池田屋にて-2

 伊東甲子太郎!?

 あーっ? 頭巾を脱いだら、出て来た!

 目つきが鋭い美男子だけれど、どこか荒んだ空気を漂わせる男!

 そうだ、この人は「侍死」ゲームキャラの時と比べるとちょっと人相が荒んでいるけれど、伊東甲子太郎だ!

 薩摩に走り、新選組を二つに割って、仲間同士での殺し合いを発生させた張本人……!


 山南さんが脱走したのも、この伊東甲子太郎が新たに入隊して参謀になったために居場所を失ったのが一因だったし。

 藤堂平助さんが新選組と戦って死んだのも、伊東甲子太郎の弟子だったから逆らえずに新選組を脱退して伊東率いる御陵衛士に加入したのが原因で……。

「侍死」では、この人が新選組に入ったことが、新選組崩壊のきっかけ、フラグだった。

 新選組プレイヤー、いや隊士としては、恨み骨髄の裏切りキャラなのだけれど。


「やはりきみも未来を知っているのですね。ですが、その敵意に満ちた目はやめてくれませんか沖田くん? この私も、前世の記憶を持ったまま、何度も新選組の土方に殺される悲惨な人生をやり直させられている哀れな人間なのですよ?」


 えっ?

 伊東甲子太郎が……前世の記憶を……?

 前世と言っても、プレイヤーの記憶じゃない。キャラクターとして「侍死」の世界の記憶を保持して、何度も殺されている……?

 つまり、意識を保持したまま、「侍死」キャラとしてこの世界をずっとループしているってこと?

 そんなこと、ありえる?


「私は今まで、何度も何度も土方に殺され、その度に決まった日時の江戸のわが道場に戻されて、同じ人生を強制的に繰り返させられてきたのですよ。もう数えていませんが、あの手この手で百度は殺されましたよ。それはもう、悲惨を通り越して滑稽でした……! わかりますか? 自分が殺される未来を知っていて、その結末からなにをどうやっても逃れられない絶望感が?」


 わたしと同じ存在ではなかった。

「侍死」世界を生きるキャラクターが、なんらかのバグが原因で、周回プレイ毎に記憶を引き継がされてリボーンしているのだ。

 しかも、必ず最後は新選組に殺される。

 ひ、悲惨すぎる……!


「十回ほど土方くんに殺されたあたりで、私もさすがに気づいのですよ。これは永遠に続く螺旋地獄で、死の運命からは逃げられないのだと。もちろん、ありとあらゆる回避策を試してみましたよ。新選組から除隊せず、ずっと忠実に近藤さんの参謀として生きる。ひたすら土方におべっかを使って愛想を振り続ける。そもそも新選組に入隊しない。なんの恨みもありませんが坂本龍馬を暗殺して、薩長同盟を阻止しようとあがいたことすらありました。死の運命から逃れるために、私はこの絶望的な人生を百回以上も繰り返したのですよ! いったい私がなにをしたというのです? 一度目の人生で新選組を二つに割ったことが、それほどの罪だというのですか? もう、充分に贖罪は果たしたはずです! それなのに、いつまでも運命が好転しない!」


「……それは……いわゆる、バグというやつだと思います……日本語で表現するのが難しいですが……伊東さんはただただ、運が悪かったとしか……」


 きっと二つの世界の垣根を越えて、沖田総司くんの中にプレイヤーのわたしが混じる前後に、既にこの世界になんらかのバグが発生していたのだろう。そうでなければ、わたしが沖田総司に「混じる」なんて芸当じたいが不可能だ。

 そして、そのバグは沖田総司だけでなく、伊東甲子太郎にも影響を与えていた。

 だが不幸にも、プレイヤーがキャラクターの身体に入り込むのではなく、伊東甲子太郎というキャラクター自身が「侍死」で繰り返される記憶をずっと継承し続けることに。

 その結果、伊東甲子太郎は「侍死」が定めているシナリオから離脱するべく、自立的に行動するようになった……!

