症候群 ✕ 症候群

ひみこ

Karte01 『腹減った症候群』

第1話 『腹減った症候群』


「先生、私達はどうしてこんな深い森の中に来たんでしょうか」

 私はもう返事を期待せずに独り言のつもりで言った。


 先生と出会うやいなや、お互いの自己紹介をする間もなく、なんの説明も受けないままに、ただ「付いて来てくれ」とだけ言われて私はここまで連れてこられた。

 道中何度も質問してみた。

「どこにいくんでしょうか」

「馬車に乗るんですか? どこか遠くへ行くんですか?」

「建物が見えなくなってきたんですけど、どこまでいくんでしょうか」

「ここから歩くんですか? この先はもう山しかないようなのですが」

「あの、道が! ほとんど草に覆われてて! まともに歩けないんですが!」

「本当にこの道であってるんでしょうか」

「そ、そろそろ体力の限界なんです、が……」

 私の質問に先生はことごとく「後で説明するからちょっと待ってくれ」と言うだけでおそらくカルテと思われる紙を読み続けていた。診療所で初めて会ったときから、私が自己紹介をしたときも馬車に乗っているときも歩いているときも今も、ずっと。

 まだ一度も目も合わせてもらっていない。


 もしかして私は訪問先を間違えたのかもしれない、と何度か封筒から資料を取り出して確認した。政府からの命令書数枚と一緒に入っているのは先生の写真。そこに目線入りで、しかもなぜかどこかの街を歩いている様子を隠し撮りされたように写っていたのは間違いなく目の前の人物。目線が入っていたって見間違えようがなかった。だって、先生はどこからどうみても少女――いや、童女にしか見えないほど幼い容姿だったから。こんな医者が他にそうそういるとは思えないし、仮にそんな医者が他にいたとしても私が間違えて訪問した先に偶然いるなんてことがあるわけない。

 つまり、この小さな少女こそが世界最高の医療技術を持つと謳われる王国一の医者ということだ。



 学園を卒業した日のこと。


 卒業式が終わるとすぐに学園長に呼ばれた。没落貴族出身だった私は勉強だけは誰にも負けないように必死にこなし、首席にまで上り詰めた。なにか表彰とかされるのかなとちょっと浮かれた気分で学園長室に入ると、一目で政府の人とわかる王宮服をきた人数人にとり囲まれた。学園長が椅子にも座らず直立不動で汗を垂れ流している様子からもただならぬ事態であることだけはすぐに察しがついた。その私に無言で差し出されたのが一つの封筒だった。

 封筒にはこの国の王家の紋章が入っていて、封蝋までしてある。

 ただ事じゃないどころの話ですらない。全く持って意味がわからない。どういう状況なの? 私、なにかしちゃったの!?


 事態を飲み込めない私に王宮服の人は無表情のまま無感情な声で言った。

「リコ・ハートリング様。貴女には王宮から極秘に指令書が届いております。中をご確認ください」

 言われるがままに中から数枚の紙を取り出す。上等な紙にびっしりと文字が埋まっていた。

「お目をお通しください」

 もちろん逆らえる雰囲気でもなかったのでその場で読んだ。声に出そうとすると「声には出さないでください」と。なんなのなんなのほんとに。

 しばらく私は無言でわずかに震える手で文字を追っかけていった。

 その内容は要約すれば……

 

 【卒業後すぐに指定の診療所に就職すること】

 【その診療所の所長である『先生』の助手を務めること】

 【成績の他、あらゆる素質を極秘に調査した結果選ばれたこと】

 え? 極秘に調査されていたの私!?

 【先生の素性・診療所内で起こった出来事は口外してはならないこと】

 【この命令書に書いてあることも全て極秘であること】

  

 以上のようなことがお硬い文章で書かれていて、一緒に先生の写真が入っていた。

「では我々はこれで」

 私が読み終えたのを確認すると、王宮服たちは揃った動作で小娘の私に深々と頭を下げた後学園長室から出ていこうとした。

「え? あの、待ってください! なにか他に説明とかはないんでしょうか」

 一人の王宮服が振り返り

「我々には詳細は知らされておりません。疑問点などがございましたら直接王宮の内務省へお尋ねください。それでは失礼いたします」

 内務省!? ただの学生……ってもう学生じゃなくなったけど、学園卒業したてのコネもないただの小娘の私が内務省なんかにどうやって連絡とればいいのよ!?

 私の次の質問を聞いてくれるまもなく王宮服たちは出て行ってしまった。


 その後、学園長が少しだけ教えてくれた。

 学園長は命令書の内容はなんとなく察しはついていたようで、詳しくは知らないのだけど、なんでもその診療所は国から依頼を受けて極秘に何かを研究しているらしい。稀に優秀な卒業生がスカウトされるんだとか。噂では人体実験が行われているだとか新兵器の研究が行われているだとかなんとか。そんな学園の噂話のような話を学園長は真顔で話してのけた。

「もし君がこの話を断るというのなら私が内務省に掛け合ってあげてもいい」

 とまで言ってくれたのだけど、私は断った。

 

 だって、こんな大チャンスをみすみす逃すなんてありえない!


