第2話 スノウドロップ




雪が身体に降り積もる感触がしていた。


それと同じだけ、自分という存在が消えていけばいいと思った。


苦しまずに、誰にも知られず、死ぬのでなく、消えてなくなりたい。


削れて削がれて奪われていった僕には似合いの死に方だろうから。



「………………」


なのにどうして僕はあたたかい布団に包まれているのだろう。


いや、暑いくらいだ。


練炭か。


「いや、ストーブっすけど」


一酸化炭素か。


「いや、寒いのかと」

「ナチュラルに心を読むな」

「顔に出すぎっしょ」


起きると僕は、見知らぬ部屋にいた。

病院らしい様子はない……となるとハルという少年の家あたりだろう。


「多少は良くなりました?気分」

「…………不思議と」

「トーマさん、体調悪いのに出歩いちゃだめっしょ」

「体調、というか……」


ほぼ100でストレスが原因なので、一概に体調とも言いづらい。


「アメ、食います?」

「…………あー……うん」


ハルが、ガランゴロンとドロップの缶を鳴らしている。

正直ほしくはないがその頭に響く音をやめさせるために缶ごと受け取る。


コロリと転がり出る白に、再び缶を振る。

2、3の白を見て、状況を察する。


「ハッカしかないのか」

「俺ハッカ嫌いなんすよ」


ハッカは好きだが、選択肢が与えられないというのも複雑な心境だ。

仕方なくすべて口に放り、カラコロと転がす。


「…………」

「…………」

「……ふっ」

「……なに」

「リスみてぇ」


両の目玉に一個ずつ吐き出してやろうか。





「それで、僕はどうしてここに……いるのかは聞かなくても想像できるな……意図が聞きたい」

「意図?」

「放っておくなり病院に突っ込むなりしてもよかったはずだろ?」

「うーん……」


そんなこと思ってもみなかった、というように考え込んでしまったハル。


そんな難しいこと聞いてないだろ。


「単純に近かったんすよね、家」

「あぁ、そうなんだろうな」

「あと、こうでもしないと逃げるだろうなって」


背筋をひやりとしたものが流れた。


僕が勝手に安心していただけで、ハルは特に何も言っていなかったのだった。


勝手に都合の良い方に考えてしまうだなんて、自分が軽蔑してきた人間そのものだ。


軽蔑してきたような人間になるくらいなら死んだ方がマシだ。


「まず、その手にずっと握ってたものを離してほしいんすよね」

「え?」

「え?」

「うわ、無意識だった……あー、これね…………」


いや、これは渡すわけにはいかない。


唯一、引きちぎることのできなかったものが残っている。


「…………」

「…………」


かといって素直にハルに渡してしまうのも気が引ける。正直、嫌だ。


「くれるって言ったろー!!」

「貧乏ならって条件付きだろー!!」

「貧乏だよ俺ー!!」

「嘘つけー!!」

「マジだよだって学生だもん」


確かに、机の上には辞書や教科書が並べられているし学生服や学生鞄もある。

この校章だとすぐ近くの高校の子だろう。頭も悪くはないはずだ。


「…………なんで」

「ん?」

「なんで、よりによって、絵なんだよ」

「売れてぇから」


即答だった。


「……一時の感情でちやほやされて、他人に振り回されて終わることがそんなにいいのか?本人の努力や中身を見ようともせずに、ひとりが始めたことをこぞって真似しつくして個人を実質潰す行為を『流行』と称してお手軽に消費することが?」

「怨みこもってますね」

「絵を『描く側』なんて、そんないいもんじゃない」

「じゃあ、どうして?」


その『どうして』が何にかかっているのか、わからなかった。

だから、適当にはぐらかした。


「月の裏側だ、あんなもん」

「ふーん……?」


ぱっ、と持っていたスケッチ帳を取り上げられる。

やっぱり体を鍛えようかと悩む。


「ちょっと、返……」

「………………」


ああ、もうだめだ、と思った。


僕は誰かのこういう「瞳」が嫌いだった。


心底、反吐が出るほどに。


「…………」

「…………」

「返せ」

「ほしい」

「……は?」


ハルは不釣り合いに輝かせ、見開いた目を僕に向ける。


「いらないんなら、ぜんぶ俺にちょーだい」


いつか向けられた醜い感情たちがそれと重なって、吐き気を催す。

しかし胃はハッカのおかげか落ち着きを取り戻していた。


「俺の目は間違ってなかった」

「いや、何言って……」

「もう一度言う!」

「うわ」


はきはきとしてて、明るくて。


「トーマさんの持つすべての技術を、俺に叩き込んでくれ!!」

「え、と」

「俺をプロデュースしてくれ!!」


春を通り越して真夏みたいな野郎だな、などと思ったのだ。



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