第14話 女の子は宇宙からの転校生

 トミ丸君への家へと向かう途中、宇宙開発会社直営のショッピングモールのなかを歩いた。ここのお店には随時、宇宙からエアシューターでバンバン宇宙産の商品が届く。地球では買えないものが宇宙税免税で買えるとあって人気のスポットだ。


 歩を進める僕の横にはアギト君もいる。


 さっきの公園で僕が「一緒にこれから行かないか」と誘ったら、「どうせ暇だから、行ってやってもいい」と言ってくれたのです。


 シャリーン、シャリーンとクロ丸が鈴を鳴らしながら軽快な足取りで僕らの前を行く。きっとアギト君も来てくれたのがうれしいんだろう。


 僕らはわざわざ寄り道して来た目的である宇宙自販機のところで宇宙搾りたてのジュースを買って飲んだ。値段は高いけどおいしい。


 再びモール内を歩く。


 歩きながら僕らは変化球のことをいろいろ話した。


 たとえば、よく似ていて誤解されがちなスクリューボールとシンカーの違いや、スプリットフィンガーファーストボールとフォークの違いや、それから宇宙の練習場で編み出された最新変化球についてなんかを話した。アギト君は実際にそれぞれのボールの握りをしながら事細かに説明してくれた。


 野球の話をしているときのアギト君はとても生き生きとしている。


「ところでアギト君の一番好きな変化球ってなに?」


 僕はすごく興味があった。あれほどのナックルボールを投げるアギト君がどんな球を選ぶのか気になった。


「ジャイロだな」


「ジャイロってあの魔球と言われているやつ?」


「いや、オレが言っているのはただのジャイロじゃない。ブラックホールジャイロだ」


「あ……」


 僕はあのことを言おうかどうか迷った。


 でも我慢できなくて言った。


「実は僕は一回だけそのボールを投げたことがあるんだ。あれはたしかにブラックホールジャイロだったよ」


「なんだって!お前があの超魔球を⁉︎ ケッ、笑わせてくれるぜ」


 アギト君はやはり信じてくれないらしく、足を止めて笑い出している。


「本当に本当なんだよ」


「まあいいさ。ホラとラッパは大きく吹けって言うからな。アッハッハ」


 笑いすぎて帽子がズレてしまっている。 


 確かに冷静になって考えてみれば、僕にそんなすごい球が投げられるわけはない。もし投げられたとしても、夢オチがついて、なーんだ夢か、で終わるのが関の山なのです。だからアギト君に笑われるのもしかたない。ここ最近、不思議なことが連発していたせいでちょっとどうかしてたかもだ。


「ああ、よく笑ったぜ。こんなに笑ったのは久しぶりだぜ」と、帽子をなおしながらのアギト君は急にマジ顔で「トミ丸ってどういうやつなのか」と聞いてきた。


 反応するかのようにクロ丸の耳が動く。下手なことは言えない。


「ええと、トミ丸君はね、僕たちと同じ五年生なんだ。戦国時代の地下大名の末裔で地下城に住んでるんだ。そうそう、それから星のことに詳しいんだ」 


「地下ねえ、分断の時代に地下も悪くねえ。星のことはオレは余りよく知らん。宇宙に行きたいとか生物マシンは思わないようにできてるからな」


「それも安全保障上の理由なの?」


「生物マシンとは仲良くしない方がいいぜ、安全保障上な」とアギト君は皮肉を込めて言った。


「……」


「さっきの話、トミ丸ってやつのことだけどよ。ここらへんに住んでるってことは、お前と同じ第一小に通ってるんだろ?」


「えっ、……ああ、うん。まあ、そうなんだけど……」


 そこまで言って僕は口ごもってしまった。


 何かを察したふうなアギト君。


「ははん。どうやら、そのトミ丸には何か事情があるみてえだな。人にはそれぞれ事情があるもんだからな」


 アギト君はまるで熱いお茶でもすすってるかのような渋みのある表情でそう言うと、それ以上は詮索しようとはしなかった。


 そのあとは黙って並んであるいた。


 どこでも見かける掃除ロボット型覆面クローン捜索ロボットがいったり来たりしていた。クローンの脱走事件は多いし捕まるところも見たことがある。クローンの人たちがたとえ国家安定のためと言え、虐げられているのはおかしいと思う。


 ── でも……僕らは疑問を持てなくされてしまっている……。


「なんだかしんみりしちまったな」とアギト君は言って、前を行くクロ丸に「おーい」と、声をかけた。

 クロ丸が振り返ってうれしそうに鈴を鳴らしながらこっちへと来る。するとアギト君はネコが苦手なはずなのにクロ丸の頭をなで始めた。


「近くで見るとけっこうかわいい」とか「ネコってほんと猫背だよなー」とか言ってる。僕も一緒になってしゃがんでクロ丸と遊ぶ。


「アギト君、ネコ平気になったの?」


「クロ丸は特別みたいだ。よくわかんねえけど」


「よかったね」


「おい、クロ丸は左右目の色違うんだな」


「うん。オッドアイって言うんだよ」


「オレ、初めてみたな」


「うん。すごく珍しいんだ。まして黒ネコとなるともっとね」


「ほう、そうかい。遺伝学上どうであれ、オッドアイであろうがなかろうがクロ丸がクロ丸であることには変わりねぇ。気に入ったぜ!クロ丸!それはそうと、トミ丸を待たせてるんじゃねえのか?」