 この世界がゲーム世界ではなく、リアル世界になった証とも言える。


「百回繰り返しても、どうにもなりませんでした。最後はもはや新選組を初手で潰すしかないと覚悟を決め、黒頭巾を被って正体を秘し、江戸の門下生たちや不逞浪士たちを引き連れて土方暗殺を狙い続けました。ですが、土方は喧嘩慣れしていて、どうにも殺せない。何度襲撃しても返り討ちにあってしまう……! 私はもう、諦めかけていたのですよ。あの土方歳三という男が新選組に抱く執念の前に、心が折れかけていた……!」


 それじゃあ土方さんは百回以上も、未来を知っている伊東にあらゆるパターンで勝負を挑まれて、百回以上伊東を殺してきたってこと? 

 いくらここが「侍死」世界で、「シナリオ」という運命強制力があるとはいえ、自我に目覚めてシナリオの強制力から逃れた伊東に対して百戦全勝だなんて、土方さんは喧嘩に強すぎる……。


「ですが今回、沖田総司がんぜか女性になったことを知って、私は転生百余回目にしてはじめて大きな歴史改変が生じたことを知ったのです! 私の涙ぐましい努力の成果なのか、あるいは別の要因があるのかはわかりませんがね。ともかく、私ははじめて死の運命を免れる機会を掴んだのだですよ!」


「……私が女性になったことが、どうしてそこまでの一大事なんです?」


「だってそうでしょう。私は百回以上生き返りましたが、新選組隊士、しかも一番組隊長の性別が変わっただなんて事態は、はじめて経験したんですよ。これは、今までに一度も発生しなかった異常事態です。初手から新選組の歴史が大きく変わったんですよ? だがもしも今回失敗すれば、また沖田総司が元の男に戻ってしまうかもしれません。ですから今回、私は百回以上繰り返してきて得た経験と知恵と未来記憶をすべて投入して、勝負を賭けたのですよ――『伊東甲子太郎の尽力による薩長同盟成立』という大勝負にね!」


 薩長同盟。

 それは。

 本来ならば、坂本龍馬さんが――。


「ふ、ふ、ふ。沖田くん、やはりきみも未来人なのですね! それは坂本龍馬くんが成立させるはずだと知っているのですね? もちろんその通りです。だが、坂本くんは軍艦は好きなくせに、戦争を嫌う男。この時期の坂本くんは、幕府お抱えの海軍塾に居着いていて、幕臣勝海舟のもとから離れる気はない」


 え、そうだったんだ。「侍死」ではそのあたり触れられてないので、知らなかった……。


「池田屋で後輩が新選組に斬られるまでは、討幕など考えもしないのですよ彼は。幕府と諸藩の志士を集結させた連合海軍を中心とした、穏健な公武合体を目指していたのです。浪士たちを軍艦で蝦夷地に送り、屯田兵としてロシアの南下を防ぐ仕事を任せるつもりだったんですよ。その路線を諦めたのは、土佐の同志たちも池田屋で新選組に斬られたことと、長州と幕府が京で戦争をしてしまったからです。しかも彼自身、不逞浪士を塾内から排出したと幕府に咎められ、神戸海軍塾を閉鎖されて行き場を失い、薩摩の世話にならざるを得なくなるわけで」


 ぐえーっ。そうだったのーっ?

 池田屋事件ってなにもかも、新選組と幕府にとってマイナスすぎるうう!


「ところで沖田くんは、なぜ薩長同盟というものが成立するのかおわかりでしょうか?」


 うー。わかりません。わたし、新選組ゲームはやりこんできたけれど、歴史は苦手で……なんだか知らないうちに突然薩摩が裏切りました、という印象しかないです……。


「いろいろ理由はありますが、要はもともと薩摩は幕府から政権を奪いたがっているんですよ。関ヶ原以来の恨みがありますからね。ですから、京に居座って帝から離れない会津が邪魔で仕方がないのです」


「それ、ざっくりしすぎていません?」


「ほんとうはもっと複雑ですが、剣を振る技術以外なにも知らないきみにでも理解できるように、ざっくり言ってあげているのです!」


 ふええ。頭が悪くてすみません、すみません。でもでも、ほんものの沖田総司くんはもっと聡明ですよー? 本人の名誉のために一応!


