第45話 好きとは

 こいびと、コイビト、恋人……


 その言葉を心の中で反芻してみても、わたしの想像する恋人の意味は変わらない。


「どういうこと?」


 ただただよく分からなかった。


 柚ちゃんの言うことが本当だとすると、わたしと柚ちゃんは昔に出会ったことがあるということになる。でもわたしには全くと言っていいほどに思い当たらない。


 もし本当に会ったことがあったとしても、わたしと柚ちゃんでは学年も一つ違うし、昔のことを言われても、思い出せる自信がない。


「そのままの意味だよ」

「それはわたしは昔、柚ちゃんの会ったことがあるってこと?」

「そーゆーこと」

「どこで?」

「どこで…… んー、いろんなとこで」

「ええ…… じゃ、じゃあその恋人っていうのはいつくらいの話?」

「柚が小学二年生のとき」


 ……柚ちゃんが小学二年ってことはわたしは三年ってことになるな。


 ということは、まだわたしが小学校を転校する前だ。それで恋人ってことは、柚ちゃんがわたしのかすかに覚えているあの子なんだろうか。


「昔はお姉ちゃんも柚のこと好きだったんだよ」

「そう……なのかな……」


 そんな感じの子がいたことは確かだと思うけど、あの頃のことをほとんど覚えていないので、あの子が柚ちゃんだとしても、正直あまりぴんとこない。


 ふんわりとは覚えてるんだけどな……


「だったら今、わたしとお姉ちゃんが恋人になってもいいよね?」

「い、いや、それは……」


 それはまた全然違う話で。


 それに恋人って言っても、まだ小学生だったときに言っていたことだし、わたしも仲の良い友達くらいにしか捉えていたかったと思う。


 だから昔と今ではその意味に大きな違いがある。


「……ごめんね。無理……かな」


 わたしはわたしの思っていることをしっかりと告げた。


 正直同性がというよりも、やっぱり家族が、妹が恋人になるというイメージが湧かない。ここは楓ちゃんと話したときとあまり変わらなくて。


「…………そう。ま、分かってたけどね」

「え?」

「楓ちゃんだって断られてるわけだし。わたしならいけるみたいなことはないかなって」

「じゃ、じゃあなんで……」

「だってそれだと楓ちゃんと公平じゃないじゃん? やっぱ、気持ちは伝えないとなって。あとは…… 焦りみたいなものもあるかな」

「焦り?」

「うん。やっぱり他の人にお姉ちゃんをとられちゃうんじゃないかって焦り」


 ……焦り。


 分かってあげたいけど、分からない。恋愛経験がないせいだろうか。わたし自身のことだと言うのに、しっくりきていない自分がいる。


 人を好きになるってどういう気持ちだろう。よく漫画で見るような登場人物の気持ちや、ラブソングで見るような歌詞がそうなんだろうか。


「ねえ…… わたしのこと好きってどういうときに思うの?」

「ん? えっとねえ、柚に優しくしてくれたら好きだなって思うよ。あと話してて楽しいときとか」

「……それは友達とか家族と何が違うの?」


 家族や友達に優しく接するのは別になんらおかしなことではなく、普通に話しているだけでも楽しいことなんてたくさんある。


 じゃあ恋人という関係と何が違うのだろうか。


「家族とか友達には嫉妬しないよ」

「……嫉妬?」

「うん。あ、今、柚の知らない人と話してる、楽しそうだな、って普通、家族にも友達にも思わないもん」


 ということは、嫉妬の感情が恋愛の核なんだろうか。じゃあわたしはきっとダメだ。


 楓ちゃんに対しても柚ちゃんに対しても、誰か知らない人と話していて嫉妬するようなことはないし、これからすることもないような気がする。


 もし楓ちゃんと柚ちゃんに恋人ができても、わたしは素直に嬉しいと思うだろう。


「……ねえ、たぶんお姉ちゃんはいろいろと考えすぎだよ。わたしたちは確かに家族だけど、その前に人間と人間だからね」


 人間と人間…… 家族の前に……


「お姉ちゃん、今日はもう寝よう。柚のことはまた明日考えてくれればいいから。ね、おやすみ、お姉ちゃん」


 そう言うと、柚ちゃんはわたしに背を向けてしまった。


「おやすみ……」


 こんなもやもやした頭のまま眠れるだろうか。分からないけど、とりあえず、わたしは目を閉じることにした。

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