05.十字路

そう言えばクレアはこの都市の住人ではなかった。

祭りが終わったらすぐ都市を出るのだろうか。

それとも。

とっくに用事はすんでいるのにここに残っているのだろうか。


「そう言えば、オレはお前に名を名乗った記憶がねぇが」


何故、知っていた、と問うザインに

「大会トーナメントの表に名前がありました。自分が次に当たる対戦相手のことくらい見ております」

とクレアは表情の無い顔と声で答えた。

なるほど。

ではザインの立場なども朧気ながらも知っているのだろう。


お互い姿を見ると、何故か側へ近寄り話すことが常となっていた。

側に寄ったからと言って、楽しげに談笑するわけでもなく。

クレアは常に仏頂顔をしている。

ザインは笑ってはいるものの、目つきがするどく一般の女性であれば真正面から向き合うのは怖がるだろう。

傍からみると、口げんかをしているかの如く見えているのかもしれない。

そんなことは、全く気にしていなかった。


「ふむ。じゃあ、うちの団員になるか?」

「御冗談を」


冗談ではなかったんだがな、とザインは心の中で独り言ちた。

女性剣士もいた方が何かと良い。

この国の騎士団には女性騎士もいるが、ザインのまとめあげる傭兵にはいまだにいない。


「ああいう剣技大会での賞金をもらう以外で、どんな事をしているんだ」

ザインが問うと

「行商人の護衛を買ってでたり、日雇いの傭兵的な仕事をしたりと、そんな感じです」


ああ、なるほど。

そう言えば、とザインはクレアが見ている城壁へと視線をやりながら思う。

クレアはこの都市の住人ではなかった。

祭りが終わったらすぐ都市を出るのだろうか。

それとも。

とっくに用事はすんでいるのにここに残っているのだろうか。


「…ここを出てまた別の都市に行くのか?」

「いえ、もう数日は…しかし、本当のところ、どうするか決めかねてはいます」


ここで傭兵として雇ってもらい居着くか。

これまでのように、根無し草生活をして、あても無く彷徨うか。

いずれにせよ、女の進むべき道ではないだろう。

否。

ここに居着けば、いずれ女としての一切の事を強要されることになるであろう。

そうした場合。

この剣しか握れぬ手で何が出来よう。

裁縫も料理も出来ぬ手だ。…一体、何が出来よう。


だから、クレアは一か所に留まる事を選ばない。

そうして生きるために剣を振るう。


「そうか、じゃあ、もうしばらくはお前に会えるな」

「えぇ」


相変わらず、クレアの声は素っ気無い。

彼女にとって、ザインはどうでも良い存在なのだろう。

そう思うと、ザインは多少なりとおもしろくない感情が頭をもたげる。

目の前の相手は自分が棄権したとはいえ剣技優勝を果たした人物。

その人物は、今、話している自分を傭兵団長と知りながらも、剣も交えず、どうでも良い扱い。


…何故、こんなに苛立つ必要がある。


ザインは、クレアの興味の全てが自分の方を向いて欲しいのだ、ということに気が付いていない。


そろそろ戻る、というザインの声に無言で賛同を示す。

道を折れ、仲間たちの元へと帰るザインの背を見た。

彼は、同じ剣士という立場である。

だが、漠として漂うクレアとは確実に違う。


交差する路を、ザインとは真逆に進み、クレアも帰路についた。

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