 没落貴族の家に生まれてこの先裕福でもなく貧しすぎることもなく、しかも一人娘の私はどこかのだれかを婿養子にもらって子ども産んでそれで終わるだけの人生が、そんなの嫌だから一発逆転してやるんだって周りのみんなが恋やなんやにうつつを抜かしている間も、彼氏の一つも作らず毎日必死で勉強してたのだから。

 こういうのを待ってたんだ。政府からの命令書、極秘の任務。それは王宮とのコネクション。

 いつの日か大貴族と結婚して見せるんだ。そして豪華なお城にきれいなドレス、肩がこりそうな大きな宝石がついたネックレスを付けて舞踏会でチヤホヤされるんだ。

 豪勢な食事、光るシャンデリア、ふかふかのカーペット、天蓋付きのベッドなんかに包まれていつか物語に出てくるお姫様のようになるんだ。


 ――そのはずだったのに


 眼の前に広がる緑、緑、緑。

 先生に連れてこられたのは人気のない山奥の森。産まれて初めてこんな舗装がまともにされてない道をこんなに歩いた。歩かされた。

 先生はと言えば体が小さいと負担も軽いのか全く歩く速度を落とすこともなくずんずんと進んでいく。しかもカルテを読みながら。

 もしかして人体実験をしているという噂は本当だったとか。私をこんな山奥に連れてきて何かをするつもりなんではないだろうか。

 そんなわけないか。

 目の前のちびっこい先生の後ろ姿を見ているとそんな警戒心も薄くなるというもの。いくら私が運動が苦手でもこんな童女相手になにかされるわけもない。

 

 とは言え、本当に体力の限界だ。

「先生、そろそろ休憩いただけませんか? 私、もう歩けそうにありません」

「よし、ここだ」

 初めて先生が「待ってくれ」以外の返事をくれた。


「ここが目的地、ですか?」

「そうだよ。お疲れだったね。まだ時間はあるから休んでてくれていいよ」

 先生はまだカルテから目を離さないまま言った。

 この人、見た目とはちがって随分大人びたと言うか、その見た目からすれば『生意気』な口調で喋るんだな。まるで本当に医者みたいじゃない。

「ありがとうございます」

 そういって、私は近くの岩の上に腰を下ろした。

 ようやく休めて気が緩んだ私はちょっと馴れ馴れしいかなと思いながらも先生に話しかけてみた。

「あの……先生って、おいくつなんですか? その歳で医師免許はとれないですよね」

 政府からもらった資料に載っていたのは先生の個人情報は職業と性別と写真一枚だけでその他の情報はすべて塗りつぶされていたから先生が何歳かどころか女性であること以外は何もわかっていなかった。

「ボクはもう成人してるよ」

 へえ、先生って一人称『ボク』なんだ。かわいいところあるじゃない。

「って成人してるんですか!?」

 とつい口に出して驚いてしまった。この時、初めて先生はこちらに顔を向けた。

 一瞬、言葉を失った。

 息を呑む美しさを目の前にすると言葉が出なくなるというのを初めて経験した。学園にも美人や可愛い女子はいくらでもいた。だけど先生はそれらとはもう『種』のレベルで違う。写真と壁の落書きほどの決定的に次元的に違うのだ。

 ふわふわの髪の間から覗くちょっとつり上がった目にどこまでも奥に光を反射し続けた瞳、ぷっくりとした可愛らしい唇。まるでお人形のような完成された美しさとどこか気品を感じさせる空気。それらが大量の情報としていっきに私の眼球に押し寄せ、一瞬だけど私の心臓を大きく鳴らし体を硬直させた。

 私はすぐにあわてて謝罪した。

「す、すみません! 私、つい!」

 先生は口元だけ少し緩ませて

「いいよ。自分の見た目のことくらい理解しているさ。慣れているし、別にそのことにコンプレックスなんて持っていないしね」

 と言ってまたカルテに目を落とした。

 どっと汗が吹き出す。まるで王族の前に立たされたときのような重圧が、私の体を包み込んでいた。

 何なのこれは。先生はいったい何者なの。

 もしかすると、私はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのかもしれない。


 しばらく先生と私は深い森の中であまり気持ちよくないじめっとした土と植物の青い匂いのする空気を浴びながら休んでいた。

 さっきのやり取りを先生は本当に気にしていないようだったので、私はもう一度話しかけてみることにした。

「先生、何度も訊いてしまって申し訳ないんですけど、どうして私たちはこんな山奥の森の中に来たんですか?」

「ここに患者がいるからに決まってるじゃないか」

 先生はカルテから目を離さずに答えた。

「患者さんがここに、ですか……こんな森の奥に? ヒトどころか熊にでも出会いそうなんですが……」

「そのほうが都合がいいんだよ、この場合」

「はぁ」

 先生の言っていることは全然理解出来なかったのだけど私はこれ以上は口をつぐんだ。説明する気がないのか説明が下手なのかはわからないけれど、とりあえず今日は初仕事の初日なのだから、私はただ指示にさえ従っておくのが吉だ。



