと言って無駄遣いする気もないし、そこはしっかり2人で選んで買ったり楽しむつもりだ。


それにしても人が多い、俺の身長でも余り遠くが見えないくらいだ、みやびからは周りが殆ど見えてないんじゃないだろうか。

やっぱりここは、はぐれないように手を繋ぐ必要があると思う。


「みやび、人が多いしはぐれるといけないからを手を繋ぎませんか」


そう言って手を差し出した。

みやびは少し間を空けて


「うん、よろしく頼むよ」


と手を繋いできた。ひんやりとしたみやびの小さく柔らかい手。

それが繋がれた事を確認すると少しグイと引っ張り、自分の身体の近くに来て貰った。


嬉しさの余りなんだか照れてきた。ドキドキする、手を通じてドキドキが伝わる事は無いと思うけど緊張する。

頭を撫でるより、肩を抱き寄せるより、手を繋ぐ事のほうがドキドキするとは思わなかった。直接肌に触れているからだろうか。

そして直接触れているのでちょっとした指の動きや反応が分かる、俺の感情まで伝わってしまいそうだ。


繋いだ指をリズム良く順番に動かしたりしているとみやびも反応するかのように指を動かしてきた、俺はみやびが同調してくれた事が嬉しく、さらにお互いに反応を探るように指が蠢き、指同士が触れ合い、指と手のひらで包んだり、指で指を挟んだりして、指の一本一本を確認するように絡み合い、最後に恋人繋ぎになった。


そうなった瞬間、お互いがお互いの顔を見て、お互いに顔を真っ赤に染め、お互いに手を離してしまった。


「あ、ご、ごめんなさい」

「ううん、私こそ」


初めは繋いだ手と指で遊ぶような感覚だったはずなんだけど、随分とエスカレートしてしまった。

あらためて手を差し出し、繋ぎ直した。


その後は射的をしてみたり、風船掬いしたりと遊んで、イカの丸焼きや焼きそば、唐揚げに牛串なんかを買った。

花火まで少し時間があるし、買った食べ物を食べたいという事で、広場に出てみやびの作ったおにぎりなんかも出して一緒に食べ始めた。


最近は一緒のお弁当を食べたり、同じ皿のおかずを食べる関係で間接キスなんかは気にしなくなっていた。


―――なんて事は無く。いつまで経っても慣れない、いつも意識してしまう、この前迎えに行った時なんかは中広さんや矢矧さんが居る前で飲み物の間接キス、しかもストローだったので一段と意識してしまった、緊張してるのがバレないかヒヤヒヤものだった。

2回目のステーキの時だって緊張してたし、みやびはもう気にしていないようだったけど、俺はまだまだ無理そうだ。


そういえばステーキ1回目の時は緊張しなかったな、あの時はまだおじさん呼びだったからか。

呼び方が変われば印象が変わるものなんだなあ。

みやびには申し訳ないけど俺はもうおじさんだった頃の姿を思い出せなくなっている、もうみやびと一緒に居る時間のほうが長いからしょうがない。濃密な時間を過ごしているつもりだしね。


もう心も女の子になってるような気がするんだけどなあ、今日上手くいくと嬉しいけど。


「はい牛串だよ、あーんして」

「……あ、あーん……がぶり」


ちょっと思い切ってあーんと食べさせてあげたり、食べさせてもらったりして、それが嫌な感じの対応じゃなくて、嬉しそうに恥ずかしそうにしていて、その可愛さに俺はメロメロになっていた。

そしてみやびのおにぎりは旨い、具はシンプルなものだけど、逆にそのお陰で屋台で買ったものと味が被らなくて良い。

そして屋台は味が濃い物も多いのでおにぎりがより美味しく食べられる。最高。


「屋台ものは味が濃いからおにぎりがもっと欲しくなりますね、これでみやびの玉子焼きがあったらもっと最高だったのに、あ、すみません、これは不満を言ってるわけじゃなくて……」

「うん、分かってるよ、そういう意味じゃない事は、敏夫は私の作った玉子焼き大好きだからね。

さて、私はもうお腹いっぱいだから後は敏夫が食べてね」


そういって、いつものようにみやびは俺を眺め始めた、そんなに俺の食事風景を見るのが楽しいのだろうか、それも毎日毎回。―――こんな事で喜んでくれるなら俺としても嬉しい限りだけど。


「それにしても手作りおにぎりって何故か特別に美味しいですよね、やっぱり愛情が詰まってるからかな」

「愛情か~、そうだね、詰まってるかもねえ」

「えッ」


軽く冗談のつもりで愛情が詰まってる、なんて言ってみたら思いがけない答えが返ってきた。


「いつも敏夫の喜ぶ顔を想像してご飯作ってるからね、そりゃあ美味しくないと困るよ」

「ええッ」


俺の喜ぶ顔を想像して作ってるだって!?

なるほどそれなら俺が美味しそうに食べる姿を眺めるのも分からなくない。

それでも想定外の答えだからまたしても驚いたんだけど、みやびは本当に俺との食事を大事に思ってくれてるんだな、なんだか嬉しくなってきた。俺も想いに応えたい。

……この場合の想いに応える、は美味しく食べる事になるんだろうか、―――つまり今まで通り。

みやびが喜んでくれるならそれでも良いけどさ。

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