応援団員の闇をつかさどる者

 皆大好き体育祭のための全体練習が、体育祭が開催される一カ月ほど前から開催され始めた。


『じゃあ赤組の皆、一年から順にグラウンドへ移動してね! 剛は今日休みだけど頑張ろ!』


 陽太先輩が、俺の中の彼のイメージとは全然違って、星とか顔の周りに飛ばしてそうなトーンで放送した。


 とても屈強で、体調など絶対に崩しそうもない武田先輩が欠席ということで、何か他に用でもあったのかもしれない。


 応援団員である俺たちは既にグラウンドに来ていて、赤組の生徒たちがこっちへ向かってくるのを案内する役割を授かっていた。


 順路を示すという性質上、応援団員は等間隔で配置されるため、校舎側から太陽、翠、俺の順で並んでいた。


「翠、最近太陽の様子おかしくない?」

「え、そうかな?」


 翠はあまり気づいていなかったらしい。話しかけられる本人は気づきづらいのか、または俺は太陽が翠に接するとおかしいと思っているが本当はそうではないのか。


 あとは単に翠が天然なだけだという線もある。翠が天然なだけの線もあるというよりは、翠が天然なだけの可能性が高いと思う。


「なんか、翠に話しかけるときだけガッチガチなんだよ」

「そうなんだ……。なるほど、今考えてみればそんな感じがするような」


 ここで太陽が翠のことを好きだと思うと翠に言うか迷ったが、他人に勝手に気持ちを伝えられたら俺だったらぶちぎれるのでやめておくことにした。


「あ、赤組の皆さんはこちらです」


 話しているうちに、陽太先輩のキャハキャハ放送を聞いた赤組の生徒たちが次第にやってきた。


『赤組の移動がもうじき終わりますので、白組の皆さんもご準備をお願いします』


 今度は月渚先輩の放送が入った。陽キャの姿の陽太先輩とは正反対の、真面目な雰囲気を醸し出している。


 どこか遠くから、男子たちが吠えるような声が聞こえた気がするが……白組の男子に違いない。


「月渚先輩の人気、すごいな」

「ああ、今の叫び声、月渚先輩のファンクラブなのかな」

「ファンクラブ!?」


 月渚先輩の人気がすごいことはわかっていたが、ファンクラブがあるのは聞いていない。月渚先輩も話してくれなかったし。


 いや、月渚先輩はこういうこと自分から話すタイプではなさそう。


 そう思いながら、喋りつつも積極的に赤組の生徒たちを誘導している翠の手伝いをする。


 これじゃあ俺と翠の立場の差が明確になっているようにも思えるが、俺と翠は一応立場は同じはずだ。


 俺ももっと積極的に仕事しなければ。


 そんな中、明らかにやる気のなさそうな生徒が、走れという指示を出しているのに対して歩いてきている。


 俺的には彼の気持ちはまあまあわかるが、応援団員の仕事として念のため注意はしておかなければならない。


 名前を確認しようと体操服を見ると、そこには一年悪原の文字。


 いかにも不良的な活動をしていそうな生徒がやってきたな、俺には手に余るかもしれないと言いつつ声をかける。


「あの……」

「悪原くん、申し訳ないけど、走ってくれるかな?」


 俺が声をかけようとするのと同時に翠が優しく告げた。


「なんで?」


 悪原が反抗的という表現すら生温い、もはや殺意すら感じる声で翠に返答をした。


「ごめん日向くん、この場は任せていいかな」

「いいけど、翠は大丈夫なの?」

「大丈夫、悪原くんはクラスメイトだから」


 三年八組は奇跡のクラスみたいだが、一年八組も俺にとっては結構印象強いクラスになるかもしれない。


 よく悪原みたいな反抗的な生徒と仲良くやっていけたなと考えつつ赤組の生徒たちを案内していると、彼ら彼女らは徐々に白組の生徒たちに置き換わっていった。


 白組の生徒たちを案内しながら翠を待っていると、やがて通り過ぎる白組の生徒たちは徐々に減っていった。


 そして、第三回体育祭練習の開会式が始まった。翠はまだ帰ってきていない。


『今日は武田実行委員長が欠席ですが、彼がいなくても出来るということを見せつけてやりましょう』


 副実行委員長が言葉を締めくくり、いざ体育祭練習ということで、赤組は学年ごとに集まることとなった。


「日向、翠さんはどこに行ったの?」

「悪原っていう生徒と二人で話をしているらしい。走れって言っても走らなかったから」

「悪原か……。あいつはめっちゃ悪名高い生徒だな。で、それいつから?」


 俺は時計を確認した。


「十五分前ぐらい?」


 悪原が来たのは赤組の生徒たちのうちの終盤で、赤組の生徒たちの移動開始が二十分前、全校移動完了が十分前だったから、そのくらいでいいはず。


「長くね?」

「長いけど、太陽は学年リーダーだからとりあえず翠のことは後にして練習を始めないといけないだろ」

「じゃあ人手は俺たちだけで足りるから、日向は翠さんの方見てきてくれる?」

「わかった」


 太陽からのお告げで、というと天体の方の太陽が夢枕に立ってきたのかと思うが、翠を探すという任務が俺に付与された。


 とはいえ、翠を探すといってもグラウンドは結構開けているので、ちょっと高いところに登れば簡単に見つかるだろう。


 そう思っていると、堂々とこっちへ向かってくる翠と、しょぼくれた様子の悪原が視界に入って、俺はそっちへ寄って行った。


「翠、悪原に何したの?」

「大したことは何もしてない! ちょっと改心してもらっただけだよ!」

「改心!?」


 悪原は同学年では悪名高いと太陽が言っていたが、それをどこからどこまでかはわからないが改心させてしまった、と。


 いったい何をしたんだろう。


 翠はキャラが天然なので自分でも気が付かないうちにえげつない精神攻撃とかを仕掛けていてもおかしくない。


 俺は悪原のことが心配になった。


「ごめん悪原くん、先に行っておいてくれる?」

「もちろんです」

「なんで敬語なの!?」


 翠の恐怖というか闇というか、そういうものを感じざるを得なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る