「助手くん、助手くんってば! 起きてくれ!」

 いつの間にか眠ってしまっていた。

「すっすみません!」

 慌てて飛び起きる。我ながらよくこんなところでこの状況で居眠りできたものだ。昨日の夜は期待と緊張であまり眠れなかったしここに来るまでにやたら疲れてしまっていたせいだと思う。

「患者が現れたんだ! 移動するぞ! 助手くん!」

 先生は興奮した様子でその小さな腕で私の袖を引っぱって話しかけてきた。まるで可愛らしい童女が母親に構って欲しくて袖を引いているようで可愛かった。


「わ、わかりました! ちなみに私の名前はリコです先生!」

「あそこを見てみろ。患者が見えるだろう?」

 先生の指差す先にははるか先の木々の隙間からたしかに動く人影のようなものが見えた。けどすぐに見えなくなった。あんなのをよく見つけられるなこの人。

 本当にあれが患者? むしろこんな森の奥深くに人間がいるなんて怪しすぎませんか。

 それを言うなら私達もだけど。


「さあ、ボクたちの出番だ、急ぐぞ……えっと……リカくん?」

「リコです!」

「リコくん! 急がないと手遅れになる! ボクの後についてきてくれ!」

「先生! 待って」くださいと声をかける前に、彼女は人影の方へと飛び出していった。

 小柄な身体ながら、その身のこなしはまるで跳ねるボールのように、獣道すらない木々と生い茂る草の中を弾むように突き進んでいった。人間離れした身のこなしにあっけにとられて立ち尽くしていた私は、森の中に置き去りにされそうになっていることに気づいて慌てて先生を追いかけた。

「ちょっと先生っ! 待ってっ! 私そんなに速く走れませんっ!」


 すでに先生には声が届かないほど遥か先にいた。私は先生が切り開いたと見える草や枝を目印に、全身にチクチクと刺さる名前もわからない植物をかろうじてかき分けて必死に追いかけた。


 痛い。苦しい。きつい。しんどい。

 私はなぜこんなことをしているんだろう。なんていう思いが脳をめぐる。

 世界最高の医者の助手って、どんなに豪華な施設の中で最新の医療技術を目にすることができるのかと昨日の夜は想像していた。

 それが今、私は土にまみれ、道なき森の中を走り続けている。


 どうしてこうなったの?


 先生にやっとの事で追いついたところは少し開けた場所で、頭上を覆うように生い茂っていた木々がポッカリと空いていて高い位置にある太陽の光が気持ちよく降り注いでいた。

 そこで先生とは別に、もう一人若い男性がいた。

 彼が先生の言う患者、なのかな。


「はぁ……はぁ……先生、すみません、遅くなってしまいました」

「やっときたか。早速だが問診を行うから、君はカルテの記入を頼むよ」

 先生は背負っていたバッグから、紙を貼り付けたボードとペンを私に手渡してきた。反射的に受け取るものの戸惑ってしまう。

 私は医者でも何でもない。ましてや経験もないので、カルテに何を書けばいいのかわからない。

 でも、そこでごまかすわけにはいかない。そんなことをすれば先生にも患者さんにも迷惑がかかってしまう。ここはちゃんと確認するべきだ。


「あの、私、カルテを書くのは初めてで、何を書けばいいかわかりません……」

 私はまだ肩で息をしながら聞いた。

「ボクと彼の会話をできる限り詳細にメモしてくれ。会話だけでなく患者の様子なども出来る限り詳細に、だ。専門的な知識は今は必要ない。とにかく君が見たこと、聞いたこと、気づいたことを、全部、ありったけメモしておいてくれればいい。質問はすべてボクが行うから、君は何も話さなくていい。メモをとることにだけ集中してくれ」

 先生は早口でそういうと私の返事も待たずに、きょとんとした顔の男性の方へ向き直って会話を再開した。

「わ、わかりましたっ!」

 いよいよ、世界的名医である先生の診察が始まるんだ! 私は心の中で思いながら、先生と患者のやり取りに息を飲んだ。


「えーっと、それで、君の名前は?」

 先生はいつの間にか羽織った白衣姿でなにかのメモを見ながら質問する。背が低すぎるせいでサイズの合っていない白衣の裾が地面についてしまっていた。


「いや、あんたらいったい誰ですか」

 いや、あんたらいったい誰ですか、と男は訝しむような目つきで至極当然の疑問を返した。

 と、私は必死にメモをとる。

 さらに男の髪の色や服装、外見の特徴なども急いで記入していく。


 男の髪は黒に近い茶色で、無造作なツンツンヘア。服装は農業従事者を思わせる安価なもので、厚手のズボンとブーツ、そしてカーキ色の機能的なリュックサックを身につけている。山道を歩くために特別に装備したものだと思う。スカートなんか履いている場違いな私とは違って。年齢はおそらく十代後半くらいかな。


