11 波乱の自己紹介

 部屋から出られないと分かっても不思議と気分が落ち着いているのは、横に座る男の子のおかげだろう。

 どこか時代がかったような言動もだけど、この状況にも動じずどっしりと構えていて、どこか老成されたような雰囲気を感じさせる。

 やはり、人とは違う存在──神様なんだろうな……と思う。


「あー、自己紹介だったな。俺は繰形栄太……」

「待て、待て」


 いきなり自己紹介を止められてしまった。


「ん? どうかしたか?」

「いやなに、そのように思念を垂れ流しにしておっては、他のモノが騒がしくて敵わんぞ」

「思念……を、垂れ流し……?」

「なんじゃ、気付いておらぬのか? いや、使い方を知らぬようだな……」


 子供が言うには、どうやら俺は、常に拡声器を使って大声で怒鳴り散らしているような状態だったらしい。

 つまり、この領域──隔離世というらしい──に存在する全てのモノに向かって、強い思念波を飛ばしていたのだ。


「なあに、簡単なことだ。伝えたい相手だけに思念を絞ればいい。それにもう少し出力を……そうだな、半分ぐらいにすれば良かろう」


 そんなことを言われても、やり方が分からない。

 なので「なんじゃ、仕方ないのう」などと言われながら、子供に教えて貰った。


「悪い、いきなり手間を取らせたな」

「なあに、構わぬよ」


 そう答えた子供は、何だか楽しそうに俺を見つめ、ちゃんと出来ているとばかりに、大きくうなずいた。


「じゃあ、改めて自己紹介だな。俺は繰形栄太。人間だけど土地神と契約していて、神使しんしという名の雑用係をやっている」

「ほう、神使とな? それが、なぜこのような場所に?」

「このようなって言うと、やっぱり普通じゃ来れないような場所なのか?」

「そうだな。魂や精霊は、隠世からは出られぬはずだからな。ここはたぶん、魔界から分かたれた隔離世のひとつ……といったところか」

「えっ? 魔界!? 精神世界や視界とは違うのか?」

「いや、違わぬよ。隠世も魔界も、それに天界もだが、精神世界の一部だな」


 つまりは、世界には現実世界と精神世界があって、その精神世界には、かくりよ、魔界、天界などがあるようだ。

 ついでだからと、この子供から精神世界のことを軽く教えてもらった。

 そういえば前に……たしか優佳からだったと思うが、世界樹システムについて説明を受けたような気がする。

 たしか、魂や精霊は、世界樹システムで輪廻転生を繰り返すのだと……

 だけど、ここは魔界の一部らしい。

 魂は世界樹システムである隠世から、勝手に抜け出すことはできない。だから、何らかの手段で悪魔に連れてこられたんだろうと、子供は教えてくれた。


「そういや、最後に鳥の姿をした悪魔っぽいのに会ったな。たぶんそいつに連れて来られたんだろうな」

「なるほどな……やはり攫われてきたのだな」


 慌てなくてもシズナたちが助けに来てくれるはずだと思っていたけど、こうなってくると話が変わってくる。

 わざわざ攫ってきたということは、そう簡単には見つからないってことだろう。

 だったら、こちらから動いたほうがいいのかもしれない。

 ちなみに、壁抜けも試してみたけどダメだった。


「俺のことを幽霊だと思ったみたいだけど、幽霊なら自由に来れたりするのか?」

「いや、そんなことはないが……。幽霊は、強固な意思で自我の崩壊を免れているような存在だからな。隠世を離れても多少は持つし、そのせいで悪魔に狙われやすいのだよ」


 よく分からんが、そういうものなんだろう。


「ここって、そんなに危険な場所なのか? ……って、そういや魔界なんだよな。俺、こんなとこに居て、平気なのか?」


 なんだか魔界って感じがしないし、監禁されてはいるものの、何か危害を加えられたって感じもない。

 だけど男の子は、目を閉じて小さく首を横に振る。


「まあ、長居はせぬほうがいいだろうな。とはいえ、その感じだと、すぐにどうこうなることもなさそうだが。……いや、身体のほうが先に参ってしまうかもしれんな」


 子供が言うには、俺の身体は魂が抜けた状態になっているらしい。それでも多少は魂の残滓が残っているので、しばらくは大丈夫だろうということだ。でも、この状態が長く続くと身体が衰弱して、いずれは死を迎えることになる。


