第39話 楓の話
最近とてつもなく嬉しいような、楽しいような、それでいてツラいようなことがある。
わたしの姉になった諸麦由衣が可愛すぎるからだ。
今まで長女として生きてきたわたしの人生に初めて姉ができた。お母さんが再婚して新しい家族ができるということだけでも驚きなのに、初めてお母さんに由衣ちゃんの名前を聞いた時は驚天動地の驚きだった。
だってあの諸麦由衣だ。だってわたしの初恋の人だ。そんな人ともう一度会えるなんて思いもするわけないし、それがまさか家族になるだなんて、誰にも予想できるはずがない。
家族になって
だけど、最後に会ったのなんてもう十年近く前のはずなのに、
しかしまあ、とにかくあの可愛らしい笑顔は心臓に悪い。悪すぎる。いつもこっちは平静を保つのが大変だっていうのに、のほほんとしている由衣ちゃんには怒りを覚え……はしない。なんなら覚えたいくらいだけど、可愛さが怒りを圧倒的に凌駕していくので怒りなんていう感情は全く出てこない。
本当ならこんなにすぐ自分の気持ちを伝えるつもりではなかったのだ。
こちらは知っている人ではあるけど、あちらからしたら初対面なわけだし。急に告白されても迷惑でしかないことは分かっていたから、徐々に距離を縮めていくつもりだった。
しかし「あ、可愛い」の気持ちが強まりすぎてしまって、気がつけば、じっとしていることはできていなかった。
最初は嫌われるかもしれない不安と悲しさでいっぱいでしかなかったけど、だって由衣ちゃんが可愛いんだもんと今は開き直っている。
基本家族であろうと人前では常に冷静な自分を憑依させているけど、由衣ちゃんにはちょっとだけ自分をオープンにしすぎてしまった感はある。
まあ由衣ちゃんが可愛いんだもん。仕方ないよね。
ところでわたしの目の前にいる由衣ちゃん可愛すぎない? 猫背なのも可愛いし、ちょっと困ってそうな顔も可愛い。天使かな? まあ誰がどう見ても天使だよね。もしも今、急に抱きついたりしたら、絶対可愛いあたふた由衣ちゃんが見れるよね? 見れちゃうよね?
そんな理性ゼロ状態の思考そのままに、わたしは横にいた由衣ちゃんに抱きついた。
「ちょっ、楓ちゃん!?」
…………うん、可愛い。え、可愛い。予想より可愛い。
これ以上可愛いを浴びてしまうと「可愛い」しか発せなくなるロボットと化してしまいそうだ。
仕方ない。名残惜しいけど、人間としてダメになる前にここは一度自分の部屋に戻って精神を整えてくるとしよう。それにこれ以上いても勉強の邪魔になっちゃうし。
わたしはゆっくりと由衣ちゃんから離れる。
うーん、すごく名残惜しい。あと三日くらいはくっついていたい。
「じゃあわたしそろそろ戻るね」
「う、うん。あ、そうだ楓ちゃん。あとで勉強のこと聞きに行ってもいいかな? 迷惑だったら別に──」
「いつでも聞きに来てください!!!」
「あ、はい……」
わたしが由衣ちゃんに想いを伝えたのに、それを受け止めてくれたのが嬉しい。嫌われていないことが嬉しい。いつもみたいに普通に話してくれるのが嬉しい。
いつか来るかもしれない答えがわたしの思い描くような答えではないとしても、今が幸せだからそれでいい。
そう思えるのは紛れもなく恋の力なんだろうな、と乙女のようなことを考えながら、わたしは由衣ちゃんの部屋を後にした。
まあ乙女なんだけどね。
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