第11話 金原家

 金原幸平の両親が住んでいたのは、同じ大阪ではあったが、かなり京都寄りの場所にあった。

 道のいたるところで物が破壊されたり、スプレーで落書きをされている。捨ててあるゴミも多いように感じた。

 大阪の中で、かなり治安が悪い場所だと、聞いたことがあるような気がする。そんな町中を進んだ先に、目的の場所はあった。

 築4~50年は経っていそうな、階段が半壊しているマンションの4階。そこが目的の場所だった。


「話は聞いています。どうぞ中へ」

 インターホンを押すと、玄関の扉が開く。姿を現したのは、町の雰囲気とはそぐわない、ごく普通の女だった。

 ヒトミとツーショットで写っていた男と、とても似た顔つきをしている。

 年は、50を過ぎているだろうか。

 その女の案内で部屋の中に入った。

 短い廊下を抜けると、正面にテーブルが置かれた部屋に出る。そこに男が1人立っていた。

 笑顔だが、冷たい感じがする。

 中肉中背の、平均を具現化したような男。こちらの年齢も、50才は過ぎているだろう。

「幸平の父、金原太郎です」

「母の金原花子です」

 案内してくれた女が、男の隣に移動しながら、そう言った。

 太郎に花子? 

 一瞬、冗談かと思ったが、どうやら本当らしい。

「幸平のことで、どうしても聞きたいことがあるとか」

 太郎はそう言いながら、私に席を勧めた。

 私が座るのを確認すると、太郎と花子も腰を降ろす。

 私の予想が正しければ、目の前の二人は普通じゃない。けれど、ここでいきなり襲われることはないだろう。

 私がここへ来ていることは、警備会社の人間も知っている。そして、そのことを目の前の二人も知っている。

 つまり、私が今殺されれば、最初に怪しまれるのは、この夫婦に他ならない。

 だが用心に越したことはないだろう。

「いまから2年ほど前に、息子さんがお亡くなりになりましたよね」

 私は2人の様子をうかがいながら、ゆっくりと話を続けた。

「転落死だったと聞いています。思い出したくないことかもしれませんが、大事なことなので、できればお答えいただきたいのですが……」

「遠慮なさらずに、どうぞ」

 太郎は、愛想笑いのようなものを浮かべたまま言う。

 私は覚悟を決めた。

「顔は、確認できましたか? 転落で…その……顔が確認できない状態だったとか」

「顔は綺麗でした。……なぁ」

 と太郎が言い「ええ」と花子が答える。

 これで、一つ可能性が消えた。

『見間違った』可能性は消えたのだ。

 私はヒトミから送信してもらった写真を、スマホの画面に出す。

 警備員5人が肩を組んで笑っている写真だ。それを2人に見せる。

「この写真の中に、その人物は写っていますか」

「はい」

 と2人。

「では、その人物を指してもらえますか」

「はい」

 と2人は、一瞬の迷いもなく指差した。

 それは警備会社の小暮が、井出野輝喜と言っていた人物だ。

「本当に、彼が金原幸平なんですか?」

 太郎と花子は顔を見合わせた。

 30秒は沈黙があっただろうか。

 太郎が私の方を見て言った。

「……だと思います」

「『だと思います』って、どういう意味です」

 太郎と花子は再度顔を見合わせ、2人は困ったように首をかしげる。

 そして今度は、花子が言った。

「だって最近だと、幸平の顔をまともに見たのは、警察に『遺体を確認して欲しい』って言われた時くらいだし。ねぇ」

「あぁ、顔なんて、ずっと見たことないよな」

 私には、目の前の夫婦の言っていることがわからなかった。

「自分の子供ですよね!」

 夫婦は、同時に驚いたような顔をした。

 そして太郎が言う。

「自分の子供だから、愛していなくても育てたんじゃないか! 社会的に、責任というものがあるからね」

「そうですよ。無責任なことはしていません。ちゃんと食べさせて、学校にも通わせました!」

 花子が憤慨したように言う。

 おかしい。

 なんなんだ、この夫婦は!

 それとも、おかしいのは私の方なのか?

「愛していないのに、なぜ生んだんですか」

 今回の件には、全く関係ない話だ。

 関係ない話だが、聞かずにはいられなかった。

 そして、私は聞いたことを後悔した。

「生まれたら、愛情がわくと思っていたから。でも残念ながら、そうはならなかった」

「やってみるまで、わからないもの。仕方ないわよね」

 この夫婦にとって、我が子が誰であろうと、大した問題ではなかったのだ。

 例え、自分の息子として死んだ男が、実際は他人だったとしても。

「息子さん……幸平さんの写真を、見せてもらえませんか?」

「全部捨てたから、ありませんよ」

「あなた達は!!」

 湧き上がった感情を、抑えきることができなかった。

 そこまでして、自分の息子を死んだことにしたいのか。それとも別の理由か。

 いずれにしろ、これは親子ではない。例え血がつながっていたとしても……。

 けれど、私の頭に登った血を冷静にさせたのは、他ならぬ太郎の言葉だった。

「誤解しないで欲しい。幸平の物を全て捨てたのは、幸平自身なんだ」

「転落死する3日くらい前に帰ってくると、自分の物を全部処分したの」

 と花子も同意する。

 どういうことだ?

「でも、顔を見てはいないんですよね」

 私が聞くと、太郎はキッパリと言った。

「顔は見ていないが、アレは本物だよ」

 この夫婦は、死んだのが幸平ではないと知っていたのだ。でなければ『本物』なんて言わない。

「そういえば、今日が命日ね」

 忘れていた、どうでも良い出来事のように、不意に花子が言った。

 


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