第9話 ヒーロー

「お姉ちゃんたち、おかえりなさい!」

「柚ちゃん。ただいま」


 楓ちゃんと一緒に学校から帰ってくると、柚ちゃんが玄関で出迎えてくれた。


「柚、ただいま」

「ねえ楓ちゃん。お姉ちゃんと一緒のクラスだった?」

「うん、一緒だったよ」

「いいなあ、柚もお姉ちゃんと一緒のクラスが良かった!」

「あはは、柚ちゃん、それは仕方がないよ」


 そんなこんなな他愛もない雑談を交わしたあと、わたしはカバンを置くために自分の部屋に向う。


 それにしても、なかなか順調に姉妹の仲を深めていけてるのではないだろうか。


 楓ちゃんも柚ちゃんもわたしなんかよりもコミュ力が高かったおかげだ。


 あとは茅ちゃんだけなんだけど……


「……だった! …………して……の!」


(ん……?)


 わたしが二階に上がると、茅ちゃんの部屋の前から声が聞こえてきた。


 声のトーンからして、たぶん誰かと電話してるんだろう。


 あんまり盗み聞きは良くないけど……


(ちょっとだけ……)


 茅ちゃんがどんな話をしているのか、気になってしまったわたしはひっそりと聞き耳をたてた。


 断言しておこう。


 この盗み聞きは茅ちゃんともっと仲良くなりたいとかいう、そんな不純な動機である!


「ほんとすごかったんだから! 実物ヤバい! 想像以上だった!」


 茅ちゃんは何かに興奮するように話している。


「でもわたし素っ気ない態度ばっかりとってて…… 嫌われてないかな…… 絶対嫌われたよね…… 」


(ほほう……)


 たぶん推察するに、好きな人とか気になっている人の話をしているのかな。


 そんな感じの内容な気がする。


 やっぱり恋愛って楽しいのかな。


 わたしは友達といるだけで十分楽しいんだけど、好きな人とか彼氏ができたら考えは変わるんだろうか。


 わたしにはなくて当たり前な、異性を好きになる気持ちが他の人には普通にあることがすごく不思議だ。


 わたしも一度でいいからその気持ちを味わってみたい。


(……ま、そんな気持ちになったところで、そもそもわたしを好きになるような男子なんかいないんだけどなあ……)


 そんな卑屈なことを考えながら、わたしは茅ちゃんの部屋の傍から去り、自分の部屋のドアを開けた。


 ☆


「──さん」

「ん……」

「──衣さん」

「んー……」

「由衣さん!」

「えっ! 楓ちゃん!?」


 わたしは誰かに名前を呼ばれたと思って目を開けると、目の前には楓ちゃんが立っていた。


「ごめん、楓ちゃん! 寝ちゃってた!」


 視界に入ってきた時計に目をやると、短い針は11を越えていた。


 夜ご飯を食べてお風呂に入ったあと、ベッドでダラダラと本を読んでいたら寝てしまっていたみたいだ。


「いえ、わたしこそ起こしてしまってすいません」

「ううん、大丈夫。それでどうしたの?」

「その…… 今日、由衣さんと一緒に寝てもいいですか?」

「……え? ど、どうしたの?」


 わたしは急なお願いに困惑してしまった。


「ダメ……ですか……?」

「いやいやいや! ぜんっぜんダメじゃないよ!」


(……あっ)


 わたしは頭よりも口が先に動いてしまったことに、数秒後に気が付いた。


 楓ちゃんのあまりの可愛さに、断るなんて考えが頭から一切消えていたのだ。


 恐るべし妹。


 妹パワーを使われると、どんなお願いであっても聞いてしまいそうだ。


「良かったです! じゃあ──」

「お姉ちゃん!」


 楓ちゃんが何かを言いかけると、わたしの部屋のドアが勢いよく開いた。


 わたしの部屋に現れたのは柚ちゃんだった。


「柚ちゃん?」

「……柚」


 気が付くと、楓ちゃんの顔が曇っていた。


「はあ。楓ちゃんも同じこと考えてたんだね」

「そうみたいだね」


(えーっと、何が起こってるのかな?)


 二人は意思が通じ合っているみたいだ。


 これが本来の姉妹の力かと感心している場合ではない。


 なんかわかんないけど、ちょっと雰囲気がピリピリしている……感じがする。


 なんかわかんないけど、ここはお姉ちゃんがなんとかせねば!


「柚ちゃん、どうしたの? もしかして柚ちゃんもわたしと一緒に寝たかったとか? あはは、なーんて──」

「そうだよ」

「そうだよね!」


(………………………ん?)


 ちょっと待て待て。今なんて言った? 


 どういう状況ですか、これは?


「柚、今日はわたしが先にお願いに来たんだから、また別の日にしなさい」

「やだ! わたしも今日お姉ちゃんと一緒に寝たいんだもん!」

「はあ…… じゃあ仕方ないね。どっちと一緒に寝るか由衣さんに決めてもらいましょうか」

「……え?」

「それがいいよ! お姉ちゃん、もちろんわたしだよね?」

「いや由衣さん、わたしですよね?」


(なんなんだこの状況…… えっと…… つまり簡単に考えると、わたしが今日、楓ちゃんか柚ちゃんのどっちかと一緒に寝ることのできる選択権をGETしたと? ……贅沢すぎないですか?)


 でも贅沢は贅沢なんだけど……


「えっと、ごめん……なさい?」


 断り方これで合ってるのかな。


「え、なんで!?」

「その、お願いを聞いてあげたいのはやまやまなんだけどね…… ごめんね」


 どっちかのお願いを断るというのが怖いんです……なんて情けないこと言えない。


 こういうとき、世の姉たちはどうやって立ち回っていらっしゃるのか……


「やだ! 今日はお姉ちゃんと一緒に寝たい!」

「ゆ、柚ちゃん……」

「わたしもなんでダメなのか理由が知りたいです」

「楓ちゃんまで……」


 どうしたらいいの!? やっぱり断らない方が良かった!? 


 うーん……


「ちょっとうるさい!」


 わたしは頭をぐるぐるさせていると、急に怒ったような声がわたしの部屋に響いて、心臓がビクっとする。


 茅ちゃんだ。


 茅ちゃんがわたしの部屋の扉を開けて、腕組みをして立っている。


「みんな、何してるの? もう十一時だよ?」

「いや、その…… お姉ちゃんと一緒に寝ようと思って……」


 柚ちゃんが少しこわばった様子で答える。


「……よくわかんないけど、由衣さん困ってるんじゃないの?」

「いや、その……」

「やっぱり困ってるんじゃん。はあ…… ほら、楓も柚も行くよ」


 そう言って、茅ちゃんが二人の服を引っ張る。


(か、茅ちゃん……!)


 わたしの目には茅ちゃんが急に光り輝いて見えだした。


 この現象。美々ちゃん以来だ。


「じゃあおやすみなさい」


 そう言って、茅ちゃんは抵抗している二人を連れて、部屋から出て行ってしまった。


 わたしの部屋は一気に静かになる。


(か、かっこいい……!)


 嵐みたいだった空気が茅ちゃんの登場で一瞬にしておさまった。


 まさにヒーローと言っても過言ではない。


 やっぱりピンチのときにヒーローはやってくるんだ。


 まあそもそもはわたしがベストアンサーを返せなかったのが良くなかったんだけど……


 とにかく明日、楓ちゃんと柚ちゃんに謝って、茅ちゃんにお礼を言っておこう。

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