おにエル~鬼娘が斬ってエルフが咲う話~

しけもく

プロローグ

 後悔など無かった。

 怨みや憎しみなどとは無縁だった。

 未来を悲観し、自ら死を選んだわけでもなかった。


 私は恵まれていたと、疑いなく言える。

 才ある身に生まれ、両親は優しく、私の進みたい道をいつも歩ませてくれた。

 師は厳しくもあったが、大きな壁に苦しむ自分をどうにか掬い上げようとしてくれた。


 だが、そんな周囲の期待に応えられなかった。



 私には生まれつき一つの才能があった。

 私は自分の体を、普通の人よりも精密に動かすことができた。

 人間は身体を動かす際、まず脳で動きをイメージする。

 そうしてそのイメージを自らの身体、手足へと伝達する。

 だが、脳内でのイメージと実際の動きには必ず差異がある。

 それが普通で、それは当たり前で。

 所謂達人と呼ばれる人達は、その差異を埋めるために数え切れないほどの反復を行い、そうして少しずつ理想の動きへと近づけるのだ。


 例えば野球における各種投球や、バスケットボールのフリースロー。

 プロとして世界で活躍するアスリート達は、血の滲むような反復練習の果てに、ようやく完璧へと近づく事ができる。

 だがそれは、限りなく理想へと近づくことしかできない。そうまでしても、完璧へと至ることは出来ない。

 それが人間であり、それが人間の普通なのだ。


 私には、それが生まれつき出来た。

 それも、完璧に近い、どころではない。

 完璧に、脳でのイメージ通り身体を動かすことが出来た。

 身体を動かすことならば、一目見ればほぼ完璧に模倣できた。数度繰り返して調整すれば、それは完璧になる。

 頭の中でイメージさえ完成していれば、あとはそれをなぞるだけでよかった。

 スポーツにとどまらず、格闘技であったり、楽器の演奏 ─残念ながらセンスはなかったが─ さえも、練習は必要なかった。

 当時、幼いながらも私はこんな身体に生んでくれた両親に感謝した。

 両親も大いに喜んでくれていたし、私自身、誇らしかった。


 だが、気づいてしまったのだ。

 私はこの先、研鑽や鍛錬といったものに、喜びを感じることがないのだと。

 その喜びを、周囲と分かち合うことさえも出来ないのだと。


 この身体が嫌いになったわけではない。喜びと誇り以外、あろうはずもなかった。

 しかし、そう気づいてしまってからは、何をしていても熱が入らなくなってしまった。

 身体を動かさなければよいのだと、勉学方面に力を入れたこともあった。

 しかし幸か不幸か、私はどうやら頭も悪くは無かったらしい。

 特別頭が良かったというわけでもなく、勉強が得意というわけではなかったが、要領が良かったのだろう。テストで点を取るのが異常に上手かったのだ。

 幼い子にとって頭の良し悪しを測る物差しなど、学校でのテストくらいしか無かったのもあり、興味を失うのは早かった。


 そうして結局何にも興味を持てず、無気力に過ごして数年が経ったある日。

 今思えばこの日が私にとっての転機だったのだろう。


 小学校の高学年になった頃だっただろうか。

 いつも忙しなく仕事に励み家を空けることの多い父が、それでもどうにか休みをとって、遊びに行こうと誘ってくれたのだ。

 とはいえたった一日では旅行へ行くなど望むべくもない。

 私自身も父に負担をかけたくなかったのもあり、近場で何処かへということになったのだ。


 私はそこらの公園でも良かったのだが、張り切った父のテンションは一周回ってしまったらしい。

 近くの美術館で行われている、世界の刀剣展示へと行くことになった。

 無論、私は別に興味が無かった。

 とはいえ張り切った父に水を差すこともないと思うと同時に、興味は無かったが、未知の経験であることは間違いなかったこともあり、特に反対もしなかった。


 そうして向かった展示会は、思いの外興味を惹かれる内容だった。

 一般的な西洋剣に始まり、細剣に槍、珍しい形をした短剣や、どう使うのかも分からないような不思議な刃物。西洋甲冑に鎧兜まで。

 初めて実際に見るそれらは、幼い子ども心をくすぐった。

 当時、歳の割に冷めていると言われることの多かった私だったが、珍しく興奮していたように思う。


