7.無理という事.T

昼食の時間になったので、購買へ買いに行こうと教室を出るタイミングで。


「あッ!敏夫君!お弁当あるよ!!」


と大声で呼ばれてしまった。

え?お弁当あるの?てっきり無いかと思ってた、後声が大きくてクラス中に聞こえて少し恥ずかしい。

クラスの連中が俺達に注目している。


「え?お弁当あったんですか?てっきり朝忙しいから今日は無いのかと」

「忘れる訳ないでしょう、はい。といってもまだ量が分からないから、おかずはここから一緒に食べることになるけどね」


と言って、白米の入った入れ物大小2つに大きめのおかずだけが入っているお弁当箱がドン、と置かれた。

あー、大皿から取り合うような格好でお弁当を食べんですね納得、昔家族でお弁当広げてた時のような感覚になる。

ってこれは……教室でこれやると結構恥ずかしいような気がする。

とはいえ、お弁当を作ってもらったのに文句なんて言えるはずもなく、ニコニコ顔のみやびさんが可愛いのでこれでヨシ!とする。


自分の席に戻り、後ろを向いて机ごしにみやびさんと向かい合ってお弁当を食べ始めた。

周りから"二人で一緒のお弁当を?"とか"羨ましい"とか"仲良かったんだ?"とか聞こえてきたけどスルー。


「どうかな?冷めてもそれなりに美味しいようなおかずを作って入れてきたんだ、お口に合うと良いんだけど」

「ええ、冷めててもメッチャ旨いですよ、それにやっぱり玉子焼きが最高です」

「いやあ、褒められると照れちゃうね、それでね、これから暫くはこんな感じでお弁当を分け合う感じにしようと思うんだけど良いかい?」

「いいですよ、みやびさんが分量理解するまではお付き合いしますよ、それに多めなのも嬉しいですし」

「やっぱり男の子なんだね、沢山食べる人がいるのはいいね、1人だと味気無かったからね」



「うーん、これくらいが限界かな、後は全部お願いしてもいいかい?」

「分かりました、任せて下さい、これくらい余裕です」


みやびさんは俺がパクパク食べる姿を嬉しそうに眺めていた。


「そうだ、帰りも一緒に帰るんだよね?部活とか入ってないかい?」

「あ、大丈夫です、帰宅部なんで、一緒に帰りますよ」

「うん、それじゃあ安心だね」


食事が終わった頃合いを見計らってか、智行が俺達の所にきて声を掛けてきた。


「敏夫~お前羨ましいな~光野さんのお弁当食べられて~、あ、光野さん初めまして、敏夫の友達の前出 智行(まえで ともゆき)です、よろしくね~」

「あ、はい、よろしくお願いします」

「智行お前、みやびさんに声掛けたいからって俺を出汁に使うなよ」

「いいだろ、これは敏夫の友達の特権だ、あ、光野さん、料理得意なんですよね~、今度俺にも作って下さいよ~、敏夫のついででいいんで」

「―――あ、あはは……」


「俺さ〜、光野さんともっと仲良くなりたいんだよね〜、光野さん!これからも声掛けていい?」


智行のやつこんなに女の子にぐいぐい行く奴だったのか。

みやびさんが少し困ったような表情をして俺をチラチラと見ている、そして俺は胸のあたりがモヤモヤしていた、なんだかこのままじゃ不味い気がする、放って置いたらダメなような、そんな感触だ。


「おい智行、みやびさん困ってるだろ、その辺にしとけよ、あと声を掛けるなら兄である俺の許可を貰ってからだからな」

「えーなんだよそれ~、急に兄ぶりやがって~」

「妹を助けるのは兄の努めだからな」

「じゃあ、許可くれよ敏夫~」

「ダメだ、男には許可は出せん!それに初対面でぐいぐい来るのはみやびさんも苦手だからな」

「う、うん、ごめんね」

「しょうがねえな〜、ここは兄のメンツを立ててやるか、じゃあまたね、みやびさん」


そう言って去っていった、あいつさり気なく最後に名前で呼んでやがった、やるな。いや、やるな。

これで一旦は安心かな、みやびさんを見るとホッとしているようで表情も明るくなっていてこちらを見ていた。


「敏夫君ありがとう、助かったよ、……男の子に言い寄られるのってこんな感じなんだね、ちょっと怖かったしやっぱりまだ男として拒否反応が出て、男は無理と感じたよ」

「そうなんですね、でも気を付けないとダメですよ、前にも言いましたけど可愛いんだから、完全に無視するか、ちゃんと断らないと、これからもこんな事が増えると思います、それに智行のやつ最後は名前で呼んでたから今後は馴れ馴れしく名前で呼んでくるかも」

