第19話 ランクアップ

「え、嫌なんだけど」

「え?」

「柚はいない方がいい」

「え、ええ?」


 柚ちゃんも一緒に映画を見に行きたいと言われたので、快くオッケーしたんだけど…… なぜか茅ちゃんは快く思ってないみたいで……


「なんで! 茅ちゃんだけズルいじゃん!」


 わたしの隣にいた柚ちゃんが口を開いた。


「先に約束したのはわたしだから」

「やだ! わたしも行くの!」

「ったく…… 無理なものは無理なの。柚ももう高校一年生でしょ? そろそろ大人になった方がいいんじゃない?」

「茅ちゃんの方が子供だし! わたしよりもお姉ちゃんならちょっとくらい聞いてくれてもいいじゃん!」

「お姉ちゃんって言ったって双子でしょ。わたしの方がお母さんのお腹から取り出されるのがちょっと早かっただけじゃん」


 あ、あれ? なんでこんなことになってるの?


 わたしの目の前では二人の言い合いが展開され、茅ちゃんの部屋には不穏な空気が流れている。


 そしてそれをわたしは呆然と眺めている……場合じゃない! なんとかしないとじゃん!


「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて!」


 わたしは二人の間に割って入った。


「お姉ちゃん…… お姉ちゃんはどう思う?」

「へ……?」

「どっちの方が子供だと思う?」

「え、い、いや……」

「柚に決まってんじゃん」

「茅ちゃんだし!」


 なぜこんなことに…… わたしはただ二人と遊びに行こうとしただけなのに…… 


 茅ちゃんに確認もせずに三人で行こうって言っちゃったわたしが悪いのかな……


 正直今すぐにでも逃げ出したい空気だけど、家族になったからには、これからこういうこともいっぱいあるんだと思う。


 その度に逃げるわけにはいかない。


 だけどどういうふうにこの流れを止めたらいいんだろう……


 実際、喧嘩の場面に直面したことはあるけど、わたしはその他大勢として誰かが止めに入った喧嘩を眺めているという経験しかなかった。


「そ、そのね、とりあえず落ち着いて、二人とも」


 分からないから、なんとか自分なりに探ってみるしかない。


「でも茅ちゃんが……!」

「はあ? 柚の方が悪いんでしょ」

「あ、あの二人とも……」

「茅ちゃん、いっつもすぐ不機嫌になるよね。もっと笑えばいいのに」

「柚に性格否定される謂れなんてないし」


 だ、ダメや…… なだめようと思ってもできない…… もうこうなったら……!


「茅ちゃんはさあ、いっつも──」

「二人のとも!」


 わたしは今が夜なのを忘れ、大きな声で叫んだ。


「わたし…… 二人のこと好きだから!」


 大きな声を出せば聞いてくれるだろうという安易な考えだ。


 だけどその考え通り、わたしの声を聞いて二人の言い合いは止まり、驚いた様子でわたしの方に注目していた。


「茅ちゃんのことも柚ちゃんのことも好きだから! 喧嘩して欲しくないよ……」


 本当にこれでいいのか分からない。


 お姉ちゃんなら実はもっとスマートな喧嘩の止め方があるのかもしれない。


 だけど、これがわたしの本心だ。好きだから喧嘩して欲しくない。


 喧嘩するほど仲が良いとは言うけれど、結局そんな言葉、後で喧嘩をいいように捉えさせるための言葉なのかもしれないと今思った。


「…………お姉ちゃんは柚のどこが好き?」

「話しやすいし、素直なところ! あと可愛い!」

「へ、へえ……」

「ね、ねえ、わたしは?」

「あんまり見せようとしないけど、すっごく優しいところ! あと可愛い!」

「ふ、ふーん……」


 何を言わされているのか自分でもよく分かっていないけど、これでなんとか収まってくれるなら、別にそれが一番いい。


「……まあ、明日は諦めるよ。ごめんね、茅ちゃん」

「……こっちこそ。ごめん、ありがと」


 よしっ! 仲直りや! なんとかなった!


 わたしはこのしんみりとした空気に似合わず、心の中でガッツポーズをきめていた。


 人生初めての喧嘩の仲裁を経験して、また一つ人間としてランクアップしたような気分だ。脳内にランクアップBGMが流れ込んでくる。


 まあもともとの性格でマイナスになってるから、一つランクアップしたところでまだマイナスなんだけどね……


「じゃあわたしもう寝るから! おやすみ~!」


 そう言って、柚ちゃんは茅ちゃんの部屋から出て行ってしまった。


 さっきまで喧嘩してたのに、もう明るいのはさすがだなあ。


「ねえ……」

「ん?」


 茅ちゃんがわたしの服の袖を引っ張った。


「明日はよろしくね」

「……? うん、よろしくね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る