先輩がイケメンすぎる

「日向くん、文化祭の準備は間に合いそう?」

「翠」


 少し疲れたため翠と初めて会った非常階段で体育座りをしていると、どこからか現れた翠が声をかけてきた。


 あんまり何も考えずに話しかけてくるあたり、最初に出会った頃の翠を思い出させる。


「翠も状況わかってるんじゃないの?」

「ごめん、私皆に参加してくれるように交渉してるだけだから、あんまり現状はわかってないんだよね」

「ああ、そうなのか。把握してなくて悪い。準備はもう九割方終わってて、あとは練習って感じかな」


 翠は俺の言葉を聞くと、安心したような表情になった。


 翠も俺や佐藤と同じように、準備が文化祭当日までに間に合わないことを憂いていたようだった。


「危ない危ない、壁ぶっ壊した人のことしばかなきゃいけなくなるところだった」

「どういうこと!?」


 翠の突然の言葉に、俺は突っ込まずにいられなかった。


 シリアスな雰囲気の中に唐突なコメディ要素突っ込んでくるのやめてほしい。脳の切り替えが追い付かなくなるから。


「いやあ、壁ぶっ壊した人に、完成しなかったらしばくぞって言っちゃって……」

「思ったより恐ろしいことやってるんだけど?」

「そうかな?」

「そうだよ?」


 もはや翠のあだ名は絶対の女王様か何かでいいと思う。


「翠ちゃん結構恐ろしいことやってるね!」

「天野先輩」

「陽太先輩、生徒会なのに非常階段までわざわざやってきて、暇なんですか?」

「暇じゃないよ!? 一年一組がちょっと気がかりだったから中心人物を探しに来たんだよ!」

「そのエクスクラメーションマーク、疲れないんですか?」


 俺は翠になら陽太先輩の素を出してもいいと思っていたが、本人が嫌がっているのなら無理強いはしないつもりだ。


 だから、陽太先輩が普段から陽キャであるという前提でも成り立つツッコミをあえて選択する。


「疲れるね。翠ちゃんのことを信頼して話すけど、俺の根っこは全然明るくないんだよ」

「天野先輩、そうだったんですね。無理して明るくしてたんですか?」

「無理、というほどではないけど」


 無理強いしないつもりではあったのだが、陽太先輩は自らの判断で翠に自分の素を晒すことにしたようだった。


 実はあの明るさ、無理に作ったものではなかったらしい。陰キャから陽キャを目指す俺は詳しく聞きたい話だが、今はシリアスシーンなので黙っておく。


「すみません、私がいたせいでこの三人のときに素を出せなかったんですね……」

「いや、そうじゃなくて……そうじゃなくはないんだけど……」


 翠があまりにもいい子過ぎて、陽太先輩は逆に困ってしまっているようだった。その気持ちわかりますよ。


「翠ちゃんが悪いわけじゃないんだよ。俺は別に明るくやってるのも結構好きだからさ、こっちの方が気は楽だけど」

「あ、陽太こんなところに! サボってないで仕事してくれない?」

「月渚!? ちょっと待って、サボってるわけじゃないから」


 結構月渚先輩がガチで怒ってそうだったが大丈夫だろうか。突然陽太先輩が消されたりしないよね。


「ていうか、月渚先輩ってなんか翠と似た雰囲気を感じるんですけど」


 裏で言うことを聞かない生徒たちを調教してますって言われても、俺はたぶん驚かない。


「実は私、裏では生意気な生徒を調教したりしてるんだよね」

「え!?」


 マジかよ。


 驚かないって言ったけど普通に驚く。


「嘘だよ」

「……」


 嘘かよ。


「月渚先輩ってあんまり嘘とかつかないと思ってました。押しつけだったんですね」

「普段はあんまり嘘とかつかないんだけどね。テレパシーっていうか、どこかから指示されたような気がして」

「もしかして銀行口座に振り込めって言われたら振り込んじゃいタイプですか?」


 指示されたことを指示されたとおりにやるというのなら詐欺とかに引っ掛かりそうで怖い。


「日向くん、何の話してるの?」

「月渚先輩が詐欺に引っ掛かるんじゃないかって話だよ」

「月渚は俺が守るから詐欺には引っかからないぞ」


 陽太先輩は過保護だった。


 確か月渚先輩は陽太先輩とは付き合っているわけではないと言っていたような気がするが、じゃあどういう関係なのだろうか。法定代理人?


 陽太先輩は親が未成年の子に代わって手続を行う場合や、成年後見人などの法律であらかじめ決められている代理人なのか?


「陽太先輩、よく恥ずかしげもなくそんなこと言えますね」

「まあ、俺はイケメン陽キャだから」

「天野先輩イケメンすぎます」


 翠がとてつもないくらいにピュアピュアで、なんだか小学生の妹を見ているみたいな気分になってきた。可愛い。


 ふざけた陽太先輩も、実際イケメンだから何とも言えない。


「陽太、ふざけないの……」


 月渚先輩は月渚先輩で、陽太先輩のセリフを聞いて頬を真っ赤に染め上げていた。割とマジでキレててもこういうところはある。


 それが、月渚先輩は人気の所以の一つと言えるのだろう。


「陽太先輩、月渚先輩。今度遊びに行きましょう。だから陽太先輩は働いた方がいいですよ」

「一応これも仕事のうちなんだけどな……」

「はい陽太、切り替えて。翠ちゃん、日向くん、また今度遊ぼう。LINEしてね」


 俺が先輩たちと遊ぶ約束をすると、陽太先輩は顔を真っ赤にした月渚先輩に口を塞がれて連れていかれた。陽太先輩も月渚先輩も苦労してるなあ。


「じゃあ翠、俺たちも教室に戻ろうか」

「そうだね、本番までに完成度の高いものを作り出さなきゃいけないから」

「陽太先輩や月渚先輩と遊ぶの楽しみだなあ」

「私も行くからね!」

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