2023年 3月中旬

 *


 瞬く間に、コロナウイルスの大流行から三年近くが経過した。不幸にも、その年に大学に入学してしまった私にとっては――あまり、調子のいいスタートではなかったことは間違いない。しかし、不平等を唱えても、何も状況は変わらない。この時期の若者は大なり小なり、何らかのコロナの洗礼を受けているのだ。条件は皆同じ、そこで同年代と何らかの差が発生しているならば、当人の努力不足だったということだろう。そのような半ば自己暗示にも近い教訓を言い聞かせている間に、いつの間にか私は四年生に進級してしまった。

 既に大学の単位は取り終え、就職活動も何とかひと段落ついた。残すは卒論のみだが――まあ、そちらも期限までには何とかなるだろう。つまり、今の私は非常に時間が余っている、暇な状態であった。そんな時に、私の元に舞い降りたのが――■■山の青い女という未知との遭遇だった。


「そういえば先輩、聞きましたよ。今、面白いことしてるって」

「え?」


 二〇二三年、三月中旬。

 ようやくコロナ禍も収まりが見え始め、マスクの着用が個人の判断に任された頃、彼はまるで好奇心が溢れる子どものような目で私に話しかけてきた。

 彼の名前はここでは佐々木としておく。年齢は二十歳であり、私の一つ下の後輩にあたる。共に同じサークルに所属する友人であり、外で食事をしている最中の出来事だった。

 佐々木という人間を一言で表すなら「変人」だろうか。いや、こんなネットの怪異を追っている自分が言えた義理でもないのだが、佐々木も相当変わった人間だ。

 彼は人一倍好奇心が強いらしく、わざわざ県外から●●●●大学に進学したのも、田舎っぽい場所で過ごしてみたいからという妙な動機だ。本来ならもう少しワンランク上の大学を目指せただろうに、田舎の空気を味わいたいというだけで、辺境の地にあるキャンパスの近くで一人暮らしをしている。


「ほら、今、変な山について調べてるんでしょ。隠したって無駄ですよ」

「……誰から聞いたんだよ」


 私が■■山の調査を開始していることは親しい友人にしか話していない。まあ、おおよそ口が軽い者の顔は浮かぶが――問い詰めても無駄だろう。話した自分が悪いとしか言えない。


「それ、どんなやつなんですか? 見せてくださいよ」

「あぁ、もう分かったから。掴むな」


 食事の最中にも関わらず、袖を引っ張る彼に対して、私は渋々調査中の資料を彼のアカウントに送る。まだ進捗があるとは言えず、あまり人には見せたくなったが……それで納得してくれるほど、佐々木が諦めのいい性格ではないということはよく知っていた。

 それから数十分間、彼は目の前に運ばれた食べかけの料理を放置して、熱心に資料を読み込んでいた。やはり、物書きの端くれとしては自分が書いた文章を読む人の姿を眺めるというのは悪くない気分になってしまう。


「……マジすか。これ」


 開口一番に彼はこう言い放った。


「まあ、嘘は書いてないな」

「いや……正直、ちょっと鳥肌立ちましたわ」


 その言葉とは裏腹に、彼は既に冷めかけている食事に手を付け始めた。本当に恐ろしいと思うなら、食欲なんて失せる内容だと思うのだが、突っ込みを入れるべきではないだろう。


「先輩。今、これどのぐらいまで進んでるんですか」

「うーん、どうだろ。多分、量的にはまだまだかな」


 ■■山の調査を始めてから、既に二週間近くが経過していたが、まだまだ掘り下げるべき点はいくらでもある。

 この時にはまだ並行して匿名掲示板の過去ログを洗い流している最中だったが、さすがに数が多すぎるということで、辟易としていた。電子情報だけではなく、書籍から新聞に至るまで調査したいというのが本音だったが、はっきり言っていくら春休み中の暇な大学生とはいえ時間が圧倒的に不足している。個人でやり遂げるにはかなりの労力が必要だと薄々気が付いていた。


