第11話「思う存分 友達になろうじゃないか」(CV:櫻井ヒロ)

「了解した」




 滅多に開かない糸目をくわっと見開き、差し出された右手を、ヴィエルは躊躇うことなく両手で取って包み込んだ。


「あっ、あの、私、東のド田舎の生まれで、その、都会での暮らしとか全然わからなくて、その、誰かに都会生活の勝手とか訊けたらなってずっと思ってて……えっ?」

「了解した。それどころか快諾した。俺たちは友達、ね?」

「えっ」

「いやむしろこっちからお願いするよ、友達。まずはそこから。ゆくゆくは友達以上恋人未満に、ね?」


 ヴィエルがこれぞCV:櫻井ヒロのキャラクターと言える、物凄く冴えた声と顔で言うと、矢鱈と可愛い子がぱあっと笑顔になった。


「えっ……いいんですか!?」

「いいとも。心から、いいとも。僕らは友達だ、いやそれどころか親友だ。同じ釜の飯を食った仲、竹馬の友だ。共に茨の道も踏み征こうじゃないか」

「わぁ! やったぁ! ずっと貴族の令息や令嬢とお友達になるのが夢だったんです! 嬉しい!」


 そう言って、矢鱈と可愛い子はパッとヴィエルの両手を取った。瞬間、ヴィエルの全身を電撃が駆け抜けた。


「あのっ、今度一緒にご飯とか食べましょうよ! 私、母にしつけられて料理は得意なんです! ヴィエル様はなにか嫌いなものとかありますか!?」

「いいや、何でも食べるよ。いやむしろ君に食べろと言われたら馬糞だって食べるさ。それが親友だろう?」

「わぁ、馬糞は食べたことないですけど、きっと一緒に食べれば美味しいです! わぁいわぁい! それじゃあ、早速明日のお昼を一緒に食べましょう! 腕にヨリかけて作りますんで!」

「うんうん、一緒に食べよう。できればどこか他のヤローがいない場所がいいな。君まで食べたくなった時に邪魔が入るとマズイから」

「なんだかよくわかんないけどそうしましょう! 約束ですよ! じゃあ私はこれで!」


 言うなり、矢鱈と可愛い子はホールの真ん中の方へと駆けていった。ヴィエルは普段から信用ならない糸目を更に細め、眩しいもののようにそれを見送った。


 嗚呼、異世界転生、万歳。あんなに無闇矢鱈に可愛い子と、お知り合いどころか友達になれるなんて。最後に裏切って殺される危険はあるけれど、こればっかりは異世界に来た功徳だなぁ……などと激しい感動に震えていると、姉が戻ってきた。


 姉はまだポーッとしているヴィエルを不気味なもののように見つめた。


「――何? どうした?」

「姉上――姉上は星を見て泣いたことはあるかい?」

「保志? 見て泣いたことはないけど演技を聞いて泣かされたことはあるわね」

「それはそうと恋っていいな――」

「は?」

「人が人を好きになる――それって素晴らしいことだよね。ああ、恋――なんていい響き――」

「アンタ、どうしたの? 胃の中のメロンと生ハムが化学反応起こして脳髄を侵したか」

「滅茶苦茶――可愛い女の子と――友達になったんだよ、たった今――」

「はぁ? アンタ何考えてんのよ。あれだけチャラチャラ女の子に声かけんなっていったじゃないの」

「恋は――してしまうものじゃない――落ちてしまうものなんだよ――」


 キザにそんなことを言い、完全に夢見心地でいるヴィエルを、アストリッドは半目で睨んだ。


「ちなみにどんな子だったの? まさかアンタ、モブとフラグ立てたんじゃないでしょうね?」

「あぁ、印象的なのはやっぱり髪の色だなぁ――ピンク色で――艷やかで……」

「は?」

「可愛かったなぁ――あの声もいいなぁ――これぞアニメ声っていう、なんかオスを惹き付ける声でさ――」

「……ヴィエル、アンタが好きになっちゃった子って、こう、ジャンボタニシの卵みたいな物凄いケミカルなピンク色の髪してて、龍泉洞の地底湖みたいな蒼い瞳で、二日酔いの最中には聞きたくないようなキンキンする声で、なんというか矢鱈と可愛い女の子で、なおかつアンタはその子が床にコケたところを助けて知り合ったんじゃない?」

「おお、不気味なぐらいよく知ってるね。そうそう、矢鱈可愛い子だった――」


 瞬間、バチーン! とどえらい音がして、ヴィエルの視界に火花が散った。痛でぁ!! と悲鳴を上げ、しこたま叩かれた頭を押さえると、「このバッカ弟……!!」という姉の怒声がすぐ耳元に聞こえた。