「故に私は密かに薩摩と繋がり、今回の京での合戦で長州が勝てるように、いざ開戦しても薩摩に傍観してもらうという内諾を取り付けたのです! この内諾を盗ることに成功したのははじめてすよ。薩摩の信頼を得るために、私は今まで得た知識のすべてを用いたのです」


 えっ。薩摩が、「禁門の変」で動いてくれない?

 それじゃ、会津・幕府は長州に負けちゃうのでは?

 ああ、そっかー! 伊東甲子太郎の働きで薩長同盟が成立したから、高杉さんは一気に京で勝負をつけると決断したのか!

 まだ幕府側の誰も、薩摩が裏切ったことに気づいていないものね!?

 諜報に長けた新選組すら、察知できていない。

 負ける。今もしも長州軍が上洛したら、会津と新選組は負けてしまう。

 歴史が、一挙に早回しで動いちゃう。新選組は滅びる……!

 あーっ。同じ未来記憶保持者でも、伊東さんとわたしとでは地頭の良さと行動力が違いすぎる……! わたしってばお団子を食べることとか、ツンデレの土方さんといちゃいちゃしたりケンカしたりすることに夢中で……あーっ! わたしの、馬鹿馬鹿馬鹿!


「あとは、きみを交渉材料として新選組を足止めし、長州軍上洛までの時間を稼ぐだけなのです」


「時間稼ぎは二週間ほどでいいのだったな、伊東くん」


「そうです高杉くん。二週間あれば、長州軍が上洛できます。沖田総司が男のままでしたら、交渉もなにもあったものじゃなく、われらは池田屋で問答無用と斬り捨てられて終わります。しかし、奇跡が起きて沖田総司が女性になった今回だけは、いくら冷血残忍の土方歳三とはいえ、沖田総司を捨て殺しにはできませんからね」


「土方くんが沖田くんに惚れているという噂もある。沖田くんがほんとうに百回の人生に一度だけ女性になるのだとしたら、いやあ、こいつは風流な恋だねえ~」


「とはいえ高杉くん、新選組にも立場といいうものがあります。ここで手柄を立てないと解散の危機ですからね。池田屋を襲撃すると言い張る隊士と、沖田くんの命を最優先して交渉すべしと唱える隊士に分裂して、きっと隊内で内紛が起こりますよ。ふ、ふ、ふ」


 えーっ? やっぱり腹黒キャラなんですか伊東さん? そういうことばかりするから、土方さんに斬られるんですよ? 百回以上も殺されてきて、どんどん闇落ちしていったのかもだけれど。


「鉄の規律を誇る新選組も、いえ、そういう組織だからこそ、たった一人の若い女性の出現によって二つに割れます。土方は即断即決できないでしょう。故に、『武断』という一手しか知らないあの男とはじめて交渉できるのです。時間を稼げます――土方が、すべては時間稼ぎだったと気づいた時にはもう遅いというわけです」


 桂さん! 桂さんなら、伊東さんに乗せられませんよね? 高杉さんを翻意させてくださいよー!


「……沖田くん。正直、私は転生だの前世だのと言った話は信じない。だから、この伊東甲子太郎という胡散臭い男は信頼できないのだが、高杉くんが『面白いから乗る』の一点張りでね」


「うわあああ、論理的に説得できないやつだーっ!」


「済まない沖田くん。きみは高貴な来客として僕が責任を持って丁重に扱うから、長州軍が到着するまで池田屋で過ごしてくれないか。決してきみに無体な真似をするような不埒者を出したりはしない。この桂が、きみを守る。一日中、同室で――!」


「いやずっと同室は勘弁してください桂さーん! あなたまで、伊東さんに丸め込まれないでくださいよー! ここで好感度を稼いでわたしと恋仲になろうとか企んでますねー!」


「……そ、それもあるけれどもね。いいかい? 動けば雷電の如く。高杉くんがひとたびやると決めたら、もう誰がなにを言っても無駄なんだよ。藩の家老たちも、薩長同盟を取り付けられては乗るしかないと腹を括ったそうだ。下手に逆らえば、逆に自分たちが高杉くんに襲撃されて倒されてしまうと恐れたようだ」