 そうしてしばらく鑑賞していたとき、と出会った。

 それは、まるで闇夜を照らす月の光が、そこにあるようで。

 その身は世界の全てを、私の心の内までも映し出す鏡のようで。

 流星光底。ただそこにある、それだけなのに。


 ただただ美しいと思った。こんなにも綺麗なものがこの世に存在するのか、と。

 見惚れた。見惚れてしまった。


 私は父に詰め寄った。あれはなんなのだ、と。

 一体どうすれば、あんなものを作り出せるのか、と。

 そして、私にも出来るだろうか、と。

 珍しく興奮する私を、驚いた顔で見つめる父の顔は、今でも鮮明に覚えている。


 それが、私と刀の出会いだった。


 それからの行動は早かった。

 こんなにも心惹かれたのは生まれて初めてだったのだ。

 刀鍛冶になるにはどうすれば良いのかと、両親を困惑させた。

 それでも、優しい両親は私に反対しなかった。こんな私が見せる、初めての姿だったからだろうか。

 高校を卒業したときに、まだその気持ちが残っていたのなら、その時は応援すると、そう言ってくれた。


 高校を出るまでは、とにかく本を読み、勉強も、部活も、精一杯やることが両親との約束だった。

 近所の公立校に進学した私は中高共に剣道部に所属した。

 団体戦ではあえなく地区大会予選で敗退。個人戦は出場を辞退した。

 手を抜いた、などということは決して無かったが、さりとて悔しくて堪らない、というほどの気持ちにはついぞなれなかった。


 読書に関しては、もともと本を読むのが好きであったこともあり、興味の有無に関係なくとにかく無差別に読み漁った。

 鍛冶関係の書物はもちろん、漫画、小説にライトノベルでさえ。果ては新聞やファッション雑誌に、情報誌やビジネス・経済誌までも。空き時間さえあれば何かしら本を読んでいたように思う。

 ありとあらゆる知識が、経験が、きっと将来役にたつからと、そう両親に言われたのを覚えている。


 そうして無事に高校を卒業し、入門志望者を対象とした研修を受け。

 近年は刀匠へ弟子入りすること自体が難しく、師を探すことが難しいと言われていたにも関わらず、幸運にも、後継者を探していた方を紹介してもらうことが出来た。


 毎日、ただの一日も欠かすことなく鍛冶場の掃除に道具の手入れ。

 そして毎日、夜遅くまで勉強していた。

 熱意しかなかった私には、下積みすらも楽しかった。

 それから五年間の修行を経て、研修会を修了した後、刀鍛冶としての資格を得ることが出来、私の道程は順調そのものだったと言えるだろう。


 そう、ここまでは順調だったのだ。

 結論から言えば、私には才能が無かった。


 資格を得た時点で、既に技術は完璧以上だと、現時点で既に自分をも超えているほどだと、師からは言われていた。お前ほど完璧な技術を持つ者を自分は知らない、と。

 ここでも私の才能は、私を導いてくれた。

 無論、努力を怠ったことなど無かった。

 私が決めた、私のやりたい事なのだ。努力だとさえ思っていなかった。


 だが、それでも。

 それだけでは。

 


 技術だけでは、足りなかった。

 努力だけでは、足りなかった。


 何度やっても。

 どうしても、満足のいく一振りが、作れなかった。

 出来ることは全てやったつもりだった。

 これまで読んでなかった書物も読んだ。

 使い手のことを学ぶことで、何かのきっかけになれば、と剣術道場へと入門したり居合術を学んだりもした。

 案の定というべきか、そこでは私の才はしっかりと活きていた。

 それでも、どうしても先へは進めなかった。


 そうして壁を超えられないまま、何年もの月日が経ったある日。

 師は言った。


「技術は完璧。努力も怠らず常に勉強熱心。向上心もある。態度も良い。だがお前には──」




 ──ああ、やめてくれ。



 ──知らないんだ、私は。



 ──それだけは、それだけが。




「熱が、ない」




 結局私は、満足のいく作品を作ることが、死ぬまで出来なかった。


 私は応えられなかったのだ。


 故に今、こうしてのは、偏に未練の所為なのだろう。

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