第三章 文化祭

虚しい虚しい文化祭準備

 体育祭が終わってからの俺たちに、文化祭準備が始まるまでに少したりとも猶予が与えられることはなかった。


 文化祭はクラス活動の要素が強いためだろう、体育祭準備の頃とさほど変わらないか、それ以上の活気が一年一組を包んでいた。


 だが、俺は少し物足りなさというか寂しさを感じていた。


 クラス内は盛り上がっているが、翠も太陽や他の陽キャは同じクラスではないし、三年八組の先輩たちもいない。


 佐藤はこのクラスではあるが、逆に言えば俺がこのクラスで特に仲良くしている人は佐藤くらいだった。


「影山、暇ならこっちの手伝いしてくれよ」

「暇じゃないな、考え事で忙しい。でもまあ手伝うことは手伝うよ」


 うちのクラスは議論に議論を重ねた結果、最終的には投票結果によりお化け屋敷の制作をすることとなった。ちなみに俺は無投票だ。


 一応、文化祭を翠と一緒に回るという約束は既に取り付けておいたが、それでもあまり楽しくはなかった。


「おいおいぼーっとしてんじゃなねえよ、集中しろ。陰キャかよ」

「うるさい黙れ、俺は間違いなく陰キャだよ」


 冗談めいた風に言ったが、今の俺は完全にネガティブ思考の陰キャに堕ちていて、少しは陽キャみたいになっていた外面ももはや剥がれ落ちていた。


 とはいえ文化祭の準備が始まったからといって、翠や他の陽キャたちと会えなくなるということはなく、今日も陽キャたちと帰る約束をしていた。


「湊、文化祭まであと二週間だから、それだけ待てば打ち上げできるね」


 太陽が話を振る。


 陽キャグループの中でも打上は打ち上げ大好きというキャラで受容されているようだった。


「俺も湊のせいでそろそろ打ち上げが恋しくなってきたかも」

「佐藤もなのかよ、ってことは打ち上げ大好きが二人に増えたから頻度も二倍?」

「財布が大打撃を受けるからやめて?」


 佐藤も打ち上げが恋しくなってきたという言葉に俺が突っ込むと、古月も話に乗ってくれた。


 陽キャというのはノリと勢いだけで生きているようなものなので、適当に喋っていれば受け入れられるし、ついてきてくれる。


 翠と一緒にいる時も大体同じ感覚で喋っているので、翠は根っこからの陽キャなのかもしれない。


 どうやらクラスにも転校してすぐに馴染んだようだったから、本物の陽キャなんだろう。


「よっしゃ、じゃあ打ち上げに使う店もうワンランク上げよー!」


 打ち上げが楽しみでたまらないといった様子で拳を突き出した打上を見て、俺と、その場の陽キャたち全員が同じように拳を掲げた。




 豪華な打ち上げがかかっていると考えると少し文化祭準備をする気にもなってきて思考もポジティブ方向へ転換した。


 高校生が作るお化け屋敷でもどうせならクオリティの高いものにしようと、積極的に力不足の部署のカバーを回って、クオリティを底上げする。


 俺一人でクオリティを引き上げるというのは無理に等しいともいえるが、幸いなことにほかの生徒たちも文化祭に対する熱意はあるらしかった。


 見る見る間に製作は進んでいき、文化祭一週間前までの間で見せられるお化け屋敷が完成した。


 お化け役のメイクも、美容系が得意な生徒がたまたまクラスにいたので彼女がカバーしてくれた。なんと運のいいことだろう。


「今日はこれで解散にしようか、明日は製作したものを改修するから、改善点考えてきて!」


 俺の知らないうちに決まっていた学級委員が主体となって文化祭準備は進んでいった。


「日向くんのクラスは、文化祭の準備進んでる?」

「俺のクラスはもうほぼ完成して、あとは見直しと当日に向けた練習って感じ。八組はどう?」

「八組はねえ、悪原くんがまた手を抜いてたから注意したら、能力不足ながらもやる気を出してくれたんだよね」


 さすがの翠でも生徒の能力を底上げすることはできなかったようだった。


 ということはリレーの時に見せた悪原の実力は自分のものだということになるが、それは置いておいて。


「それにしても悪原、この期に及んで手を抜いたのか……懲りないな」

「でも働きすぎもよくないから注意するのも骨が折れるんだよね。私以外の人が注意しても全然聞いてくれないし」


 翠は上手く悪原を扱いながらも、苦労しているところもあるようだった。


 俺と違って翠は文化部だから、クラスの中で準備を主導しているという立場にいるのかもしれない。


「八組は何を作るんだ?」

「クラス会議の結果、話せないことになっちゃったんだよね。日向くんはどうなの?」

「俺のところは別に話してもいいんだって、一組はお化け屋敷の制作だよ」

「お化け屋敷かあ、文化祭を回るときに一緒に行かない?」

「俺は種が分かってるからパス」


 種が分かっていて怖くないもの二選、一つ目お化け屋敷そして二つ目が手品。


 ほかにもあるだろうけどぱっと思いついたのはこれだけだったのでそういうことにしておく。


「私のクラスは種が分かってても面白いものだと思うから、一緒に行こうね」

「そうだな、まだ何をやるのか俺は知らないけど、翠がそう言うならたぶん大丈夫だろう。あと、翠は現代なんちゃら……サブカル部のやつもあるの?」

「展示はあることにはあるんだけど、大したことをやる予定はないみたい」


 常識的に考えて、サブカル部の出し物が何かと言われてもあまり印象が強くないし、わからない人が多いだろう。


「でもまあ、翠も関わるんだったら見に行こうよ」

「見るだけね」

「なに、翠は自分の部活のことが嫌いなの?」

「いや、全然そういうわけではないんだけど」


 そう言いながらも翠は不安そうな表情をしていた。ではどういうことなのだろうかと疑問に思う。


 そこで翠はタイミングよく言葉を継いだ。


「なんというか、活動内容に自信がないって言うのかな、あんまり大した活動をしてないから」

「あんまり大した活動をしてないとか言うな、帰宅部の俺に失礼だろ」

「確かに」


 俺の言葉を受けてけらけら笑っている翠を見ていると、俺もだんだん元気とやる気が出てきた。

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