真実のキスになれなくて

伏見 悠

第1話 顔があるのが普通とは限らない

「──み、見えなくなってるぅぅぅ!!」


 平凡な朝に絶叫がこだまする。


「え、ちょ、ま、なんで……」


 顔をぺたぺたと触っても、目を何度こすっても、目に写る光景は変わらない。

 昨日は見えていた顔が、また見えなくなってしまった絶望にうちひしがれていた。


 なんで、どうして……

 愛の力でどうにかなったんじゃないのぉぉぉー!?


 ──これは、ほとんどの人の顔の見えない(のっぺらぼうに見える)女子高生と、顔がない男の子の、馴れ初めとそれからの話である。


***


 ── 時は1年前に遡る。


 まだおろしたばかりの真新しい制服を着て通学路を歩く。

 学校に行くのが憂鬱だ。そう思っているからか、鉛の靴を履いてるように足が重くなった。


 私には顔がない。いわゆるのっぺらぼうというやつだ。

 それは私に限ったことではなく、家族、そしてすれ違う人にも共通する。

 そう、皆のっぺらぼうなのだ。


 実は私、前世の記憶を持っていたりする。

 通勤途中、横断歩道の前で信号が変わるのを待っていたら、車が突っ込んできた。何が原因でそうなったかはわからないが、その時に私は亡くなったのだろう。


 そして目を覚ましたら、私の顔を覗いてたのは顔のないのっぺらぼうの人。

 声を上げることもできずに気絶した。上から覗き込んでたから影が入って、より一層怖かったことは鮮明に覚えている。

 そして何より怖かったのは、覗き込んでいたのは私の母だったこと。おそらく、赤ん坊である私の様子を見ていたのだろう。


 ……こわ!!

 ホラーか! 私は妖怪にでも転生したんか!


 なんて思ったりしたけど、慣れとは怖いものでこの環境にも慣れました。周りの人達皆のっぺらぼうだったから、そういう世界なんだなと無理矢理納得させたとも言う。

 私元々ホラー苦手なんだけど! 慣れざるを得ないねこれ! でも慣れさせるものではありません、寿命縮んだストレスで胃が痛くなった!!


 そしてこれまた奇妙なことに、どうやら周りの人はちゃんと自分達に顔があると認識しているらしい。

 母はメイクをするし、父は髭を剃る。食べた後は口元をぬぐったり確認したりする。

 トイレでメイク直しをしている人もいた。


 なのにみんな顔がない。

 メイクする前と後と変わらないし、髭なんて見えないし、食べかすなんて口すらわからないのに。

 鏡を見たってただ肌色が広がっているだけ。私にとって鏡は髪や服装を確認するだけのもの。


 極めつけに両親のあーんを見た時は驚いた。

 それも百発百中。ほーん、愛の為せるわざってか?

 そしてとどめとばかりにドラマのキスシーンを目にした時にさすがに悟った。

 あ、これ、私以外の人は見えてるやつだ。どうやら私だけ、見える世界が違うらしい、と。


 そんな世界に生きていて、顔が見えないことでとある問題が生まれていた。

 まず1つ目、人を判別しにくい。それはそうだ。人間は視覚から得る情報量が多いから、それがなくなるのは痛手なはず。

 声や体の特徴、雰囲気を感じ取ることが出来ても、人を判別するには情報が少し足りないように思う。

 そんな私に備わっているのは名前のテロップ。ご丁寧に毎回表示してくれます。わぁありがたい。本格的に病院を勧められてしまいそう。

 そしてテロップが紙っぽいのはなぜなの。デジタルじゃなくてアナログなのはどうして。ぺらっぺらで心もとないぞ……

 ついでに表情も伝えておくれよ……


 そして2つ目、娯楽が減った。ドラマや映画、バラエティ番組なんかも出演者さんにお顔がないので面白さやときめき激減。

 曲は聴くだけなら以前同様に楽しめるが、パフォーマンスとなると楽しさ激減。アイドルの方とかは特に「その表情いい!!」って言いたいのにお顔見えんので誰が誰だかわからないという始末。


 そんな訳で小説や漫画、アニメにどっぷり浸かっております。

 なにより顔がある!! 表情わかる!! 感情に訴えかけてくる!!

 心を失ったんかと言われかねない言い種で我ながら悲しくなった。


 そして現在、なぜ学校に行きたくないかと言うと、クラスにいるんだよ。顔がある人が!!


 ぎゃぁぁー!!

 もはや顔がないのが普通過ぎて顔があるのが怖い!! それも1人じゃなくて3人いるのはなぜ!