「――そうだね、気をつけるようにするよ」


心に深くズブリと何かが刺さったように感じた、そして安心もした、こんなに見た目と言動が可愛くてもしっかり心は男なんだって。そう、安心したんだ。そのはずなんだ。


―――


学校の帰り際、女子達にまだ囲まれているみやびさんに声を掛ける。

受け答えが大人びているから人気でも出ているんだろうか、確かにちょっとミステリアスな雰囲気もあるか。それにとても美少女だし。


「みやびさん、一緒に帰りますよ、ほら」


そう言って女子達の隙間から思わず手を伸ばした。


「う、うん、それじゃあね、みんな、また明日よろしくね」


そう言って俺の手を握った。


心臓が跳ね上がり、鼓動が早くなる、柔らかくて少し冷たい手、そう言えば手を握ったのは初めてかも知れない、おじさんの時も手なんか握ったことはなかったし。

そして俺は急激に思考が冷えていった、これはいけない、みやびさんは嫌な思いしているはずだ、早く手を離してあげないと。

そう思い、女子の輪から引っ張り出すと、すぐに手を離した。


「じゃあ帰りますよ」

「うん、そうだね、帰ろうか」


みやびさんの顔が見れなかった、今の俺は多分頬が紅くなっている。

みやびさんの手を握り頬を紅くしている男、それはみやびさんには男を感じて無理なはずだ。

悟らせてはいけない、みやびさんが頼れる唯一の俺がそんな事では。


―――


「敏夫君、今晩は何が食べたい?希望があればで良いんだけど」


一緒の帰り道、晩ご飯と明日のご飯の食材を買いにスーパーに寄った。

当然荷物持ちだ、みやびさんに何が食べたい?とリクエストを聞かれたので鶏肉、出来れば唐揚げが食いたいです、と答えた。


何が食べたいか聞かれた時に一番やっちゃいけない事は"なんでもいい"と答える事だ。

作る方は毎日毎日色々なものを作っているし、食べる人が食べたいモノを作りたいと一生懸命考えている、それなのに"なんでもいい"なんて適当に答える事はしてはいけない。

もし気を使ってなんでも美味しいからなんでもいいよ、という意味だとしても、気を使うなら得意な料理を言ってあげるべきだしそうじゃないなら気を使ったフリした独りよがりだ。

あと"なんでもいい"と言ったからには何が出ても文句を言ってはダメだ。


なので俺は聞かれたら必ず考えて答える、大体牛豚鳥のどれかになるがなんでもいいとは比較にならないくらい良い答えだ。相手も鶏肉と冷蔵庫の中身を思い出し、献立を考えるのだ。

料理は本当に大変なのだ、と、これは母と父から教わった。


―――


今晩は手羽元を使ったチキンカレーのようだ、カレーのいい匂いがする、俺はしっかり煮込んで身がホロホロと崩れるくらい柔らかくなった手羽元が入ったカレーが大好きで、4月におじさんが作ったそれがメチャクチャ美味しくて、一発で大好物になってしまった、またアレを食べたいと思っていたので嬉しい。


「「いただきます」」


「うん!やっぱりみやびさんの手羽元カレーは美味しい!この手羽元の肉がホロホロと崩れるほど煮込まれてるのが最高です!」

「本当かい?それは良かった、おかわりもあるから沢山食べてね」

「はい!」


2杯もおかわりしてお腹一杯になった。


「まだ少し残ってるから、明日の朝ご飯はカレーだね」

「俺は朝からステーキでも食えるんで余裕です」


と答えたら、みやびさんは嬉しそうに。


「ふふ、それは頼もしいね、私も作り甲斐があって嬉しいよ。

実はね、こんなに沢山のカレーを作ったのは初めてなんだ、今までは1人分しか使ってこなかったからね、だから今回はちょっと多く作りすぎちゃって失敗したなあ、って思ってたから、本当に嬉しいよ」


なんて言ってくれた。

みやびさんのその表情が本当に嬉しそうで、聞いている俺も何だか嬉しくなってきて。


「任せてください、みやびさんが作ったものなら幾らでも食べますから!」


と思わずそう言った。

みやびさんは頬を紅く染めて、うん、宜しくね、と言ってくれた。


―――


風呂上がりはいつものパジャマで俺を自然体で挑発してくる、といっても本人にその気は無いんだろうけど、谷間が見えるだけでも相当なものなんだぞ。

だが俺は気にしない風を装い、自然に接した、でも時々目が胸に行くのは仕方がない事なのだ。


―――


寝る間際に考える。

綺麗で可愛い、外見も、喋り方も、仕草だって男らしさを感じない、知らない人が一緒に生活してもただの儚げな美少女としか思わないだろう、それくらい男であった事を感じさせない。

だけど俺は知っている、中身がおじさんだと、そう分かっているのに、せめて喋り方か仕草だけでも男らしくあってくれれば違うだろうに。


元男で男は無理なんだ、そう心の中で呟いた。

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