第16話 言い逃れる方法

 まずい。このままではわたしが扉の前で盗み聞きをしていたことがバレてしまう。


 そうなったら、少しでも築き上げてきたわたしの信頼がまたゼロに戻ってしまう。


 いや、ゼロってよりもマイナスか……


 信頼っていうのはコツコツ積み上げていくことはできるけど、無くなるときは一瞬だ。


 しかも一度無くなると、もう一度積み上げることはなかなか難しくなる。


 しかし、今のわたしに限っては、信頼を失わずに上手くこの状況を言い逃れる方法が一つ。


「そ、その、茅ちゃん映画に興味ないかなーと思って!」


 本当のところ、まだ誰を誘うかは考えていなかったけど、すぐにこの言い訳が思いついた。


 はい、そうです、わたしは姑息な人間です。どうぞ罵ってください。


「……映画?」

「そうそう!」

「何の映画?」

「あ、えっと、これなんだけど!」


 わたしはすぐに写真ホルダーの一番上にあった写真を見せた。


 すぐに見せられるようにスクリーンショットをとっておいたわたし、ナイス。


「あ、これって最近流行ってるやつだ」

「どう? 今週の土曜日に行こうかなって思ってるんだけど、予定空いて──」」

「空いてる! めっちゃ空いてる!」

「あ、うん、そっか。よ、良かった」


 思ったよりも食い気味に返事をされたので、少し驚いてしまった。


 そんなにこの映画見たかったのかな。


 なんかいつもの茅ちゃんよりもすごいテンション上がってるし。


 すごく良いタイミングで誘ったかもしれない。


「じゃあ日曜日のお昼ぐらいからでいいかな?」

「うん! あ、わたしちょっとやることできたから! じゃあ!」


 わたしが返事を返す間もなく、茅ちゃんは部屋に入って、空いていたドアをバタンと閉めた。


(……わたしも部屋に戻ろっかな)


 なんだかんだ茅ちゃんともだいぶ仲良くなってきたような気がする。


 最初はちょっとどうなることかと思ったけどね……


 まあでもそれはわたしのせいなんだけど。


 なぜかはよく分からないけど、みんな結構わたしに好意的だ。


 普通ならもっと時間をかけて仲良くなるようなものだと思っていた。家族ってすぐすぐになれるようなものではないし。


 だけど楓ちゃんも、茅ちゃんも、柚ちゃんも、もちろん久美さんも、みんなすごく優しくて。


 まだ気を使っている部分はあるかもしれないけど、とても速いスピードで仲良くなっていると言っても過言ではないくらいだ。


 コミュ力の高くないわたしがこんなすぐに仲良くなれるなんて。いやはや不思議不思議。


(はっ、もしかして、わたし実はコミュ力高いのか……? いやでもいつも新しいクラスだと緊張して、無駄に早口になったりしちゃうしなあ…… やっぱ違うか……)


 まあきっと家族になったのがみんなだったからだろう。


 いや。ちゃんと自分の努力も認めてあげよう。


 洗濯物は脱ぎっぱなしにしないようにしたし! 靴下は裏返しに脱がないようになったし! 部屋はちゃんと清潔に保ってるし!


 すごい、すごいよ、わたし! 一年前のわたしからは考えられないよ!


 本当はもっと改善したことはあるけど、これ以上言うと、「え、そんなことしてたの?」と失望されてしまうのでここまでにしておこう。


 とにかく、いろんなことが重なってここまでのスピードで仲良くなれた。そういうことなんだろう。


「──さん。──衣さん。……由衣さん!」

「うわっ!」


 わたしは急に後ろから大きな声が聞こえてきたことにビクっとして、反射的に後ろを振り返った。


「び、びっくりした……」


 心臓がドクドク早鐘を打っている。


 後ろに立っていたのは楓ちゃんだった。


 考え事をしていたせいか、全く気がつかなかった。


「す、すいません、驚かせるつもりはなかったんですが……」

「あ、ううん。わたしがちょっとぼーっとしてただけだから。ふう…… ごめん。それでどうしたの?」

「あ、はい。それが由衣さんに相談したことがありまして……」

「相談?」

「はい。その、好きな人とどうやって仲良くなるか、という話なんですけど……!」

「…………ん?」


 好きな人とどうやって仲良くなる……か?


 好きな人ってつまり付き合いたいとか恋人になりたいとか、そういうあれだろうか。


 い、いやいやいや……


(相談する相手間違っとる……)

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