第18話

 こつこつと歩けばかすかに店の奥から物音が聞こえる。誰かの息遣い。おそらく必死に隠れているつもりなのだろう。

 たしかにこの状況では隠れているのが一番安全な策ではある。

 それをしないという選択を選んだ成大は自身の行動に驚きながらもなぜか悪い気はしなかった。


 平井の案内で迷うことなく鞄屋にたどり着く。店の内装は鞄を展示する机が置きっぱなしにされているものの、商品である鞄自体は置かれておらずゴミが散乱している。


「うっ、すみません。なかったみたい、ですね」

「そんなことはない。少し店の奥も見てみよう」

「せっかくここまできたしな」


 肝心の鞄が置いておらず申し訳なさそうに謝る平井に飯島は首を横に振るとずかずかと店の中に入って行った。

 会計レジの置かれたカウンターの奥に入り、スタッフルームの扉を開ける。するとそこはまだ比較的綺麗な場所で、段ボール箱が数箱置かれていただけの空間だった。


「おっ、あったぜ」


 福田が段ボールを開けるとそこには数個ほどの鞄が詰められていた。店を閉めるときに持って帰るのを忘れたのだろうか。

 成大たちは鞄を拝借すると再び映画館に向かう。


「でもあれだな、ここは化け物が少ないよな」


 福田が少し拍子抜けしたようにそう漏らす。たしかに福田の言う通りだ。

 成大たちがこの商業施設にやってきてから化け物と会ったのは映画館の中だけだ。

 福田の独り言のような言葉に平井が説明する。


「ここのシャッターは早い段階で閉めておいたので……あと中にいた化け物はあらかたコウさんが片付けてくれて」

「力だけはあるんだな、あのヤクザ」

「その力が人に向けられなければいいが」


 やれやれと言いたげに飯島はため息をついた。

 ヤクザという職業と化け物を一人で倒す力を持っているという自負。この状況において服部は優位な立ち位置にいるだろう。他人に高飛車で傲慢な態度を取らないとは限らない。と、いうよりすでにそのような態度をとっている気がする。


 道中に落ちているペットボトルを拾いながら映画館にたどり着く。そこに化け物の姿はない。


「どうやら大丈夫そうだな」

「気を抜くのは危険ですよ」

「ああ、わかっている」


 成大たちは今、四人で行動している。これだけの人数がいれば全方向を警戒しながらの移動は難しくない。

 スタッフルームに行き、ペットボトルに水を入れる。それをひたすら繰り返し、持ってきていた分のペットボトルすべてに水を入れた。


「よし、今度はこれを店の奥に隠れている人たちに届けよう」

「おう」


 行きとは違い、水を入れたペットボトルという重りを持った状態でショッピングモールに向かう。

 周囲を警戒しながらの移動なので少し移動速度が落ちてしまうがしかたがない。


 建物の窓から入る光が弱々しい。今までは必死になって行動していたので気がつかなかったが、どうやら日は落ちて夜に近づいているようだ。


「安全かつ迅速に。暗い中化け物との戦闘は避けたい」

「ですね」


 飯島の言葉に成大は頷いた。

 化け物の正体はわかっていない。現状でわかっていることといえば、化け物は声に反応して集まってくるということ。そして人型に蛙型、猿型の姿の化け物がいるということ。


 人型の化け物は小さいものでも身長二メートル以上はあり、蛙型は小さくて跳躍力が高く、これは成大の推測であるが女性を優先して狙う節がある。アパートで成大たちの方が蛙型の化け物に近かったにも関わらず、冨山を狙ったのはそういう優先順位があるからではと考えたのだ。


 そして猿型の化け物は、蛙型の化け物と同じく、またはそれ以上に小さい体格だ。しかし動きがどの化け物よりも俊敏で背後を取られたくないタイプだと感じる。


「よし、ここら辺でいいか」


 ショッピングモールに着くと飯島は成大たちを水と一緒に店の奥にいるように言った。そして一人でモールの真ん中に立つと、


「おーい!」


 思いっきり大声を張り上げた。

 成大の隣に身を潜めていた平井が驚いて肩を震わせた。


「……」


 飯島が叫んだ後、少しの沈黙が流れる。

 飯島の声に反応して化け物が寄ってくる気配もない。


「うむ。ここら辺は安全そうだ」

「叫ぶなら先に叫ぶって言えや」


 店の方を見て出てきていいぞと言う飯島に、福田は不満気な声をあらわにしながら鞄を持って店を出た。


「悪い」


 成大たちも店を出る。飯島は福田に文句を言われて少し眉を下げていた。飯島は思っていたよりも表情豊かなのかもしれない。


「おい、聞こえるか。水を持ってきた。欲しい者がいれば遠慮なく言ってくれ」


 飯島が周辺に響き渡る声でそういうと、さまざまな店の奥から顔をちらりと覗かせる人がちらほらといた。


「み、水!」


 その中の一人がよほど喉が渇いていたのか駆け寄ってきて飯島から奪い取るようにして水を飲み干す。


「水……」

「水だ……」


 それを見て他の人も吸い寄せられるように成大たちの周りに集まってきた。


「お、俺にもくれ!」

「俺にも!」

「安心しろ。たくさんとってきたし、もし足りなかったらまた俺が取りに行く。ちゃんと全員に行き渡るはずだ」


 我先にと手を出すプレイヤーたちを諌め、飯島はプレイヤーたちに水を渡していく。

 四人で五十本ほど運んだペットボトルのほとんどはすぐに空になった。

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