「ボクは医者だ。君を治療しに来た。時間がない。いいから早く質問に答えてくれ」

 先生の不可解な言葉の連続に、私は戸惑いを隠せなかった。でも先生の真剣な表情は緊迫感そのものだ。

 男にいったいどんな危険が迫っているというのだろう。時間がないというのもよくわからない。男がいきなり病気にでもなるというのだろうか。見たところどこも悪くないようにみえるのだけど。


「何なんだよ君たちは……。俺の名前はロレンスだけど」

「ふむ。ではロレンスくん。この森へは何をしにきたんだ? は? 言いたくない? 君はこの状況が理解できていないようだな。歳は? ふむ。それで君の職業は? 特にない? 無職、と。これはほぼ間違いないな。じゃあ最後に一番重要な質問をするぞ」


 先生が矢継ぎ早に質問を投げかける。ロレンスと名乗る男性は、最初は怪訝そうな顔を浮かべていたけれど、徐々に先生の緊迫した迫力に圧されているようだった。

「す、すみません……俺、何か重大な病気にでもかかってるんですか?」

 ロレンスさんの不安そうな表情に、私まで緊張してしまう。

 一体どんな病気なんだろう。私はゴクリとつばを飲み込む。


 そこへ先生が投げかけた質問は私とロレンスさんをますます混乱させるものだった。

「君は、お腹が空いているだろう?」


 一瞬の間。

「…………は? いちばん重要な質問がそれ、なのか?」

 私も心のなかでロレンスさんと同じ感想を抱いていた。

 お腹が減っているかどうかが一番重要な質問?

「いいから、正直に答えてくれ。君は今、お腹がすいているだろう? それも倒れそうなほどに」

 そうは言うけれど、どうみても元気そうなロレンスさんは勢いよく先生に食って掛かる。

「意味がわからねえよ、その質問が今何と関係あるんだよ。なんなんだよさっきから、ふざけてるのか?」

「関係大ありなんだよ! 腹が減ってるのか減ってないのか、どっちなんだ!?」

 先生にはまったくふざけている様子はない。むしろ真剣さが伝わらないことにいらだちを感じているように見えた。とはいえ、ロレンスさんだっていきなりお腹空いているかどうか答えろと言われて意味がわからず困惑してしまうのは無理もない。

 ここは私が間に入るしかなさそうだ。


「あの、とにかくお二人とも落ち着きましょう? ね?」

 ロレンスさんは先生と私を交互に見て、小さな嘆息をした後に答えた。

「……さっき持参した昼飯をとったばかりでお腹はいっぱいだよ。むしろいくらか食糧を余らせているくらいで……残りは後で食べようかと――」


 ロレンスさんが言い終わる前に「なんだって!?」と先生が叫んだ。

 変な質問したり急に大声出したり、大丈夫なのかなこの人。

「どういうことだ。どういうことだ。どういうことなんだ……! 腹が減っていないなんて……しかも食糧が余っているとは……」


 先生は明らかに動揺している様子でこちらのことも目に入らないように考え込んでしまっている。かと想ったら思い立ったようにバッグの中から分厚いカルテを取り出し高速でめくっていく。

 初めは何がなんだかわからずちょっと……いや、かなり引いていたのだけど、先生のあまりの取り乱し様に、私とロレンスさんも不安になっていく。いったい、どんな深刻な病気なのだろうか。


「せ、先生? ロレンスさんは、その、助かるんでしょうか?」

 こらえきれず、つい私が先生に声をかけてしまった時、どこか遠くからから女性の悲鳴らしきものが響いてきた。


「し、しまった! そうか、そういうことだったのか!」

 先生は何かに気づいたように叫んだと思うと、大好物の餌の時間になった猫のように駆け出して森の中へと消えていった。私はとそもそも悲鳴がどの方向から聞こえたかも分からなかったし先生も何も指示してくれなかったのでその場で動けないままだった。

 まだ頭の整理がつかない私は、なぜか緊張感を感じることもできず、その場に散らかったカルテを拾い出すと、同じ状態に陥っていただろうロレンスさんもカルテを拾うのを手伝ってくれだした。

 私は一体何をやっているんだろう。ようやくまともな感想が頭に浮かんできてくれた。これが普通の反応のはず。私はまだ正常だ。

「今の悲鳴だよな……」ロレンスさんが心配そうに口にした。ロレンスさんの方も落ち着きを取り戻したようだった。散らかったカルテが片付いていくのと同時に私たちの頭の中も整理されたかのようだった。

「そうですね……私達も追いかけましょう」

 ロレンスさんも頷いてくれた。



 先生はすぐに見つかった。

 先生というより、見つけたのは熊。それも異常に大きい。熊を見るのが初めてなのであれが普通の大きさなのかどうかは私にはわからないけれど私の知る限り全長5メートルもある熊は存在しないか、世界記録だ。

 まさか――魔獣!?

