第2話 水色の街

 8月の頭、夏休みの最中。光士郎はそれなりの荷物を抱え、糸魚川から長岡へと向かう。笛の音とともにがたん、ごとん、と始発の鈍行電車が揺れ動く。海沿いを走る日本海ひすいライン、信越本線を往く3時間ほどの小旅行だ。岬は岬でしばらく家の用事があるらしく、都合のいいちょうどいい旅行日和……とでも言ったものか。

 親には「新潟県民として長岡花火を見ずに東京に出たくない」と力説し、アオイの住む長岡へと電車は進んでいった。

 ……朝が早かったので眠ろうと思ったが、特に眠くもない。線路沿いの海を見ながら「どうして自分は男が好きなんだろうか」だとか「岬は俺のせいで無理をしているんじゃないか」だとか。様々なことが頭の中でごちゃごちゃと暴れ出す。

「あー!!もう考えたくない!!寝る!!」

 と叫びかけ、誰もいない電車の1両目で顔を覆い目を瞑る。……予想通り一睡もできなかったが、気がついたら長岡駅に到着していた。


「えっと……改札はあそこで、確かそこのみどりの窓口前にアオイさんがいるんだよな」

 光士郎は慣れない街の駅設備に苦戦している。通過儀礼とも言うのか、自動改札機の前で大慌てし、駅員さんに助けてもらって、ようやく改札の外で待つ「アオイさん」に会うことができた。

「あっ、ツバメくん!さっき見事に引っかかってたねー!改札……ふふっ!僕が『アオイ』こと坂井サカイ 蒼佑ソウスケ、よろしく」

 アオイ……もとい蒼佑は光士郎の改札の一件でまだ半分笑っている。

「やっぱ都会と田舎は違いますから……だいたい糸魚川にこんな立派な改札ないし……俺は『ツバメ』こと津幡ツバタ 光士郎コウシロウです、よろしくお願いします」



++



 「アオイ」こと蒼佑は思っていたより背が低く、どこか華奢で。シティボーイ、とでもいうのか、都会の中性的な青年、とでも言える容姿をしていた。

「……光士郎くん、この後どうする?食べ物買い込んですぐ僕の家でお話兼ゲームでもいいし、今日は荷物多いかなって思って、車で駅まで来たから……長岡の観光でも少しする?」

 蒼佑はこの後のプランをいくつか提示してくれた。ぐぎゅるるる……と光士郎のお腹から大きな音が鳴り響くまで。

「……ちょっと長旅で、腹減ったんで……とりあえず何か食べたいです……美味しいものあります?」

 人間なのでどうしても空腹には負ける。観光より先にまずこの空腹を満たさねばならない。蒼佑は少し考えた後光士郎に1つ提案した。

「……イタリアンって、糸魚川にはないんだよね?ラーメンも考えたけど、イタリアンならそこの『フレンド』で食べられるよ、どうする?」

「た、食べてみたいです……!テレビでしか見たことないし!」

 光士郎は目を輝かせた。

「じゃあ決まり、イタリアンのお店案内するね」


 駅ナカの憧れのお店「フレンド」に辿り着き、メニュー表に書かれている未知なる食べ物「イタリアン」を2人で見る。

「わああ……イタリアンだ……!っていうか餃子ついてこの値段!?マジで!?糸魚川にも『フレンド』欲しい!!」

 初めて見るものに興奮する光士郎を見て蒼佑は年相応だな、と少しホッとした表情をしていた。

「イタリアンくらいなら奢るよ、光士郎くん長旅だったしね」

「ありがとうございます!」



++



「おまたせいたしました、イタリアン2つと餃子セットです!ごゆっくりどうぞ」

 大盛りのソフト麺とも焼きそばとも言えない太い麺に、茶色のミートソース……のようなもの。この訳のわからなさが光士郎をさらに興奮させる。

「はい、オレンジジュース」

「何から何までありがとうございます!……食べましょうか」

「そうだね、いただきます!」

「いただきます!」


 ……おいしい。テレビでしか見たことのない、正体が謎の食べ物であることには変わりないが、このソースと麺が絶妙なバランスで存在していて、しかも腹持ちもよさそうで、やはり糸魚川……いや上越でもいい、やはり近くに「フレンド」が欲しくなる。餃子を含め、まさにB級グルメというこのジャンキーさ、たまらなくおいしい。光士郎は空腹も相まって一気に食べ進め、気がついたらぺろりと完食してしまった。


「ごちそうさまでした」

 蒼佑も続いて食べ終わり、さてこの後どうするか、という話になった。

「この後どうする?どっか行ってみたいところある?」

 うーん、と光士郎は悩み……少し恥ずかしそうに行きたいところを蒼佑に耳打ちした。

「……別に耳打ちしなくてもいいのに!いいよ、山古志にアルパカ見に行こ!車ないと行けないもんね」

「わー!大きい声で言わないでくださいよ!!……いい歳した男がアルパカ見たいなんて、言いにくいじゃないですか……だからといって野郎2人で見に行くのも、まああれかもだけど」

 恥ずかしがる光士郎を見て、蒼佑は少しほっこりした顔をしていた。

「相方さんとはそういうとこ行かないの?」

「岬と、か……」

「岬くん、って言うんだね、相方さん」

「岬……」

 言葉に詰まる光士郎を見て、蒼佑はとりあえず店を出て山古志に向かう車の中で話をしないか、と提案した。



++



 これからアルパカ牧場に向かうことになった。駅の駐車場に置かれた蒼佑の車に荷物を置かせてもらい、助手席に乗り込む。

「助手席で平気?車狭くてごめんね」

「いえ、全然、ありがとうございます」

「それじゃ、いざアルパカ牧場!」

 蒼佑は車を発進させる。糸魚川とはどこか違う風景が広がり、しだいに街中から田園風景へと変わっていく。


 風景が変わりつつある中で、蒼佑の方から光士郎の話が聞きたいと振られた。話しにくいこともあるが、光士郎はぽつぽつと話し出す。

「……岬は、本当に俺のこと好きなのかわからないし、本当は岬はちゃんと『女』が好きで、無理して俺なんかと付き合っているフリしてるんじゃないかって」

「……光士郎くんは『男』が恋愛対象なんだっけ?」

「はい……こんなの、普通は気持ち悪い、ですよね」

「この前の通話でも話したけどさ?僕は光士郎くんのこと気持ち悪いなんて思わないし、光士郎くんの岬くんに宛てた『好き』って気持ち、それを否定したら岬くんのことも、光士郎くん自身のことも否定することになるよ?」

「じゃあ、どうしたら」

「ごめん、これから山道入るし、ちょっと運転集中する、あとでうちでいろいろ……僕のことも、話すよ」

「え?」


 そう話す蒼佑の顔は真剣さと憂いを帯びていた。

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