2023年 4月上旬

「やっぱり、一番不気味なのはこの青い女の顔ですよね」


 四月上旬、報告会の最中にふと佐々木が呟いた。


「顔?」

「えぇ。だって、これってあの投稿の通りじゃないですか」


 PCを広げて、再度青い女の姿を確認する。

 確かに、今まで意識はしていなかったが……このAIが生成した青い女の顔は恐ろしいほどに事の発端である投稿の内容と酷似している。解像度が低いこともあるが、目視で確認できるほど顔のパーツは歪んでおり、口裂け女のように大きく口角を上げ、こちらに向けて笑みを浮かべているように見える。例えるなら、出来損ないの福笑いといったところだろうか。


「でも、AIが作る人物画って大体こんなんだぞ」

「え? そうなんですか?」

「ほら、これとか」


 適当に検索した画像を佐々木に見せる。

 そこにあったサイトでは青い女のように、AIが描いた不自然に歪んだ人体の写真が並んでいた。


「一応、学習をしているって言っても、あくまで機械だからな。人間じゃないんだから、こうやって胴体とか手足は完全に模倣しても、細かい部分はミスが多いらしいぞ」


 まだまだ発展途上の技術ということもあり、AIアートはそこまで万能というわけではない。ある程度、絵心がある者なら共感するそうだが、中でも指という部分は非常にバランスが難しいとか。プロのアニメーターでも、たまに両右手になったり、指の数が増えたり……それらを考慮すると、難易度の高さが伺えるだろう。

 要するに、青い女の顔が歪んでいるのも、AIの特性上そこまで珍しいことではないのだ。


「……でも、偶然の一致って怖いですよね」

「……まあ、そうだな」


 そう――よくあること。偶然。そう言い捨てるのは簡単だが、予期せぬ一致というのは案外、いやかなり、ぞくりと肝を冷やすというのは否定できない事実だ。


「そういえば、ずっと聞きたかったんですけど、先輩ってこのはどこまで信じてます?」

「……やっぱり、そこ引っかかるよな」

「まあ、この話だけ明確にソースがないですからね。いや、それ言ったら掲示板にある話なんて全部怪しいですけど」


 佐々木が指摘した後日談。これは『マジで震えるくらいビビった怪談とか事件ってある?』で書かれていた当時のスレッドを閲覧していた第三者の証言だ。あの写真には本当に青い女が写っていたらしく、除霊した霊能力者が言うには既に当事者であるグループは全員亡くなっているという。


「正直……かなり怪しいだとは思ってるかな」

「あ、やっぱり?」

「根拠があるってわけでもなくて、何となくだけどな」


 匿名掲示板をよく利用している人なら何となく察する部分があると思うが、基本的にあのような場所で行われる自分語りというものはあまり信用しない方がいい。

 顔も見えないどころか、一日で利用IDが変更されるという性質上〝名無し〟である限りはどのようなホラを吹いたとしても、一日経てばそれ以上に追及されることはないのだ。現在のSNSでも虚言を行う行為、所謂「嘘松」が絶えない以上、それだけ承認欲求の魔力というものは恐ろしく、どの情報が正しいのかはよく精査する必要がある。その観点から言えば、全ての発端である「青い女」の投稿者自体も疑う必要があるのだが――そこまで辿ってしまうと、この調査自体の存在意義が揺らいでしまう。


「でも、確かめる方法もありますよね?」

「…………」

「ほら、直接行ってみればいいじゃないですか。■■山の近くの寺に聞き込みに」


 投稿者は後日、寺にお祓いに行くと発言していた。つまり、もし本当に近隣の寺を訪れていたのならば――場所を特定するのは難しくないはず。そこで、後日談の真偽を確認できるのではないかと、佐々木は言っているのだ。

 実は私も、その線に関しては気が付いていた。実際に、いくつか目星は付けてある。だが――っ。


「……それは、やめとこう」

「え? どうしてですか?」

「いや……もしそれで見つからなかったら、そこで何もかも終わりそうだろ。この調査は最初の「青い女」の投稿が事実ってことを前提にして進んでるんだ。その話自体が作り話だったかもしれないってなったら……冷めないか?」


 佐々木は「それは考えていなかった」というような表情をして、無言で目を逸らす。

 実際、彼らが訪れたと思われる寺は■■山の目と鼻の距離にあるはず。探そうと思えば探せる。だが――果たしてそれは触れていいものなのだろうか。

 私の中では現在、青い女という存在は灰色に近い状態にある。真実のクロ、虚構のシロ。その中間の存在が〝アオ〟なのだ。この世界には――断定をすることなく、曖昧なままで放置した方がいいものもあると私は考えている。私たちの身分がジャーナリストやノンフィクション作家ならまた話は変わってくるが、実際はただの大学生だ。ならば、今はこの探求の愉悦を味わうことが最優先で、真相は二の次でいいのではないだろうか。先程の発言から、佐々木もその意図を察したのか、実際に近隣の寺を訪問するということは諦めてくれた。








 ――私は彼に嘘をついてしまった。


 実際はそうではない。確かに、寺を訪問することで、青い女の神話が崩壊する可能性があるのは事実だ。しかし、逆に、もしも、本当に――青い女が実在しており、最初に遭遇した投稿者グループの者が命を落としているのが事実ならば――どうすればいいのだろうか。

 正直なところ、現時点では私も佐々木も、青い女に対して、どこかフィクションであるということをまだ疑っている。当然だ。これまで彼女との繋がりはあくまで画面と書面越しだけのものであり、ホラー小説を読んでいる状況と何ら変わらない。だが、これで現地に赴き、実際に彼女に関する情報を集めてしまっては――関係は更にものになり、取り返しがつかない事態になってしまうのではないか。そのような一抹の不安が、私の中で渦巻いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る