【神シンギュラリティ】A Iに愛する下町を乗っ取られたわりに平和だったけどあとからヤバくなってきたから小学生メンバーだけでなんとかしようと思う

ブロッコリー展

第1話 僕の大好きな下町

「な、何者じゃ」


 金ピカ羽織の悪代官がバタンッと勢いよく障子を開ける。月夜に何かの気配を感じたのか、屋敷の庭を見廻す。どうやらフクロウのホーホーという鳴き声以外に特に変わった様子もないようだ。


「気のせいか……」と首をかしげながら障子を閉め、振り返った悪代官は「わっ」と、おののく。視線の先には四人組の剣士が立っていて、皆が伏し目兎のお面をつけ、顔を隠している。


「な、なんだお前らは」


 まっ青な顔で後ずさる悪代官。


「では何者かお答えしてしんぜよう」とリーダー格の着物レッド。

 ここから、四人が織りなす流れるような名乗り口上が始まる。着物の色でイエロー、ブルー、グリーン、そしてレッドの順だ。


「滅びぬ悪を滅ぼすために」


「叶わぬ平和を叶えるために」


「白黒つけます、裁きます」


「勧善懲悪、おかわり自由──天下無双の『四天王侍』とは、オレたちのことよ」


 バッチリとポーズも決まり、時代劇特有のカァーという力強い効果音も入る。


「なんだと、お前らがあの四天王侍とは……、うぬぬ、ええい、くせ者だ、みなの者、であえ、であえーい」


 悪代官のその大声に屋敷中から手下の者たちが一気に集まってきて、スクリーンの中はそのまま本格的な大殺陣シーンへと展開する。刀と刀が激しく打ち合わされ、屋敷のあちこちで勃発のバトルをなめるようにカメラが拾っていく。


 激戦の末に四天王侍は、手下の者どもをなぎ倒し、残るは悪代官ただひとり。


 にじり寄る四天王侍。


 追いつめられた悪代官は、そこで悪代官の鑑とも言えるくらいの往生際の悪さを見せる。


「ちょ、ちょっと待て、タンマ、タンマじゃ、わしがいったいお前らに何をしたと言うんじゃ、ああ、そうだ、この小判、好きなだけ持っていくがよい。だから、な、な」と、平伏したり手を合わせたりだ。


「ふん、小判だと、そんなもの要らねえな。オレたちが欲しいのはただひとつ、貴様の命さ、その理由はこのオレ達の素顔を見ればわかる」


 着物レッドがそう言うと、四天王侍の四人全員が一斉に兎の面をとった。彼らの素顔がここで明かされる。どれも銀幕の大スターたちが演じている。その顔を見た悪代官が目を丸くする。


「お、お前らは、あの時の町人……」


「そうよ悪代官、この町での貴様の悪行の数々、しっかりとこの目に焼きついているんだぜ」


 二本の指で自分の目を指しながら、サブリーダー格の着物ブルーが一歩前に出る。


 着物イエローと着物グリーンはここでは刀の構えだけで、セリフはないみたいだ。


 ドタン、ドタン、と襖を奥へ倒しながら「た、助けてくれー」と背を向けて逃げる悪代官。


 すでに四天王侍は必殺技を繰り出す姿勢に入っている。

 

「逃げても無駄だ、悪代官。剣神の万雷落つるままに成敗いたす」


 たぁーっと四人が一斉に高くジャンプ。そして遂にでるのか、でるのか……でたー!


 必殺の四重奏斬りだー。


 四本の刀が勢いよく宙を走り、凄まじい唸りの剣風けんぷうの嵐を巻き起こした。


「うわあー」と大げさに悪代官が倒れるのと同時に刀をスッと鞘に納める。


 ここであの有名な決めゼリフ。


「地獄の底で月に詫びてな」


 決まった。決めゼリフは決まるためにある。


 ついに悪は倒れたのだ。


 ジャジャジャジャーン。愛と感動の音楽をバックに四天王侍が、川沿いの柳道を満月に向かって歩いていく。その、仕事を成し終えた男たちの後ろ姿にエンディングナレーションがかぶさる。


〈こうして街に平和が戻ったのでありました。

 ああ四天王侍、明日はいずこで闇を斬る。

 三千世界を東へ西へ。

 彼らの戦いはまだまだ続くのであります〉


 泣かせるテーマ曲とともに映画が終わり、会場内に拍手が湧き起こる。薄暗い会場の中央でプロジェクターが青白い光を放っている。


 頃合いを見計らって僕は閉め切っていたカーテンを開けて、午後の日差しを取り込んで明るくする。みんながまぶしそうにこちらを向く。今日は五十人程の参加者で大入りだ。


 ここは僕の住む人情下町にあるコミュニティセンター。今日は月に一度の『シルバーふれあい映画鑑賞会』の日。近くの小学校に通う僕は、そのお手伝いをしているところ。会場の設営、撤収、お菓子配りまでなんでも手伝っちゃう。大好きな映画が観れて、おまけにみんなから喜ばれるなんて、ポイント二倍キャンペーンの十倍くらいお得。