 辺り一面に充満する強烈な獣臭とビリビリと一帯の空気を震わす唸り声。


 その熊の足元に先生たち――二人の少女がいた。

 正確には先生の横には女の子がぐったりした様子で倒れていた。

 あれがもし魔獣だとすればそれはもはや災害だ。魔獣を発見した際の正式な手続きは最寄りの役所へ報告。調査隊が組まれ調査の後、場合によっては政府主導で討伐隊が組まれる。付近の住民は避難、またはそれぞれ自宅で自衛に務めなくてはならない。

 なんて、今はそんな条例の事を考えている場合じゃない。


「せ、先生――っ! なんですかそのデカい生き物! 早く逃げてください――っ!」

 私が大声を上げて刺激してしまったせいか、猛々しい唸り声が轟く。熊が後ろ脚で立ち上がった。熊に詳しくない――そもそもあれが熊かどうかもわからないけれど――私はそれが怒っているのか、なんなのかわからないけれど、危険な状態であることくらいは十分にわかる。ただでさえ体の小さい先生は巨大な熊の前では小さな花のように心もとなく見える。熊の鼻息だけで吹き飛ばされてしまう。誇張でもなんでもなく本当に。


 体が震えて動かない。助けなきゃ。助ける? 私が? どうやって? 絶対に無理。私はただの助手で医療の知識はあっても戦闘能力なんて持ち合わせていない。手に持っているのはペンと紙だけ。

 先生はこちらを向いて叫んだ。

「リコくんか! 君はそこに身を潜めていろ! 声を出すと危険だ!」

 危険なのは間違いなく先生の方。声を出しちゃだめなら先生も出さないほうがいいんじゃないでしょうか!

 私の心配を他所に先生は慌てる様子もなくそれどころか熊に背を向けて倒れている少女の方を向いてしゃがみ込んだ。

「これを食べてごらん」

 先生は少女の口元にパンのようなものを差し出すけど少女の反応がないので無理やり口に詰め込んだ。いろいろと突っ込みたいのだけれど本当にそれどころじゃない。お願いだから逃げてください。

 倒れていた少女は口の中のパンに気づくと目をパッと見開いたかと思うと瞬時に平らげてしまった。それを見て先生は

「やっぱりそうか! 君がお腹をすかせていたんだな!」

 少女の様子に満足げなのだけど、見ている私はいつ先生が巨大熊に襲われるのか気が気じゃない。

 熊が人間を丸呑みできるほどの口を開き、一本がナイフよりも鋭い爪で先生に襲いかかろうとしている。

 声を出すなと言われているので声を出せない。

 先生後ろです! うしろ! 早く逃げて、お願い逃げて!

 一方、先生は立ち上がると、白衣のポケットに両手を突っ込んだままその巨大熊を見上げたまま動かない。

 その時先生の背後で少女が立ち上がった。

 と思ったら、その少女が一瞬で熊の後ろに移動した。瞬間移動でもしたようにしか私には見えなかった。

「へ?」

 声が出てしまった。 

 ずんと響いた音がして、熊が倒れた。強烈な咆哮は先程までの威嚇目的のものではなく、苦しみと怒りを交えたもののように聞こえた。

 熊の丸太のような左足が切断されていることに気づいたのは少しした後だった。

 少女の手元には短剣が握られており、薄っすらとついた血のしずくが一滴地面にこぼれ落ちた。

 斬ったの? 熊の脚を、あの一瞬で? その小さな短剣で?


 片脚を失った熊は前脚を大地につけ四つん這いになり、唸り、怒り狂う。

 その様子を微動だにせず見つめる先生。短剣を持った少女は再び体を熊の方に向けてなにか構えのようなものを取った。

 先生の方はポケットから銀色の細い何かを取り出した。針金? いや、あれはメス? 先生はメスで熊と戦うつもりなの? どこを刺してもなんのダメージにもならないと思うんですが。いつか読んだ童話に出てくる針を武器に戦う小さな小人の話を思い出した。意外と私は冷静なのかもしれない。冷静でないのは先生だ。

 平然たるように見えて、実は先生は頭がおかしくなったのかもしれない。無理もない。あんな怪獣を目の前にして落ち着いてられるわけがない。

 手負いの熊が我を忘れて先生に襲いかかろうとした瞬間。先生が、消えた。

 と思ったら先生が空から降ってきた。跳躍んだんだとわかったのも後から。

 先生の着地に合わせたかのようにに熊の両前脚が同時にずり落ち、血が吹き出す。熊が暴れるせいで血はスプリンクラーのように辺りに撒き散らされ、離れてみていた私とロレンスさんの近くまで飛び散り、濃い鉄と獣の匂いを振りまいた。

 先生の白衣は真っ赤に染まって赤いコートのようになっていた。

 三本の脚を失った熊は地面に這いつくばりながら赤い泡を拭いている。

 短剣を持った少女が高く跳躍し短剣を熊の首に突き立てたところで、猛獣は完全に動きを停止した。

 