 あれじゃん、何かの作品でしょ! 登場人物なんでしょ!

 ……ってことは私達モブってこと!? だから顔ないの!? 怖ぁぁー!!

 今さらホラーじゃなかったなんて言われても、顔ないのに慣れちゃったこの状況どうしてくれるの!?


 顔がある人がひとりいただけなら、そこまで怖くなかったのに。

 以前に1度だけ、顔がある人を見たことがあった。中学でも1人、同級生で顔がある人がいたのである。


 初めて見た時は気絶するかと思いました。だって初めて見たんだよお顔がある人。

 驚き過ぎて幽霊かと思ったわ。実在してたけど。

 ひとまず足元を確認したし、友人にも見えるか確認してしまったけど、ワタシ、ワルクナイ。

 10年以上ぶりに見るお顔は心臓に悪い。見たことない人だったけど寿命縮んだ絶対。


 ちなみにその人は素朴な男の子で、不思議なこともあるもんだなぁと疑問には思っていた。いたけれども、まさか1人だけではないとは想像していなかった私は呑気だったのか。

 主人公なのか脇役なのかは見ただけではよくわからなかったが、今後また見かけることもあるのかもしれない。何しろお顔あるから。


 ということで私はその人達に近づきたくない。だってまじで怖いんだもん。何の作品かわかんないけど、物によっては容赦なくお亡くなりになりそう私が。

 脇役上等!……とは言い切れないが、関わる方がもっと嫌だ。


 はぁー! 巻き込まれたくないー!!

 なんでよりにもよってこの学校に進学しちゃったんだろう! 家が近いからって安易に決めちゃった私のアホ!


 そんでもって、遠くから見ておけばいいってアドバイスは受け付けてないのよー!!

 3人の内1人が隣の席なのよぅ!! 運がないー!!

 端と端で織姫と彦星みたいに1年に1度くらいの遭遇がいい!! でも待って織姫と彦星って愛し合っちゃってるじゃない却下よ却下!!

 パニクり過ぎて口調が変になっちゃったわよぅ!!


 ……荒ぶるを静めよう。

 私はただの顔がない女の子。高校1年生でこの前入学式があったばかり。席替えはまだなさそう。


 ……誰か席替えて!!


 ***


 とにかく話しかけられないように気配を消して、友人の元へ行く。それが私の休み時間の過ごし方である。


 毎回逃げ込む先は決まって川井ちゃんの所。

 入学式前に仲良くなった彼女は、私の席からだいぶ離れていてちょうど良い。私を優しく迎えてくれる川井ちゃんには、何か差し上げた方がいいかもしれない。


 ただ、毎日お隣さんが朝に挨拶してくるのはいかがなものか。


 いや! 挨拶って大事!! いいよいいよ!! 

でも怖いんだよぉぉ!!

 こっちを真っ直ぐ見てくる目に、動く口。見えないのが当たり前になっていた私にはキツイ!!


「おはよー」って言われたら「おはよう」って返さない訳にもいかないじゃん! 無視するのも悪いし。

 "隣の人がお顔がなくて怖いです。どうしたらいいですか。"

 そんなこと相談出来る訳もなく、誰にも共感してもらえないこの気持ちはどうしたらいいの……


 そうこうしている間にチャイムが鳴った。川井ちゃんに手を振って、席に戻れば隣の席には当然彼女がいる訳で……


「おはよー」

「ぉ、おはよう」


 大抵挨拶をした所で先生がやってくるのだが、何か突っ込んだことを言われないかと毎朝ヒヤヒヤしている。学校にそんな緊張感持っていたくないんだが。

 お昼休みには川井ちゃんとではなく別のクラスの友人の元へ行っているので、今の所接近することはない、はずだ。


 毎回席を立ってたら怪しまれるって?

 怪しまれてもいいんだよ話しかけられなければ!

 むしろ怪しまれて近づかれなくなるならいいが、それで事態が悪化したら本末転倒なので関わらないのが一番だ。


 そんな順調に関わることなく過ごしてきた中、英語の授業中に事は起こった。1回目の授業なため、どのように授業を進めていくかの説明がされていた。


「それと、授業の始めに小テストやるからなー」


 な、んだと……

 そうだ、小テストあるの忘れてた。だが、それだけで終わる気がしない。こういうのって隣の人と交換するように言われてしまうやつでは!?

 せめて列がずれていたらペアにならないのに!

 他の授業でもペアにされる可能性もあるし、早くこの席から変わりたい!

 誰か転校してきて席ずれたりしないかな……


 逃れる方法を探してみたものの、現実的なものは思い浮かばず、為す術もなく項垂れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る