「そういえば先ほど、なぜ触れられるのかと訊ねておったな」

「ああ。なんせ、他人の魂に近付いた時、そのまま中に吸い込まれたことがあって。あの時は、かなり危険な行為だって神様に思いっきり心配されたから……」

「それはそうであろう。魂は、ある意味水の入った風船のようなもの。風船が割れれば中の水が飛び散り、他の水と混ざってしまえば元の水風船に戻すのは……絶対に不可能とは言わぬが難儀極まるだろうな。たとえ風船を完全に再現できたとしても、中に入っておる水が少しでも違えば、それは別ものだからの」


 やばい。この子が何を言っているのか、分からない。

 この状況じゃなかったら、胡散臭い新興宗教の勧誘だと思って無視するところだ。でも、たぶん俺に何か、重要な事を伝えようとしてくれているのだろう。


「……いわば、水風船が魂ならば、水が自我であり、風船が意思というわけだ。肉体が魂を失えば衰弱するのと同様、魂も肉体を失えば意思が薄弱となり自我が崩壊する。それを、肉体を失ってもなお強固な意思で自我を留め、魂を維持しているのが幽霊という存在だ」


 この子の説明を聞く限り、今の俺は、肉体と魂が分かたれた状態になっていて、この状態が長く続くと肉体が衰弱死するらしい。

 それに、魂のほうも肉体という制約を離れて生霊となったことで、自他の境界が希薄に……つまり、いつ水風船が破裂してもおかしくない状態になっているようだ。

 本来ならば、現役の魂が隠世──世界樹システムの制御を離れれば、自他の境界を失って崩壊してしまう。だけど、幽霊のように、強固な意志で魂の形を保っていれば存在し続けることができる。

 どうやら俺は、その強固な意思というものを備えているらしい。

 神様と契約を結んで神使になったからか、何度も精神世界に潜って慣れたからかは分からないけど……


「だったら、もっと意思を鍛えれば、魂の状態でも相手に触れることが出来るってことだよな?」

「まあ、そうなのだが……」


 俺としては、自衛のための技術を磨こうと思っただけだが……

 男の子はブラブラと揺らしていた足をピタリと止め、呆れた様子で俺の顔を見つめた末に苦笑する。


「現状でも十分に人間離れしておるというのに、お主ときたら更なる高みを目指すと申すか。何とも愉快な奴よの」


 高みを目指すつもりは欠片もないが、役に立つ技術があるのなら、できるだけ習得したいと思う。

 ともあれ、これで俺の事情は話し終わった。


「俺のほうはこんなもんだな。次はそっちの話を聞かせてもらえるか? まさか、ここの主ってわけでもないんだろ?」

「ほう、なぜそう思った?」

「いや、だって、どう見ても悪魔じゃないからな。それに、その気配からは神様に近いものを感じるし」


 ふむふむと何やら考えつつ、子供は自分の姿を確認している。


「どうやら、そのようだな」


 その言い方に微かな違和感を感じたが、それよりもまずは……


「先に自己紹介をしてもらってもいいか? やっぱ、名前ぐらいは知っておかないと、呼ぶのに困るからな。あー、俺のことは栄太って呼んでくれ」

「ふむ、栄太だな」


 なぜか子供は、そこで口をつぐんで考え込み始めた。

 まあ、初対面の人間相手に語れることは少ないのかもしれない。信用されてないってこともあるだろうが、禁忌とかもありそうだ。

 ようやく心の整理がついたのか、子供は自虐気味に苦笑すると……


「悪いな、栄太。どうやらワシには、自分に関する記憶がないようだ」


 バツが悪そうに頭を掻きながら、そう告白した。

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