「さて、説明しよう。先に紹介しておくとこちらの女性はグレンさんだ」

 そう言って白衣をいつの間にか新しいのに取り替えている先生が紹介してくれた女性は、短めの金髪をサイドテールにしている十代前半くらいの女の子だった。

 先生の白衣は白くても、髪の毛と顔についた熊の血がまだ拭き取れておらず、嫌でもさっきまでの衝撃が現実であったことが思い出される。

 グレンさんと紹介された少女は丁寧に頭を下げて

 「初めまして、グレンです。よろしくお願いします」と言ってくれた。

 その礼儀正しさに私とロレンスさんもつられて、自己紹介とともにお辞儀をしてしまった。

 なんの会なの、これ。


「グレンさんはこの山の奥に住んでいたという伝説の大賢者に育てられたんだってさ。さっきの魔獣との戦いは君たちも見ていただろう?」

 やっぱりさっきのは魔獣だったんだ。そんなところへたった二人で来るなんてどうかしてるんじゃないかこの先生は。

 本来ならあのレベルの魔獣なら王都から討伐隊が組まれ、討伐者はなんらかの英雄の称号が与えられるはずだ。それをこの二人はいとも簡単に倒してしまった。

 もしかすると先生は魔獣のことを危険だと思っていないんだ。

 グレンさんだけじゃない。さっきのを見る限り先生もグレンさんと同じかそれ以上の力がある。二人にとってはあの魔獣は脅威でも何でもなかったのかもしれない。巻き込まれる方はたまったもんじゃないけれど。

 ふう、と一息ついて自分を落ち着かせる。こちらを見る先生が質問に答えてくれそうな空気を出している――というかなにか反応を求めている? ――ので、いろいろと言いたい文句は一旦置いておいて、とにかく今の状況を確認してみた。

「先生、グレンさんのことはわかったんですが、いえ、本当はそれもよくわかっていないのですが、先生が言っていた患者さん? というのがそのグレンさんだったということですか?」

「そうだ。ボクははじめはロレンスくんの方が発症者だと思ったんだ。男性だったからね。この症例は圧倒的に男性側に発症する例が多いんだけど、稀に女性側に発症することもある。ボクとしたことが見落としていたよ」


 グレンさんの方が患者だったと言われてもグレンさんも見た目はどこも悪そうには見えないんだけどな。とはいえ、さっき倒れていたのは事実だし、先生があれほど慌てていたのだから急を要する容態なのかもしれない。


「そ、それなら、早くグレンさんを治療してあげてください! 急がないと間に合わないんですよね!? なにか必要な道具やお薬はありますか?!」

「ああ、それならすでに終わってるよ。彼女はもう大丈夫だ。間に合って本当によかったよ」

 治療が終わった? そんなことをした様子は何にもなかったのに。いくら先生が凄腕と言っても倒れているところに出会って、熊に襲われて……治療する暇なんてどこにもなかったはずだけど。あったとすれば。

「もしかしてあのパンみたいなのが実はなにか特別な薬かなにかだったんですか?」

「いや、あれはただのパンだ。ここに来る前にパン屋で買っておいた」


 ――ただのパンを食べただけで治療が終わり?


 もう何がなんだかわからないので先生の説明を黙って聞くことにした。




「これは間違いなく――――『ハラ減った症候群』だ」


 聞いたこともない名前の症候群。私も世界最高の名医の助手を務めると決まってからそれなりに医療については勉強した。全てとは言わないけれどかなりの数の病名は暗記してあるのはずだったのだけど。


「この症候群は主に凄腕の戦士や魔法使い、まだ自分の才能を理解してない天才などが発症しやすい。その名の通り、腹が減って倒れてしまったところにちょうど食糧をもった異性の相手が通りかかる。そして、食料をわけてもらうことがトリガーとなって発症するんだ」

「な、なんですかそれ。それが症候群なんですか?」

「うん。今回の場合はロレンスさんがトリガーとなる予定だった。ロレンスさんは食糧を余らせていると言っていたね?」


 先生はロレンスさんに視線を向ける。

「はぁ。たしかに余らせてはいるが」

 ロレンスさんは確か先ほどそんなことを言っていた。


「それをグレンさんに食べさせてしまっていたらもう手遅れになるところだったんだ。説明に戻ろう」

 私はグレンさんに心配そうな視線を向けた。彼女は少し困ったような顔をしていたが、私の視線を感じて目を合わせると微笑んでみせた。

 怖い人かと思ったけど、優しそうな人だ。


「発症者は食料の御礼にといって食事をくれた人物に恩を返そうとするんだ。だけど、ただの一食の礼とは到底釣り合わない恩返しをするはめになるのがこの症候群の恐ろしいところだ。魔法使いならば流行病を治すだとか、戦士や騎士であれば街を襲う魔物退治だとかね。たった一食の恩返しに命がけのクエストでは割に合わないだろう?」

