モブ推し!〜学園乙女ゲームに転生したので、攻略対象外の推しを攻略したいんですが…〜
弊順の嶄
第1話 あなたの声
高校二年生。春。四月一日。
私は今日、新学期の幕開けと同時に、とある高校に編入することになった。
今日、突然、そう決まった。
いや。恐らくこの世界では、ずっと前から編入は決まっていたのだろう。
よく知っているけど、何も知らない学校だ。
内装だけ見慣れた寮室を出て、遠巻きに見える大きな学校を目指し、勘を頼りに通学路を進む。
程なくして、長いブロック塀が見えてきた。
その塀に沿って、私と同じ制服を纏った少年少女たちが、疎らに同じ方向へと歩いている。
私もさりげなくその列に混じり、正門を目指す。
辿り着いた先にあった、門扉の隣に設置された銘板には、こんな校名が掲げてあった。
〝
…紛れもなく、私がプレイしていた乙女ゲームの学校の名前だ。
記憶が確かであれば、由来となった同名の地名はあれど、高校は実在しなかったはず。
ということは、やはり……
「……私、乙女ゲームの世界に……転生? してる?」
――〝カムロ*トロイカ〟。
様々な携帯ゲーム機で発売された、男性を攻略対象とする恋愛シミュレーションゲームである。
攻略対象となるメインキャラクターは三名。
同ジャンルの他作品と比べると少ないものの、2Dグラフィック、現実時間と連動するイベントや、プレイヤーの好みに合わせて性格やファッション・ヘアスタイルが変動するシステムなど、良作として評価されているゲームだ。
…どうやら私は今、そのゲームの世界にいるらしい。
意を決して正門を一歩潜り抜けたものの、未だに実感が湧かず、その場で立ち尽くしてしまう。
さて。ここで重要なのは、私の立場だ。
乙女ゲームに限らず、恋愛シミュレーションゲームは主人公の姿はほとんど描写されることはない。イベントスチルにも後頭部が映る程度。顔には都合よく深い影が落ちるものだ。
よって、ヒロインの容姿は分からないため、私がヒロインに転生したのか確信は持てない。
だが、もし私がただのモブではなく、主人公として転生してしまっているのであれば、いわゆるフラグ回避を速攻で行わねばならない。
だって、私の推しは……
「――よう、アカリ」
…アカリ。
私の名前だ。厳密には、本作のヒロインのデフォルトネームだが。
それを呼ぶ声が、私の背後から飛んできたのだ。
鼓動が速まる。
春で過ごしやすい気温だというのに、汗と火照りが止まらない。
背後から吹いた強風が、落ちた桜の花びらをさらっていく。
何だか急かされているような気がして、私は遂に声の主の方向へと振り返った。
視線の先には、やはり、私の〝推し〟がいた。
「オイ」
気付けば、声の主に目と鼻の先まで距離を詰められていた。
驚いて、反射的に目を瞑る私。
前髪にかすかな温もりが触れる。
それからしばらくは何の反応も無かった。程なくして、間近から男子生徒の押し殺した笑い声が聴こえてくる。
恐る恐る瞼を開くと、その声の主から、萼ごと散った桜の花びらが差し出されていた。
「桜。頭から生えてんぞ、アカリ」
そう、彼。
ヒロインの幼馴染にして、本作のメインヒーローを担う攻略対象の男子生徒、
「おいおいミツル〜。何小っ恥ずかしいことやってんだよ…」
―――の背後にいる彼の親友、
…説明しよう!
彼はこの超カッコつけなヒーロー草薙光留くんの親友、八重垣くんだ。
声優なし。フルネーム不明。
声はおろか、下の名前すらついていないモブキャラである。私にとってはその境遇さえも愛おしい。
見た目の特徴は、切れ長の三白眼とオールバック……
なんて説明すると強面な不良キャラを連想するだろうが、実際は覇気のない眠たげな顔。
これは推測だが、これらは顔と髪の作画コスト軽減のために生まれたデザインだろう。とはいっても、立ち絵以外に描写されることはほとんどないんだけど。
それこそ、初登場時にスチルが一枚ある程度……
その初登場はこれ。たった今、この瞬間。
ヒロインに対し、突拍子もない行動を取る草薙くんを諫めるために登場する―――
…この間、僅か0.03秒。
オタク特有の早口説明を終えてから、私はふと気付く。
そういえば、今のセリフが、初めて聞く彼の声だった。
ゲーム内で彼のボイスは一切存在しない。声優さんが声を当てていないのだから当然だ。
この日をどれほど待ちわびたことか。サブキャラも良いところなモブである彼のセリフに、音声がつく日。
感動。そしてこの感情は。
「八重垣くん、こんな声だったんだ…」
尊い……
思わず聞き惚れてしまう。心地のよい低音。
ああ。彼は、私の推しはこんな声をしていたのか―――気付けば、感嘆の声が漏れ出していた。
「あ」
はっと口を抑える。が、もう遅い。
八重垣くんは細い目を見開いて、初対面で見ず知らず女の突拍子もない発言に呆然としていた。
そりゃそうだ。草薙くんは幼馴染だから面識はある…設定…だが、八重垣とは今この瞬間が初対面。
そんな相手が自分の名前を知っている上に、一声聞いただけで喜びのあまり声を漏らしているのだから、あまりに気味が悪い。
「ご、ごめんなさい! 私、編入生なんで先に行きますね!!」
…先程の発言は、桜の木のさざめきに掻き消されたことを願おう。
私は踵を返すと、逃げるようにしてその場から立ち去った。
原作をやり込んでいても、百点光留点のルートは辿れない。そもそもルートが無いのだから。
完全攻略は不可能。
私だけの、前途多難な乙女ゲー転生ライフが、こうして始まりを告げたのだった。
「ふーん…俺が目の前に居るのに八重垣に着目するとは……お、おもしれー女……」
「声震えてるぞ、ミツル」
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