08 竜騎兵

 スピナーの腹の中で、裸にひんかれて朝を迎えたレイナード。全身に血と獣臭さがこびりつき、服と顔を洗う。


 肌着だけはなんとか履いているが、動いていようが寒さで奥歯を震えさせる。


 その間、スピナーの背に残った薪を集めてディアナは手際よく火をつける。その仕草は石弓いしゆみで倒れる前の日と同じである。


 震えながら飛び散る火の粉に騒ぐレイナード。


 ディアナは持ち前の力で地竜の屠体とたいを転がして、分厚い皮を剥ぎ取る。ひと仕事終えると、鍋に雪を入れて湯を沸かし、地竜のふとももの肉をくり抜いた。


ディアナ「これを朝食にしよう」


レイナード「服を着ろ! せめて下着を」


ディアナ「育ちがいいと小うるさいな」


 ディアナはレイナードの小言を皮肉って笑った。しかしレイナードはそんな侮辱にもまったく反応しない。


レイナード「…これからどうしたらいい?」


 頭を抱える。


ディアナ「私に思考をゆだねるのか?」


レイナード「そうじゃない…

      そうじゃないが…

      どうすればいい?」


ディアナ「まずはごはんだ。

     腹が減れば思考はにぶる」


 ディアナは荷物の中から余っていたパンを投げつける。当たるとやはり石のように痛いのでレイナードが半泣きで騒いだ。


 食事を終えるとレイナードは、半乾きの服で薪を集める。雪の重さで折れたばかりのものは使えない。雪ばかりの土地で、乾いた木を探すのは難しい。


 薪を探していれば考えが整理されると思っての行動だった。冷え切ったスピナーの腹の中で、きょうの夜を越えるのはもう難しい。それにディアナが毛皮を剥いてしまっている。


 歩いて街へ向かったところで、まだ雪が深く足元が悪い。夜までにたどり着けるかも怪しい。


 ディアナは川岸で、スピナーから剥ぎ取った皮にこびりついた脂や肉を取り除き、毛皮を作ろうとしていた。


レイナード「毛皮なんか作ったところで

      ひと晩越えられるものか」


 その上、毛皮は丸一日掛けて完成するほど容易なものでもない。非現実的な行動に不満が声に出た。


レイナード「あいつが、天竜だなんて――」


 雪の上を大きな影が走った。空を見ると1頭の飛竜。


レイナード「昨日のやつか!」


 見上げたところでまた石弓いしゆみの矢が飛んできた。矢は隣の木に突き刺さる。


レイナード「まずいっ! ディアナ!」


 林に逃げ込み、川沿いを走る。雪の中では上手く走れないが、相手も林の隙間に飛竜を飛ばすことはできない。


レイナード「ディアナー! 敵だっ!

      早くっ、隠れろぉー!」


 息も絶え絶えに叫ぶ。川にいれば空から見つけやすく、見つかるのも時間の問題だ。


 しかし手遅れだった。


 偵察の飛竜はすぐにディアナを見つけ、第2射を放った。だがディアナの行動はそれよりも早かった。


 天高く跳躍し、飛竜の頭をゆうに越え、竜の太い首をじ折った。搭乗していた竜騎兵は放り出され、岩に身体を叩きつけられる。


レイナード「ディアナ!」


ディアナ「うるさい!

     わめくと連中にまた見つかる」


 竜騎兵は岩の上で、虫の息であった。


ディアナ「こいつ、どこの誰かわかるか?」


レイナード「知るわけないだろ」


 しかし、服装を見ても、汎用はんよう的な防寒着であり、国を示すものも見当たらなかった。


ディアナ「傭兵ようへいか?」


レイナード「おい! なんで俺を…

      我が国を狙った」 


ディアナ「私も狙われたが?」


 竜騎兵は右腕と背骨を強く打ち付けて、肺を損傷するほどの重症を負っている。


竜騎兵「はぁ…誰だ…お前は…」


ディアナ「元気なやつ」


レイナード「王子のレイナードだ。

      貴様はどこの所属だ!」


竜騎兵「死にぞこないの…王胤おういんか…」


レイナード「国は! 王はどうなった!」


竜騎兵「ははっ…がはっ…」


 昨日のディアナと同じように竜騎兵は血を吐き続け、白目をいてもはや息をするのも難しい様子であった。


ディアナ「楽にしてやってもいいが、

     こいつはこのまま川に流せ。

     事故死を装えば捜索はされまい」


レイナード「でもなっ!」


ディアナ「感情的になっても

     なにも解決しない。

     荷物はありがたくもらっておこう」


 死んだ飛竜の背負っていた竜騎兵の荷物には、兵士と飛竜の糧秣りょうまつがあった。


ディアナ「やっぱり鶏肉があるな。

     それに変なパンだ」


レイナード「干し葡萄ぶどうだ。南部人か…」


ディアナ「飛竜を使役してれば、

     それくらい誰だってわかる。

     干し葡萄ぶどうなら我らの国でも

     食ったことあるだろう。

     それに高かったぞ」


レイナード「軍のパンに入れるなんて、

      金があるのか」


ディアナ「土地柄で安く手に入るだけだ。

     毛皮作りもいてきたし、

     そろそろ雪の家でも作るか。

     おい、レイナード。薪は集めたか?

     私はちゃんと食料を手に入れたぞ」


 レイナードは瀕死ひんしの兵士を、言われたとおり川に落とした。


レイナード「俺は報復すべきか…」


ディアナ「レイナードがそうしたければ、

     勝手にすればいい」


レイナード「なら協力してくれ、ディアナ。

      お前は天竜なんだろ?」


 飛竜よりも高く跳躍する能力があれば、まだ若いレイナードでもその願いは簡単に叶えられる気がした。しかし、ディアナの返事はレイナードの望むものではなかった。


ディアナ「いやだね」


レイナード「なんでだ?

      あいつらはスピナーのかたきだろう」


ディアナ「スピナーはちゃんととむらった。

     他者の死をお前の都合でもてあそぶな」


レイナード「それは…すまない」


ディアナ「それに、つまらないだろ。

     人間同士のケンカなんて」


レイナード「つまらない…?」


ディアナ「そうだ。お前らはつまらない。

     殺し、殺されをいつまでも

     ねちねちと繰り返す連中だ。

     無能なお前なんて

     ここに捨て置いて、

     いっそ他所の国で竜屋として

     過ごしていたほうがマシだ」


 岩に腰掛けて頭を抱える。ディアナの言う通り、レイナードは思考を他者にゆだねている。知りえない相手への報復も、皮相ひそう模倣もほうである。

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