 同意を求められてもそんなことが実際に行われるかどうかのほうが気になってしまう。「そうかもしれませんね」とだけ返しておいた。

「それで終わればまだいい。最悪の場合は、そのまま食事を与えてくれた人物を自分の命の恩人などと言い出してしまうんだ! そんなわけあるか!」

 先生は一人で興奮して力説する。

「そうなってしまったらもう手の施しようがない。死ぬまでこき使われてしまうという、とんでもなく恐ろしい症候群なのだよ!」

 と両手を広げて私たちにアピールするけど全員がリアクションを取れずにいた。頷けばいいのか驚けばいいのかすらわからない。だってどれもこれも先生の妄想でしかないのだし、話が突拍子もなさすぎて想像も追いつかない。

「えっと、つまり、どういうことですか?」

 先生はふぅと一息ついた後。

「だから、本当だったらグレンさんはロレンスさんに食糧を分けてもらうはずだったんだ」

 現状だけ見れば確かにそうなっていた可能性は高い。かもしれない。だけど、なぜそこまで自信満々に言い切れるのだろう? 希望的観測と言うか、予測というか、すごく説得力に欠ける話だと思うのは私だけ?

「仮に二人がここで出会っていたとしてですよ?」

 私が言い終わる前に

「うん、そうしたらグレンさんは優しいからそのお礼をすると言い出すんだ」


 だからなぜ断言できるのかしら。

 皆の視線がグレンさんに集まる。本当に? という視線二つと、そうだろう? という視線一つ。

「うーん、たしかにあのときは死ぬほどお腹が減っていたので……助けてもらったのならそういうことを言うかも、しれませんねぇ」

 グレンさんは少し首をひねりつつも先生の言うことを肯定した。話を合わせてくれたのかな。この人ほんとにいい人っぽい。でもそれだと先生は


「そうだろう! やっぱりな!」

 と調子づくに決まってる。勢いづいた先生は止まらない。

「ところでロレンスくん。改めて聞くが、君はこんな森の中で何をしていたんだい?」

「それは……実は、村で流行している疫病の治療薬を作るために、この山奥の洞窟に生えている薬草を採取するために来たんです……」

 ロレンスさんも素直に答えると、先生が興奮気味に声を上げた。

「ほらでた疫病! ね? これだよこれ!」


 どれですか。


「だ か ら、このままだったらグレンさんはその薬草取りに同行する羽目になり、あれやこれやのトラブルに巻き込まれていたってことさ!」

 うーーん。そんなうまく――と言っていいかわからないけど――いくかなあ?

「その後は村人に感謝されてハッピーエンドするか、そのまま村に滞在することになり次のトラブルに巻き込まれてさらに面倒事を背負い込む、というところだ」

 かなり無理やりな気もするけど、一応話の辻褄は合う。かもしれない。

 とりあえず今は先生に何を言っても無駄だ。先生の言うことが証明できないようにそうならないという否定もまた証明できない。

「それで、先生はそうなる前に……」

「そう。グレンさんに食べ物を食べさせたのさ。もちろんボクは今困ってなんかいないし、パンの一個くらいで命の恩人を気取るつもりもない。ボクはお金持ちだしね。だからグレンさんにはなんの見返りも求めない。そうだな、せっかくだからグレンさんにはその能力に見合った仕事なんかを紹介して今回の治療は終了だな!」

 先生はようやく満足そうにその口を閉じた。

「ちょ、ちょっとまってくれ!」とロレンスさんが慌てて割り込む。

「あんたの言うことが全部本当だったとしたら、そのグレンさんとやらは俺を救ってくれるはずだったってことか?」

「そうだね。『ハラ減った症候群』でもなければ君たちのような珍妙なトラブルを抱えた二人がこんな山奥で偶然ぴったりばったり出会うわけがないからねぇ」

 先生はすでに帰り支度をし始めていた。

「じゃ、じゃあ、あんたがグレンさんを助けたから、グレンさんはもう俺を助けてはくれないってことになるのか?」

 先生は不思議そうな顔をする。

「当たり前じゃないか。グレンさんが君を助ける理由はもうないんだから。あ、あとあの洞窟ね、すごいでかい蛇の魔獣が出るから。気をつけたほうがいいよ。君がそのまま行ったらたぶん死ぬね」

 先生はあっさりと平然と物騒なことを言い切った。え? 死ぬの?


「ちょ、ちょっと! なんてことしてくれたんだ! あんた一体なんなんだよ!」

 とロレンスさんはつかみかからんばかりに先生に詰め寄る。

「最初に言っただろ。ボクは医者だ」

 帰り支度する手を止めずに先生は答える。もはやここでやることはないと言わないばかりに。

「医者!? お前みたいなチビのどこが医者なんだよ。っていうか、医者がなんで俺の邪魔をするんだよ!」

 