 瞬間、アストリッドの腕と足がスルリとヴィエルの身体に絡みつき、ゴキッ、という音とともに身体が妙な方向に伸ばされる。


 コブラツイスト――この姉が本気で怒ったときに繰り出してくる必殺技である。


「何考えてんだこのボケナスビ……! アンタ本当に短剣胸に突き刺して死にたいらしいわね!」

「え、え、え……!? ……あ、痛だだだだだだ! ねっ、姉ちゃん! コブラツイストはやめて……! 手が変な方向! 手が変な方向! ほ、骨が折れる……!!」

「人間には三万本も骨があんのよ! 一本ぐらい何よ!」

「俺はスケルトンの王様か! そんな数の骨があってたまるか! ……痛だだだだだだだ! やっ、やめて! 突然なんで……!?」

「このバッカ男! アンタが好きになっちゃった女の子の名前はね、アリス! この『妄執と欺瞞のCinque』、通称もぎチンの主人公、アリス・ファロルよ!!」


 うぇ!? とヴィエルは姉に完全に極められたまま驚いた。アレが!? あの無闇矢鱈に可愛い女の子がこのゲームの主人公!?


 瞬時絶句してしまったヴィエルを、アストリッドは修羅の形相で睨みつけた。


「アンタに言ったでしょうが! もしアリスとフラグ立っちゃったらトゥルーエンドでアンタは自決することになんのよ! わかってんのかこのアホ弟! 櫻井ヒロの声でよりにもよって主人公に声かけるどころか好きになっちゃうなんて……! ヴィエルルートが堂々開始されちゃったじゃないのよ! 絵まで描いてやったのにアリスだってわかんなかったわけ!?」

「姉ちゃんの描いた女の子の絵は何故か鼻から上が滲んでよくわかんなくなるんだよ! それにそっちだって推しを愛でるとかいってフラフラしてんじゃねぇか! こっちだって存分にフラフラさせろよ!」

「今やアンタの命の灯火がフラフラしてんだよ! この色ボケ櫻井ヒロ、もぎチンだけにちんちんもいだろか!」

「や、やめてぇ! これ以上手が変な方向に行くと身体がおかしくなっちゃう! あ、謝る! 謝るから許して……!」


 悲鳴のように叫ぶと、ようやく姉のコブラツイストが緩んだ。


「ようやくどれほどのことをしでかしたのかわかったか、スカタン弟。一応攻略キャラであるアンタに怪我されるわけにもいかないからこれで許してやろう」


 フン、と床に崩折れるヴィエルを睥睨し、アストリッドは鼻を鳴らして扇子を取り出し、口元を隠した。


「まぁ、正直アンタがあの子のことを一発で好きになっちゃったのは予想外だけど――あちゃらから接触してきたのは予想の範囲内っちゃ範囲内ね。この程度でわたわたしてたら悪役令嬢の名が廃れるってもんよ。この程度の予想外で慌てることはないわ」

「あだだだ……あ、姉上、なにか策があるのか? 正直もう挽回の方法がないと思うけど……」

「大いにあるわよ。これでもアンタが色ボケてる間にも色々考えてんのよ。ヴィエル、アリスと次に会う約束とか取り付けた?」

「あ、あぁ、明日の昼を一緒に食べようって……いきなり手作りのお弁当かぁ、ウフフ……」

「じゃあわかった。それに私も同席するわ」

「え?」


 思わず目を点にしてしまったヴィエルを、アストリッドは扇子越しに見下した。


「あによそのツラ。曲がりなりにも弟が毒虫たるジャンボタニシに篭絡されかかってんのよ? アンタが最後に短剣を胸に突き刺して死ぬことがないように監督してやろうってのよ。不満?」

「ふっ――不満か、って――! なんで女の子とのデートに姉がついてくる道理があんだよ!? これでも中身は大学生ぞ! 保護者同伴のデートなんてそんな毒親家庭じゃあるまいし――!」

「ヴィエル、立って」

「は?」

「いいから立ち上がれ」

「あ、ああ……これでいい?」

「よし。……じゃあまたコブラツイストだ」

「あッ――!? あ、あだだだだだだ! ね、姉ちゃんやめて! 腕が変な方向! 腕が変な方向――!」

「どうだこのアホ弟! いいな!? 私同伴を認めるな!? 認めないなら――!」

「ウッギャアアアアアアア!! 身体が! 身体が螺旋状に骨折する! 螺旋状になる! わかった! 同伴でいい! 姉ちゃんが監督しててもいいから――!」


 こうして、ヴィエルは姉のアストリッドの暴力の前に、完璧に屈服した。


 入学式のパーティも終わった明くる日、主人公であるアリスと、悪役令嬢であるアストリッドは初めて顔合わせすることになったのである。



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