 だから二週間だけ池田屋に泊まっていってくれ、三食昼寝付きの好待遇を約束するから。済まない! と桂さんが手を合わせてわたしを拝み倒してきた。


「でも、長州が京から幕府と会津を追い払ったら、新選組はどうなっちゃうんですかー?」


「長州が薩摩とともに政権を握ったその時は、新選組は悪いようにはしない。まだ池田屋事件は起きていないのだから、なんとかなる。きみは私と結婚するのだし、きみの義兄の土方くんと近藤くんにも寛大なお沙汰があるだろう。伊東くんは土方だけは殺せとしつこいが、私が守ってみせる。愛する女性の義兄なのだからね!」


「わたしは桂さんとは結婚しませんからー! 駄目ですよ、土方さんの命を人質にしてわたしと結婚しようとか、桂さんらしくないですよー!」


「……そうでもしないと、土方くんの命を救えないのだ。伊東くんは、土方くんに百回以上殺されたと恨み骨髄なのでね……頼む、この通りだ」


 そんなことを言われても、この世界の土方さんは伊東さんとはまだほとんど面識ないんだし……伊東さんの弟子だった平助ちゃんを試衛館に引き取る際に、江戸で顔を合わせたことくらいはあるだろうけれど、たぶん「いけすかねえ野郎だ」くらいの印象しかないですよー。

 そもそも土方さんが百回以上伊東さんを殺したんじゃんなくて、「侍死」のプレイヤーが……つまりわたしが伊東さんが死ぬルートを百回以上周回しただけなのに。

 土方さんのせいじゃないんですよ?


(でも、これだけはどう説明しても、きっと理解されない……)


 うん。理解されないかもしれない。

 でも、黙っていちゃ駄目だ。

 伊東甲子太郎は、バグの影響を受けて「前世」の記憶を保持している、特別な人間だ。

 それに、頭も切れる。新選組にさえ関わらなければ、明治維新で名を遺していたはずの人物。知識人なのに武闘派ヤクザの新選組に関わっちゃう時点で迂闊すぎて駄目なんじゃないかという気もするけれど。

 もしかすれば、伝わるかもしれない。


 わたしは意を決して、伊東甲子太郎に自分自身の秘密を明かしていた。

 お願い。どうか、理解して。

 悪いのは土方さんじゃなくて、「侍死」で志士たちや伊東甲子太郎をズバズバと斬りまくって百回以上も周回を繰り返してきた、廃人プレイヤーのわたしだということを。

 土方さんは、「侍死」世界が持つ運命の強制力に導かれて、伊東甲子太郎暗殺を実行せざるを得ない状況に常に追い込まれてきただけだと。そもそも、そんなことをすれば新選組はガタガタになっちゃうんだから、土方さんだってやりたくてやったわけじゃ……。

 山南さんの脱走切腹だって、隊士たちが噂するように、土方さんが山南さんを嫌っていたからじゃない。

 そういう「運命」が最初から定められている世界だから、そうなっちゃうんだ。


 わたしは必死になって、つたない言葉で説明を繰り返した。

 だが、伊東甲子太郎は「実に興味深い話ですね、それは。ですがいきなり上位世界の概念を持ってこられても、きみがその上位世界から来た存在だとは証明できないですよね? きみと私とでは、なにが違うのですか? 物証を示して頂かなければ」と容易には信じてくれなかった。


 うううう。これだから、インテリは面倒なんだー! あれ。土方さんの性格が移ってきちゃったみたい。

 確かに、別の世界からわたしが来たことを証明する方法は、ない……。

 わたしも伊東甲子太郎同様に、前世の記憶を保持して人生をループしているという奇妙な「異変」が生じているだけだと解釈するのが自然であり道理だ。

 そうだ。わたしと沖田総司くんが二人に分裂してみせれば、もしかすれば……って、できないよー。魂はふたつでも、身体はひとつしかないんだよー。


 今もしも、わたしの意識が引っ込んで沖田くんの意識が覚醒したところで、「お芝居が上手いですね」で終わりそうだし。ただの二重人格者じゃん……。

 なによりも、「ここはもともとはコンピューターゲームの世界だった」という大前提を証明できない。


 そもそも、この世界はわたしが召喚された時点で、既にリアル世界になってしまっている。ゲーム世界らしい要素はなにも残っていない。わたしの剣術がオート反応で繰り出されることくらい。でも、それもわたしの主観であって、証明することはできない。