 僕は入り口付近の受付カウンターへ移動すると「はい、では、みなさんにお貸ししたグッズを回収致します。こちらまで持って来て下さーい」と、手でメガホンを作って声を張る。


 この会ではシルバー世代の参加者の方々に快適に映画を楽しんでもらうために、凝りを軽減する首サポーターや腰ケア無重力クッションやストレスフリー老眼鏡の貸し出しも行っていて、その回収作業も僕の役目。だけどまだまだみんなは映画の余韻に浸っていたり、仲間同士で近況報告をしたりで忙しそう。あんまり僕の声は届いてないみたい……。


 飛び交っている会話の内容もだいたい健康に関することで占められてるようだ。


 例えば「いやー、血糖値下がっちゃったんだけど、尿酸値上がっちゃってさー、へへ」と誰かが言えば、「ここの病院の先生は良くて、あそこはやめとけ」や、「ちゃんと記念に自分の胆石もらってこなきゃだめだぞ」といった、もはや何の忠告かわからないものまで健康のこと一色だ。


 シルバーふれあいが目的の会だからおしゃべりが長くなることはすごくいいことなんだけど、施設の利用時間の限度が迫ってきていて、いっしょに横に並んでいる主催スタッフの人たちが少し心配し始めている。なんか気まずい。


 でも、そこへ、とびきり人懐っこい顔のあの人がカウンターの前へ登場した。『一番最初に現着します』がモットーの人情タクシードライバー、現さんだ。やっぱり今日も一番最初に返却しに来てくれた。他のみんなにも早めの返却を促してくれている。トレードマークのカッコイイ紺色の制帽を被り、シワひとつないブレザーでビシッと決まっている。そしていつものごとく現さん節で僕に一言。


「これはこれは、下町のユニコーンこと、カナメケイマ君じゃあーりませんか。本日もお手伝いご苦労様であります」と脱帽して白髪をのぞかせる現さん。


「なにそれ? なんで僕がユニコーンなのさ」と僕。


「それはつまりユニコーン企業のように見込みがあるってぇことよ」


 笑うと細めた目が顔のシワとほとんどいっしょになってしまう現さん。


 なんかよくわからないけど褒められたってことでいいのかな。


「それはそうと現さん、どうだった? 今日の映画」と僕は、お客様満足度もついでに調査。


「どうもこうも最高よ。往年の大スターたちの名演技もさることながら、町を悪者に乗っ取られそうになって、でも何とかやっつけてよ、再び町に平和が戻るっていう泣ける展開がよ、自然とあの頃の日々と重なるんだよなあ……」


 なんだか現さんの頭の上にポワポワポワとマンガの雲形フキダシが浮かんでいるかのよう。その現さんの言う『あの頃』とは、都市改造の名のもとに策定された住民無視の無茶苦茶な再開発計画にこの町が巻き込まれていたあの頃だ。立ち退き業者との長い長い闘いや、町を挙げての再開発反対運動に若かりし現さんたちが熱く血を燃やしたあの頃……。


「ほんと思い出すねえ」と、いつの間にか現さんのまわりに人が集まる。


「あの頃はみんな若かったしなあ」


 何人もの歴戦の雄たちは互いに肩をたたき合っている。今日のこの会に参加してくれた人たちは、みんながそもそも町の闘いの歴史の生き字引でもあるわけだ。


「オレ達はずーっとこの町を守ってきたんだもんな、な、な」


 現さんたちは若かったあの頃のように肩を組む。その様子をおばあちゃんたちがほほ笑みながら見ている。


 僕がこうやってお手伝いをする最大の理由は、実は町を守ってくれたみなさんへの感謝の気持ちからなんだ。今でもまだことあるごとに再開発の話が持ち上がったりしてあぶなっかしいけど、現さんたちの熱い気持ちは僕らの親たちに当たる世代にも確実に引き継がれている。


「まさに四天王侍だね」と僕。


「おうよ、悪いやつは、たたっ斬ってやる」


 現さんたちはスクリーンの中の必殺技の動きを真似ている。


「かっこいい! まだまだ現役だね」


「あったりめぇだ」と一斉にみんな。


 すっかり気分が高まったところで現さんと戦友たちは、「よーし、人手不足の世の中だ。我々シルバー世代がどんどんパワフルに働いて、活躍するぞい。いざ、ゆかん」と、明日の方向を指差しながら、意気軒昂いきけんこうと会場を後にしていった。


 うん、現さんたちがいればこれからも町は安心だな。


 逆にいっぱいの元気をもらってしまった僕は、お返しのつもりで、最後までお手伝いに励んだ。

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