「あっ、そうだった。こんなにゆっくりしてちゃいけないんだった」


 僕らはすぐに立ち上がる。クロ丸も使命を思い出したようにしっぽごとしゃきっとなって急ぎ足で進み出す。その後を僕らが追う形になりかけた……そのときだった。


 クロ丸の足がピタッと止まった。


 行く手を誰かが遮っていて、それをクロ丸は見上げていた。


 見ると、そこには小学生と思われる女の子が立っていた。


 ヘアスタイルがきらきら光る宇宙ヘアだ。宇宙育ちの子に多い。宇宙時代初期に宇宙は暗いのでそういうゲノム編集が昔あった名残なんだとか。


 ミラーボールのようにまぶしい頭と大きな目はとても印象的だ。胸には宇宙組の名札をしている。宇宙から転校してきた子のようだ。火星ですごく流行った宇宙化学繊維のコートを着ている。その表情はなんだか虚ろで、じっとクロ丸のことを見ている。そしてボソッと言った。


「クロ助……あなたはクロ助なの……でもそんなはずはない、そんなはずは……」


 女の子のその目は潤んでいる。


 言われた方のクロ丸は首を傾げたまま見上げている。


 と、そこで僕の横にいたアギト君が一歩前に出て言った。


「なんだよ、誰かと思えばガールジェシカじゃねえか」


 どうやら二人は顔見知りのようだ。


 でも、その女の子は、呼びかけがまるで聞こえなかったみたいにクロ丸を見つめたまま立ちつくしている。アギト君が心配顔で「おい、どうした?何か言えよ」と、固定された彼女の視線の中に顔を割り込ませる。そこまできてようやく女の子がアギト君に気づいたみたい。


「あ、アギト君……」


「あ、じゃ、ねえよ。いったいどうしたっていうんだよ。意味深な顔しやがってよ」


 そこで女の子が素の顔になったように見えた。


「べつに……、べつになんでもないの。ただちょっと、この黒ネコちゃん、アタシが宇宙で一緒に暮らしていたクロ助っていう名前の黒ネコにそっくりだったから……」


 女の子は潤んだ目元を指で軽く拭いながらそう言うと、しゃがみ込んでクロ丸の頭をなでた。


「ふうん、そんなに似てるのかよ」とアギト君。


「うん、すごくそっくり、目の色も。手づやも、かぎしっぽも……」


 そこまで言ったところで女の子が僕に気づいたみたいで「あら?アギト君の友達?」と僕に向かって聞いた。なんて答えればいいかわからないので、とりあえず、アギト君の方を見る。


「まあ、そんなところだ」とアギト君が答えた。


 僕らは友達になったということらしい。できるときはあっという間だ。僕ら児童が支配層から思いこまされている情報とは全然違う。彼らは友達とつながることは不利益しかもたらさないと言い続けている。


(そうだ自己紹介しなきゃ)


「はじめまして。僕は黒須かずゆき。第一小の五年なんだ」


 ここ何日かで三度目にもなる自己紹介だ。板に付いてきた。


 女の子が僕に笑顔を向けて立ち上がる。


「アタシはガールジェシカ。アギト君と同じ第二小の五年生。よろしくね、かずゆき君」


「うん、よろしく。そのネコの名前はクロ丸っていうんだ」


「へえ、そうなんだぁ。クロ丸ちゃんというのね。かわいい名前。かずゆき君とこのコ?」


「ううん、ちがうよ。クロ丸はね、トミ丸君っていう……」と僕が説明しかけたところで、アギト君が話をちょん切るかのように手をパンッとたたいてこう言った。


「そうだ、ガールジェシカ、お前もいっしょに来いよ」


 いいだろ?と僕を見るアギト君。


 もちろん賛成。僕も手をたたく。


「そうだよそうだよ、ガールジェシカちゃん。実はね、これからクロ丸の住む家に遊びに行くところだったんだ。いっしょに行こうよ」


「うん、アタシも行きたいな。クロ丸ちゃんといっしょにいたいもん」


 宇宙ヘアがいっそうキラキラだ。


 鈴を鳴らして喜ぶクロ丸。


「よしっ」ともう一度アギト君が手をたたき、「じゃあ、決まりだな。いやあ、正直言うとよ、オレほそのトミ丸のこと知らねえから気まずくならねえかと心配だったんだ。ガールジェシカを道連れにすりゃ大丈夫だろう」な感じで先陣を切って歩き出した。僕らはそれに続く。


 こうして三人で行くことになった。


 トミ丸君は僕一人が来ると思っているから、二人を見たらどう思うだろうか。少しびっくりはするだろうけど、きっといい友達になれるだろうという予感があった。クロ丸は二人によくなついているみたいだし。


 まるで不思議だ。誰と誰が仲良くなるかなんてこと以前の僕には考えも及ばないことだったのに……。


 やはり僕のなかの何かが大きく変わったようだ。


 モール内のスピーカーからシンフォニーが流れていた。心地よく響くシンフォニーを聴きながら僕らは歩いた。

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