(うーん。うーん。どうしよう。どうすればいい。考えろ。考えろ、わたし。バグを発生させて伊東さんを百回以上も死なせてきた張本人は絶対にわたしだよ。並み居る「侍死」プレイヤーの中でもっとも廃周回して、わたしだけが沖田総司くんをレベル200まで鍛え上げたんだから……)


 伊東さんを救い、新選組も救う。そんな方法はないだろうか。

 でも、これだけ土方さんに斬られ続けてトラウマ塗れになっている伊東さんと、わたしを捕縛されて切れているだろう新選組のみんなを和解させるのは、至難の業すぎる……!

 特に、土方さん。

 ああ。ごめんなさい、土方さん。わたしが甘かったです。まさかわたし以外にも、前世の記憶を引き継いでいる人間がいただなんて。でも、よく考えれば最初にわたしがこの世界に着た時に、同時に「侍死」世界に存在しないはずの黒頭巾が出現したのだから、勘が良いプレイヤーなら気づいていたはず。

 わたしってば、どうしてこうもう頭が鈍いんだろう。ううう、悔しくて情けなくて、涙が出て来ちゃった……土方さん。今頃屯所で、案の定捕らわれたわたしの件で山南さんと大喧嘩しているのかなあ……駄目。駄目。そんなの絶対に駄目。


「……それほどに土方くんを想っているのだな、きみは。だがきっと私が、きみの心の穴を埋めてみせよう。誠心誠意、交渉成立のその瞬間までお世話するよ沖田くん!」


「んもー! 桂さんはわたしのことになると鬱じゃなくなるんですねー! こっちはもう土方さんに申し訳なくて、死んじゃいたいくらいなのにーっ!」


「いかん! 死んではいけない、沖田くん! なにごとも、生きてこそだ! 池田屋に捕らわれているのがそれほどに辛いならば、私と一緒に逃避行しようじゃないか! 日本海側の雪深い町で、商人夫婦にでもなろう! 日本の維新回天は高杉くんに任せる!」


「桂くんは、恋している時だけは元気になるなあ。あっっはっは! この高杉晋作が、その折りには仲人を務めてあげよう! なんなら、今すぐここで祝言を」


「やーめーてーくださーいー! まったくもう、こんな時にあなたたちはー! うーん。『侍死』世界のはずが、ハードボイルドよりも乙女ゲーム色が強くなってる? そ、それで助かっている面もあるけれど……これが『侍死』世界そのまんまだったら、わたし今頃、なにをされているか……阿片漬けにされて不逞浪士たちの慰み者に、とか……ぶる、ぶる、ぶる」


 うら若い乙女にそんな非道な真似を僕たちがするわけないじゃないか、殺すのは新選組と会津幕府の野郎どもだけだけでよろしい! 野郎は何人死んでも構わん、維新回天のための尊い犠牲だからね! と高杉さんは笑って三味線を弾いている。

 嫌だ僕は死にたくないと桂さんがまた鬱になり、伊東さんも二度と死にたくないですもう懲り懲りですと青ざめて突っ伏す。

 ああ。土方さん。わたしは、どうすれば……拘束されちゃってどうしようもないけれど。


 ごめんなさい。池田屋への強行突入だけは、やめてくださいね……約束しましたよね? だいじょうぶですよね? 新選組の滅亡が確定しちゃうから、駄目ですよ。部外者のわたしよりも、新選組の仲間のみんなの運命を、命を、選んでください……。

 そう願いながらも、土方さんが「待たせたな、総司!」と池田屋に斬りこんできてわたしを救いだしてくれる、そんな光景を脳裏から振り払うことがどうしてもできない。


 わたしは涙を流しながら、ただひたすらに祈っていた。わたしが沖田総司くんの代わりを務めることになった意味はあったのか。わたしはみんなの役に立てるのか。沖田くんの願いを叶えられるのか――。

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