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 針藤しんどうなえという私の姉は、物語の主役に据えられるような聡明で才華輝く人気者だ。波乱万丈を雑味豊かに手懐けながら、桜色の笑顔を崩さず酸いも甘いも飲み干して、人生という花道を足取り鮮やか軌跡を以て自分好みに飾り付け、四方八方隙なく見通し大手を振って歩き抜ける。


 不世出、と誰かが言った。ごく稀にしか現れないほど優れている人をそう呼ぶのだとか。きっと、それは正しいと思う。


 そんな姉を心から誇りに思うし、今も昔も変わらず大好きだ。


 ただ、姉を好きになるほど、嫌なことが増えた。取るに足らない些細なことばかりだけれど、どうしても許せないことが中にはある。


 この世でそれをやらないのは姉だけだ。姉は――姉だけは、決して。『針藤苗あね』と『針藤淡わたし』を間違えない。屈託のない笑顔で、迷いない声で私を淡と呼び続けてくれる。


 私は針藤淡。『針藤苗の妹』じゃない。

 でも――。

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