 先生は帰り支度を終えてバッグを閉じて立ちあがると、ロレンスさんの方へ向き直ると

「君ね、たかが余った食糧を分けてあげたくらいで命がけの仕事を手伝ってもらおうだなんてずいぶん身勝手だとは思わないかい?」と言い捨てた。

「それはそうだが……そこはほら、善意というか……強い人にとってはそんなにたいしたことない事というか……」

 ロレンスさんは急に口ごもる。


 ふむ。と言って先生はグレンさんの方を見る。

 グレンさんはさっきやっつけた熊を短剣で器用に慣れた手付きで捌いて、なにやら内臓みたいなのを取り出したりしていた。何してるのあの人も。

 私はこんな仕事を受けるくらいなので血はそこまで苦手というわけでもないけど特段好きというわけでもないのでそっと目をそらした。


「ま、グレンさんの実力なら洞窟の魔獣も難なく倒してしまうだろうから、グレンさんにとっては確かに『何でもないこと』ではあるんだけどね」

 先生は再びロレンスさんの方に向き直る。鋭い目でロレンスさんを見上げて言った。


「あの大物を討伐するという依頼なら、普通に考えて報酬は金貨百枚以上は下らないと思うけどさ。そんな命がけの大仕事をだよ? ただの余り物の食糧でやってくれというのは……どうだろう、それはあまりに都合の良い話すぎるんじゃないか? それとも君たちの村は金貨百枚を彼女に支払えるのかい?」

「そ、そんな大金あるわけ無いだろ! そんな大金があれば薬を買ったほうが早いじゃないか!」とロレンスさんは怒り気味に言った。

「そうだろう? だったらグレンさんに同行してもらうのは諦めるんだね。そもそも君は自分一人でその薬草を取りに行くつもりだったんじゃないのかい? 何も問題ないじゃないか」


「ふ、ふ、ふざけんなぁぁぁぁ!」


 ついに逆上したロレンスさんは先生に向かって拳を振り上げて殴りかかろうとする。

 先生は口調と態度は大人以上に大きいけれど、体は小さい。私の目の前でそんな先生を男の人に殴らせるわけにはいかない。

 わ、私が先生を護らなきゃ。


「ぼ、暴力はダメです――」

 私は、両手を広げて先生の前に立ちふさがる。その次の瞬間私の目の前にはグレンさんの後ろ姿があった。またグレンさんが瞬間移動した。ように見えた。顔に少しだけ感じた風からそれが瞬間移動ではなく高速移動だろうと思った。わからないけどね。

 そして、その向こうでロレンスさんが音もなく地面に仰向けに倒されていた。

 グレンさんの技は私には全く見えなかったのだけど、グレンさんがロレンスさんを倒し、先生を護ってくれたんだと思う。


「これで、さっきのパンの分のお返しはできたかな?」

 グレンさんは先生の方を振り返って、いたずらっ子のような笑顔を見せた。だけど、顔には先程解体した熊の血が大量に付着したままで、めっちゃ怖い。

 先生は軽やかな口調で返した。

「いやいや、全然足りないなあ。ぜひボクと一緒に命がけの旅にでも出てもらって、その間の護衛をお願いしたいところだね」


「パンたった一個のお礼くらいでそんなこと――――するわけないじゃん!」


「違いないね!」


 アハハハハハハ!!


 二人はいったい何がそんなに面白いのか、私にはさっぱりわからなかった。

 二人の高らかな笑い声が、風に乗って花咲く森の道をどこまでも響き渡っていた。

 ロレンスさんは地面に仰向けに倒れ、空を見上げながら、何を思っているのか、静かにうつろな表情を浮かべていたのでした。






おまけ。

『ハラ減った症候群』 症例16

患者名:グレンシア・ライナーノーツ

性別:女性

年齢:16


【症状】

患者は幼少の頃に大賢者ビクトリア・ライナーノーツに拾われ養子縁組している。ライナーノーツの名とともに魔法技術だけでなく剣術から体技から、あらゆる知識までを引き継いでおり、すでに大騎士級の実力を持つ16歳の女性。

グリムの森において極度の空腹状態になり倒れているところを担当医師が発見。

通りすがりのゴドム村の無職の青年ロレンス氏に残った食糧の一部をもらうことで症状の発症及び進行が予見された。


【経過】

担当医師によって、ロレンス氏よりも先に患者に食糧「パン一個」を投与したところ、空腹状態を回復し、その後不幸な運命に巻き込まれることなく快方に向かった。


【担当医師所感】

発症者が女性である貴重な症例に出会うことが出来たのはラッキーだったね。

この症候群はほとんどが男性に発生するものだからついつい勘違いしてしまった。

ボクもまだまだだね。

医師として先入観を持たずに対処すべきだと改めて勉強になったよ。

治療法は男性のときと同様の処置を施したんだが正解だったね。

効果はテキメンだった。

グレンさんは事件に巻き込まれることもなく無事就職して平穏な人生を歩めることになったんだから治療は完璧だったと言えるね!

報酬?

ないないそんなの。

ボクは治療費は受け取らないんだ。

ボクの仕事は症候群の臨床研究だからね。

その代わり普通の医師が扱わない症例を中心に治療を行っているわけだ。

治療結果が得られただけで大満足さ。


【同行者所感】

ほんとうにこれで良かったのでしょうか……。




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