第30話

 チンと三度目の音が耳に響く。


 地下三階に着いた。そこは他の階よりは少し白が多いものの、ほとんど同じ構成をしていた。透明の部屋に、白い壁。

 唯一違うのはその部屋を通り抜けた先に周囲とは違う雰囲気を纏った白い扉があるということ。


 どこか特別感を漂わせるその扉の先に、成大は勘でゲームマスターがそこにいることを察した。

 しかし、だからといってどうすればいいのだろうか。ゲームマスターのところに乗り込んで、殴らせろとでも言えばいいのだろうか。


 そんなことをしてどうする。もう、この島にはプレイヤーは成大一人しかいないのに。

 きっと生き残るべきは成大じゃなかった。福田や平井、飯島のような誰かのために体を張れる、心優しき人間が生き残るべきだったのだ。


「にん、げん」


 成大は力なくつぶやいた。

 人間とは人類のこと。性格の違いや見た目の違いこそあれ、人型をした者。


「化け物は人間だった……」


 化け物は人型をしているものもいた。だから化け物も人間と扱うべき、と言っているわけではない。本当に、化け物は元々は人間だったのだ。

 それを知ったのは平井と一緒に隠れたデスクの下。平井が拾い上げた書類はここの施設について詳しく書かれており、とくに化け物の生態について詳しく書いてあった。


 ここは医学に詳しくない成大でも知っている、コマーシャルでもよく見る青山製薬の経営する研究施設だ。

 研究内容は人間の遺伝子について。人間の遺伝子はどういった役割を持っているのか。どこの遺伝子をどう弄ればどんな人間になるのか。


 この島で出会った化け物たちは全員元々は人間だったのだ。

 どういった理由でこの施設に来たのかはわからないが、研究のために遺伝子を操作され、その身を化け物へと変化させられた。

 化け物に成り果てた彼らは知性が著しく下がり、人をおもちゃとして認識するようになる。だからあの化け物たちは人を殺していたというよりは、人で遊んでいたのだ。

 子供が折り紙を引きちぎって工作するように、化け物は手で掴めるものを引きちぎったり潰したりして遊んでいた。そこに善悪の概念はない。


 人型の化け物だけではない。猿型、蛙型の化け物も元は人間だった。

 人型の化け物に比べて体が小さかったのは、元となった人間が子供だったからだ。人間の子供の遺伝子が操作され、化け物になった姿、それが猿型や蛙型の化け物だったのだ。

 つまり成大たちは変質したとはいえ、この島でずっと人を殺していたのだ。血が出るのも、人間と同じで首や頭が弱点なのも納得だ。だって、元は人間だったのだから。


「ああ、あああ」


 目的の階に着いたというのに成大はエレベーターから降りることができず、頭を抱えたまま動けなかった。


 このデスゲームが始まって、成大は変わった。

 人を平気で見殺しにできる人間から、誰かを助けられる人間になろうとしていたのだ。なのに、成大はずっとその誰かを殺していた。

 正義となにか。悪とはなんなのか。成大にはわからない。尋ねたら答えてくれそうな人はもう、失ってしまった。


「あとは頼む」


 飯島の最後の言葉を思い出す。

 福田も飯島も、最後に成大になにかを託して死んでいった。

 平井もきっとそうなのだろう。なにかを成大に期待して、大事ななにかを託して自身の死を受け止めた。


「……な、んで」


 成大はそんな大層な人間ではない。成大とともにした時間が長い飯島ならよくわかっているはずだ。成大は正義側の人間なんかではない。

 なにかを成し得るような力なんて持ってはいない。現に二度も死にかけて、二度も誰かに救われている。


 成大の足元にあるのは無数の骸だ。

 飯島や福田たちを含めた、多くのプレイヤーたちの骸の上。

 運よく生き残れただけの成大の足元には血と多くの死骸が、たくさんの人の無念が渦巻いている。

 それらすべてを背負えるほど、成大は器用でも強くもなかった。

 しかし、


「あとは任せたわ」

「あとは頼む」


 二人の願いが成大の重たい体を前へと進ませた。

 正義とは、正しい選択とはなんだろうか。成大にはやはりわからない。だが、ここで歩みを止めれば死んでいった福田たちに顔向けできない。


 成大は沈む気持ちを堪えてまっすぐと白い扉に向かう。

 直線にして十メートル。両サイドには他の階にもあったガラス張りの研究者たちのデスクのある部屋がいくつも並んでいる。

 その長いような短いような平坦な道を歩いていくと、目の前に白い扉。成大が開けようと手を伸ばすとウィンといって扉が開いた。


「こんにちは」

「……ああ、こんにちは」


 開いた扉の先、無数のモニターの前に腰掛けた少年は成大を見てぐらぐらと熊の被り物を揺らした。

 いつも液晶モニターやスマートウォッチ越しだったゲームマスターが今、目の前にいる。

 服部がここにいたら迷いなく殴りかかっていそうだが、成大は落ち着いてゲームマスターの少年の呑気な挨拶に応えた。


「いやぁ、驚いたよ。まさか本当に化け物をここまで追い詰めるなんて。地上にはまだ数体化け物が生きて徘徊しているけど……研究室から出すことすらできなかった危険な三体の化け物の処理をしてくれて助かったよ。あれの扱いには本当に困っていたんだ。ほんっとうにありがとう!」


 ゲームマスターは手をパチパチと叩いて成大を労った。

 化け物を倒すにあたって失った人の命に興味はないらしい。飯島たちのことを話題にあげすらしなかった。


「俺はたいして役に立てなかった。生存者だって、もう俺一人しかいない」

「そうだね。よくも一人でここまで辿り着きました。僕が学校の先生だったらお兄さんに花丸あげちゃう」


 そう言ってゲームマスターは片手で空中にくるくると円を描く。

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