「よかったら、俺も協力しますよ。これ」

「……え? いいのか?」

「はい。正直、この資料見てかなりワクワクしました。バイトも辞めたばっかで暇ですし、俺も一緒に調べますよ」

「それなら助かるけど……」


 突然の提案だったが、断る理由も特になかった。人手が欲しかったところだし、この佐々木という男は言動が軽いが、頭がかなり切れる方だ。私が見落とした情報も、どこかで拾ってくれるかもしれない。

 それに……私は一人でこの■■山を調査することに対して、少し不安を抱えていた。実際、まだ青い女の所在については半信半疑の状態だったが、それでも個人で彼女の痕跡を追うという行為は――どこか、恐怖を覚える。一体、バラバラになっているこのパズルのピースが繋がってしまったら、どのような絵が完成してしまうのか。その正体は想像もしたくない醜悪な存在かもしれない。


「じゃ、決まりですね。とりあえず、今はどんな感じで調べてるんですか?」

「今のところは関連ワードからネットで検索して、総当たりしてるところかな。「青い女」と「■■山」を中心にして、噂話がないか調べてる感じ」

「じゃ、俺は文献を調べますよ。全国の山に関する本とか読んでみます」

「それは大雑把過ぎないか? 量も量だし、●●県に絞るくらいにしてもいいと思うが」

「いや、どうせなら、規模は大きい方がいいですよ。この手の話ってどこで何が繋がってるのか分からないですし、もしかしたら別の地方にも似たような話があるかもしれないじゃないですか」

「それは……そうか」


 佐々木の意見は一理ある。確かに、実は怪談というものは意外なところで共通点が出てくる。

 例えば「かけてはいけない電話番号」という都市伝説をご存じだろうか。これは題名の通り、とある番号に電話をすると、よくないことが起きるという噂である。主に携帯電話が普及した九〇年代後半から女子高生を中心に若者に爆発的に広がったものであり、一度は耳にしたことがある者も多いと思われる。

 この都市伝説には地方によって様々な番号のパターンがある。主流なのは「4444」といった不吉な数字を想起させるものだ。しかし、なぜか……一見すると何の変哲もない番号にも関わらず、かけてはいけないとされる数字列が存在する。

 奇妙なのが、その数字は限定的な都市、地方に限ったものではなく、なぜか遠く離れた地でも似たような噂が同時に発生しているということだ。


 一応、原理は説明できる。都市伝説の伝播は人々による口承によって行われるものであり、ある地方で噂を耳にした者がまた別の地方へと赴いた際に、その噂を別の者に語ることにより、流布は完了する。実際に、最も有名な都市伝説として知られる「口裂け女」は流行した年代と共に、発祥の地が岐阜県であるということが確認されており、最初は小規模だった怪談が全国規模で広がってしまった例である。SNSにより、爆発的に情報が拡散されるようになった近年においてはその速度は数十倍、数百倍にまで膨れ上がっているだろう。

 更に付け加えるならば、都市伝説は大まかではあるのだが、〝元ネタ〟が存在することが多い。神話、昔放送していたテレビ番組、小説、映画、アニメ等、当事者たちが意識していたのかは不明だが、何らかの創作の影響が見られるのだ。

 それらの事情を考慮すると、都市伝説に限らず、地方の伝説、怪談、噂話は何かしらの関連性が見られることがある。オカルト界隈ではこの現象のことを〝連鎖怪談〟と呼んでおり、ふとしたことで、シンクロニシティのように全く別の怪談に類似した現象が発見されることも珍しくはない。


「じゃあ、頼む。こっちもまた別の県で同じ話がないか、調べてみる」

「了解です。また一週間後くらいに、報告会でもしましょうか」


 こうして、■■山の調査に佐々木が加わることになった。彼の加入によって、単純に人手が二倍になり、非常に効率が上がったことから、この判断は正解だった。

 次にご覧頂くのは各地の山に関する数々の伝承である。「青い女」と関連しているのか、それとも無関係なのかは――皆様方の判断に委ねることにする。

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