第9話 仲林愛莉


 花火大会が終わった次の日、俺はミリヤと共に昼休みの2年A組を訪れていた。


「ごめん、仲林呼んで貰える?」


 ドアから一番近い女生徒にそう頼んだのだが、返って来たのは訝しむような視線。


「……あんた誰」

「……同じ学年の折方です」

「……あんた誰」

「……」


 あれ、なんか俺泣きそう。


「さすがマスターです。同学年の学友に顔も名前も覚えられてないとは」


 畜生!この女許さねぇ!

 二回も誰って言わなくて良いじゃん!!


 俺が目の端に浮かぶ涙を拭っていると、目の前の失礼な女がミリヤの顔を見て目を丸くした。


「あ、あなた噂の美人転校生!?」

「美人とは嬉しい事を言ってくれますね。何の噂かは知りませんが、転校生というのは間違いないですよ」

「ヤバ!近くで見たら女の私でも見惚れるくらい綺麗……!」

「それはどうも」


 ミリヤが『へっ』てな感じで俺を見てきた。

 こいつ本当に俺の事好きなの?

 

 俺が一人歯ぎしりをしていると、女生徒はミリヤに顔を近付けてひそひそと話し出した。


「……ね、ねぇあなた、弟とSMプレイしてるとか聞いたけどマジ……?」

「してねぇよ!!」


 つい聞こえてしまった俺が反応すると、冷ややかな視線が飛んで来る。


「ま、まさかあんたが、美人の姉に"マスター"呼びを強制する学年一の変態……!?」

「なぁこいつ殺して良いよな?」

「よく分かりませんが駄目では?仲林という女を呼ぶのではないのですか?」

「そうだった!」

 

 あまりにも失礼なモブ女のせいで忘れていたが、俺が用があるのは仲林愛莉だけだ。断じてこいつではない。


 俺では埒が明かないとみたのか、ミリヤが失礼女に話し掛けた。


「申し訳ありませんが、仲林愛莉という名前の方をお連れしてくれませんか?」

「さすが愛莉ちゃん、もう転校生と繋がりがあるなんて。ちょっと待っててね!」


 俺、ミリヤと同じ事言ったよね?ね??


 失礼女は教室を見渡して仲林を探す。

 しかし、


「あれ?さっきまで居たのにな」

「……そうですか」


 俺はすぐさま念話でミリヤに問い掛けた。


(逃げられたか?)

(えぇ。おそらく感知スキル持ちでは?)

(いよいよ厄介だな。まぁ良い、昨日の作戦通り行くぞ)

(アクセプト)


 俺はミリヤとの念話を切り、失礼女に礼だけは言ってやる事にした。


「時間取らせて悪かったな。さんきゅ」

「あ?喋り掛けてくんじゃねーよこの変態!!」

「……ぷぷぷ」

「俺の扱い底辺過ぎるだろ……」





「それにしても"最悪"の次は"変態"ですか。マスターは本当にどこでも敵だらけですね」

「……うっせ」


 その日の放課後、俺は校舎の真ん中に位置する中庭を訪れていた。

 ミリヤと考えた作戦を実行する為に。


「さて、ミリヤおさらいだ。今からお前の逆探知魔法で仲林愛莉を見付け出す。そして──」


 俺の言葉をミリヤが引き継ぐ。


「──殺します」


 解呪の為には仕方ない。

 先に手を出して来たのは向こうだ。報いは受けて貰う。


 芹那は現在緊急入院している。

 

 俺だけでは飽きたらず、芹那にまで手を出したんだ。躊躇はしない。


 ただし、だ。


「お前が殺してどうする。これは俺の復讐だっつったろ」

「そういう事は私の安眠魔法を卒業してから言って下さい」

「べ、別にお前が勝手に掛けて来るだけだろ」

「毎晩耳元であーうーうるさいんですよ。マスターは人の死にもっと慣れて下さい」

「あーうーって何だよ。──ん?耳元で?」

「おっと」


 今こいつ何て言った?毎晩耳元ってどういう事だ?隣でとかじゃなく???

