第24話 茅の話

「……んんんんっ!」


 わたしは枕に顔をうずめて、ベッドの上で思いっきり足をバタバタさせた。


 やばい、嬉しすぎる。まさかこんなにデートみたいな一日になるなんて。


 仰向けになって、今日由衣と一緒にとったプリクラを天井に掲げる。


 由衣が見ていない間にこっそりとわたしがカップルモードにしたことはバレていないだろうか。ついつい出来心でやってしまった。


 最初は緊張しすぎて嫌がっちゃったけど……


 夢だと言われても信じてしまうくらいの最高な時間だった。


 由衣の体めっちゃ柔らかかったし、すごい良い匂いしたし……


(あー、ダメだ、思い出すとにやけちゃううう……!)


 わたしはまた足を高速でバタバタとさせる。


「はあ、ちょっと落ち着こ……」


 わたしは一旦深呼吸をして、クリーム色の天井を見つめる。


 一緒にカフェに行ったときはどういう会話をしていいか分からなくて、彩に相談するためにスマホばかり見ていたのは申し訳ない。


 嫌われてないかな…… 嫌われてないといいな……


「はあ、最悪だ…… もっとスマートな感じでいきたかったのに……」


 しかも映画を見てボロ泣きをするという失態も犯してしまった。せっかく気合入れてメイクをしていったのに、あんな涙と鼻水だらけになってしまって本当に恥ずかしかった。


 わたしは後悔に苛まれて、ギリギリと歯ぎしりをする。


 駅まで歩いている間「あー、もうちょっとだけこの時間続かないかなあ」と思っていた矢先の雨。まさか電車が止まるなんて思ってもみなかった。


 しかも今日由衣と二人でいれて、これだけ幸せだったのに、まさかの出来事まで起こってしまっている。


 いいの? わたし今日で運一気に使いすぎて、これからずっと不幸なんじゃない?


 手元にあったスマホがピコンッと音をたてる。


『茅~、今日どうだった?』


 彩だ。彩とは中学からの親友で、いつもわたしの相談に乗ってもらっている。


 お母さんの再婚がきっかけで引っ越したから、同じ学校には通えなくなったけど…… それでもよく頻繁に電話をしている。


 わたしは彩への感謝など諸々を伝えるために、スマホを耳元にかざす。


『もしもし、彩ー』

『お、茅。今日のデートはどうだった?』

『めっちゃ良かった。ありがとう、彩』

『いえいえー。それで? また相談?』

『うん、その、実はさ。今、由衣とホテルにいて……』

『ほ、ホテル!?!? は、え!? どゆこと!? 茅、大人の階段上っちゃうの!?』

『上らないから!』


 わたしは今置かれている状況を彩に説明する。


 雨のせいで電車が動かなくなったこと。楓と柚にたまたま会って、今はホテルにいること。……そして、由衣と同じ部屋になるためのジャンケンに勝ってしまったこと。


『え、何それ、ラッキーじゃん! 超好都合じゃん!』

『それは確かにそうなんだけど……』


 それに関してはめっちゃ嬉しいよ、ほんと! 同じ部屋になれるなんて思わなかったから、今も幸せで全身張り裂けそうだよ!

 

 だけど……


 わたしは小さくため息をつく。


『今、由衣さんは?』

『お風呂入ってる。たぶんもうすぐ出てくると思う……』

『ほう…… じゃあそれはもう押すしかない! 「一緒のベッドで寝てもいい?」とか聞いて無理やり由衣さんのベッドに忍び込むしかない!』

『いや、それがその……』

『茅! これはチャンスなんだよ!』

『いやだから違くて…… この部屋、その、そもそもダブルベッドなの……』

『んんん!?!?!? やばいわたしまで混乱してきた……』

『混乱してないで助けて、彩! わたしどうしたらいい!?』


 そう、問題はこのダブルベッドだ。


 本来ならわたしは床ででも寝たい気分だけど、そんなこと言い出したら、きっと由衣の方が遠慮してしまう。


『んー、もう現状を受け入れれば良いのでは?』

『で、でも一緒に寝るんだよ!? 由衣がすぐそこで寝息たててるんだよ!? そんなの恥ずかしくて無理に決まってるじゃん!』


 由衣がお風呂に行っている今でも、心臓がこんなにドキドキしている。一緒に寝るなんて、そんなことしたらどうなってしまうか分からない。


『茅よ…… 恥ずかしがっていては前には進めぬのじゃぞ……』

『うう、それは分かってるよお……』


 だから今日はわたしなりに頑張ったつもりだ。


 プリクラも一緒に撮れたし、カフェに行っておしゃべりもできた。まあ最初プリクラは嫌がっちゃったし、カフェでもスマホばっかり見ちゃったけど…… で、でも最後は由衣からだったけど、手も繋げたし…… あれ、そう言えば、わたし手汗ヤバくなかった? え、あれ、わたし今日あんまり成功してない……?


『とにかく頑張りな。今がチャンスだって自分でも分かってるでしょ? 抱きついたりして由衣さんのことドキドキさせちゃえばいいのよ』

『そ、そんなの……!』

『あ、ごめん、なんかお母さんに呼ばれた。そろそろ大丈夫?』

『……うん。ありがとう、彩……』

『いえいえー。じゃあまたね』


 電話が切れる。


 恥ずかしがってたら前に進めない……か。でも恥ずかしいものは恥ずかしいんだもん。柚みたいに由衣にべたべたできないし。


 わたしはわたしのペースで行こう。


 とりあえず、今日一緒に寝るという大きな出来事をやり過ごしてしまえば、こんなこと当分起こらないだろう。


(よしっ……)


 わたしは握っていたスマホをベッドの上に置いて、こくりと頷く。


「茅ちゃーん。お風呂あがったよー」


 由衣の声だ。良かった、由衣が出てくる前に電話が先に終わって。

 彩との電話のおかげで心もだいぶ落ち着いたし、わたしもシャワー浴びてこよう。


「うん、じゃあわたしも行ってこようか……な……」


 そう言って、着替えを持って立ち上がると、由衣の姿が目に入る。


 急な雨だったので、お互い着替えなんて持っているはずもない。だから服はホテルに備え付けられてある、パジャマみたいなものだ。


 ただ…… なぜかそれを着た由衣がものすごく……


「綺麗……」


 いや、綺麗と言うよりかはなんというか…… なまめかしいというか、妖艶というか……


 由衣のお風呂あがりなんて、家でよく見てるし、別に珍しいものではないはずなのに。


 わたしはさっき落ち着いたはずの心臓がまた活発に動き出していくのが分かった。


「茅ちゃん? どうしたの?」


 由衣が不思議そうな顔でわたしの顔を覗き込んでいる。


「あ、いや、い、行ってくるね!」


 わたしは逃げるようにして、お風呂に直行した。

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