 俺とミリヤはあの異世界でもベッドは離してたぞ。


 いつも寝るのは俺が先で、起きるのはミリヤが先だった。


 ……つまり、俺は寝てから起きるまでのミリヤの行動を知らない。


「な、なぁお前俺が寝てからこっそり俺のベッドに──」

「さて、逆探知を始めますよ」

「俺の話を聞けよ!」

「そんな悠長な時間があるのですか?」

「……ほんといい性格してるよ、お前」

「それはどうも」


 褒めてねぇよ。


 まぁ今は良い。何よりも芹那の解呪が優先だ。


 ミリヤはすぐに準備が整ったようで、全身を赤い魔力の粒子で覆っている。


「──逆探知、始めます」

「あぁ」


 ミリヤは指先をパチン、と鳴らす。

 すると、粒子はミリヤの体から360度均一に弾けていった。


「まずは接触があったという、マスターに掛けた反射魔法の残滓を探ります」

「俺の全身に残ってるよ。お前が心配性で助かったわ」

「マスターの身を守るのは当然です」


 そう、仲林と再会したあの時、ミリヤは俺に反射魔法を掛けていた。

 つまりミリヤは間接的にではあるが、仲林愛莉と接触があったのだ。


 間接的な接触のせいで、ミリヤ自身が仲林の魔力の形を理解していない為面倒な事になったが、この反射魔法に残った仲林の残滓をミリヤが知覚出来れば逆探知は成功するだろう。


 ミリヤが放った魔力の粒子は次第に俺に集まっていく。

 ほんのりと暖かいのだが、真夏にこれは少々きつい。


「あっちぃ……まだ分からないか?お前にしては時間が掛かってるな」

「解析はすぐに終了していますよ」

「は?ならさっさと仲林の所まで連れてけよ」

「遡って確認しているんですよ。マスターがいかにして殺されたのかを」


 そんな事まで出来るの!?

 どこまで優秀なんだこいつ……。


 疑問が顔に出ていたのか、ミリヤは俺に分かりやすいよう説明をしてくれた。


「魔力とは思念の結晶です。一度知覚してしまえば持ち主の経験──つまり過去を知る事など造作もありません」

「すげぇ……。ん?でもそれなら俺の魔力でも出来たんじゃねぇの?」

「マスターから命令されておりましたから」

「俺の命令って相手が分かっても殺すなってだけじゃなかったっけ?」

「私が我慢出来ると思っているのですか?」

「我慢しろよ。お前の首が飛ぶんだぞ」

「そんなもの一考の価値もありません」


 こいつ、ほんと過激だわ。

 それに主人の気持ちを理解してるようで全く理解していない。ったく……。


「俺はお前に死なれても困るっつーの。お前を買うのにいったいいくら掛かったと思ってるんだ」

「……だから調べないでいてあげたじゃないですか。もう……」


 一瞬、何故か少し嬉しそうに微笑んだミリヤだが、すぐに表情を厳しいものへと変えた。


「これは……!?」

「どうした?何か分かったのか?」

「……分かった、と言うより分からなくなったと言うべきでしょうか……」

「?」


 歯切れの悪いミリヤは俺の全身に集めていた魔力を霧散させた。

 そして冷や汗を一筋流して、俺の目を見て言う。


「マスター、あちらの世界とこちらの世界では時間の流れがずれてましたよね?」

「え、あ、あぁ……ずれてるぞ」

「ふむ……」


 俺が異世界で過ごしたのは2年。

 だが戻って来たとき、こちらでは1ヵ月しか経っていなかった。

 あちらとこちらでは時間の流れが違うのは間違いないだろう。


「信じがたい事ですが、落ち着いて聞いて下さい」

「何だよ……」


 俺の答えを聞いたミリヤは、疑問が確信に変わったのか、まとまった自分の答えを口にした。


「仲林愛莉……彼女は姫様の──あちらの世界カヤバナ王国の姫君、レイシア様の孫に当たる人間です」

「は?孫……?レイシアの……!?」

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