元凶

 俺が倒したのは……悪魔王じゃない……?

 こいつは何を言ってるんだ……?


「ほう……その顔は、存外驚いてくれたようだな」


 俺の反応にうすら笑うカグヤ。

 余裕な態度を崩すことなく、俺の次の言葉を待っている。


「ふざけるな……そんな言葉を信じるとでも?」


「真実だからな」


「話にならない」


 否定の言葉を口にしながらも、この場を去るという選択肢は浮かんでこない。

 嘘だ。そう一笑に付してしまえたならよかった。

 なのに、俺の背に流れる冷や汗と脳内で鳴る警鐘がそうさせてくれない。


 聞かなければならない。


「根拠を聞かせろ」


「ほう、と言うと?」


「俺が倒したのは間違いなく悪魔王だった。この大陸ゼノマを侵略しようとしたのも、グリフィル神聖国が勇者を召喚した理由も……間違いなく奴だった」


 そう。ありえない。

 大陸全土が奴を悪魔王として認識していた。俺はそれを倒し、強制送還された。目的を達したものとして、だ。

 それが……偽物だと?


 馬鹿げている。


「証明してみせろ。その情報が真実だと」


「ふむ……そうだな」


 目を伏せ顎に手をやったカグヤは、姿勢を崩して胡坐をかく。


「――――騎士ナイト、フルカス。ヤツを知っているな?」


「……ちっ、ああ。何度も会ったことがある」


 思い出すだけで頭が痛い相手だ。

 自由奔放、強力無比。

 俺がこの世界で出会った存在で最も敵対したくない者の一人だ。


「嫌な顔をするでない。妾のように人間社会に紛れている上級悪魔グレーターデーモンのほとんどが、フルカスからおぬしの名を好意的に聞いておる」


「なっ、え」


「これが証拠だ」


「――――――」


「フルカス……アレはおぬしによう懐いておっただろう。――――悪魔王の騎士であるアレが、悪魔王の敵であるおぬしに懐く……どう考えたっておかしいだろう」


 騎士フルカス。

 上級悪魔グレーターデーモンでありながら、同じ上級悪魔グレーターデーモンを狩る存在。

 その在り方は歪の一言。

 

 俺はそれを、『自由に生きている』だけだと思っていた。

 一向に邪魔をしてこないフルカスに、そうやって思考を止めてしまっていた。


 悪魔王を討伐するために配下の上級悪魔グレーターデーモンを駆逐する道中に出会って、一戦交えて懐かれて、その後も何度も出会っては好意的に接してくるフルカス。

 それはただ、そういう生き物なのだと思っていた。


「バエル。悪魔王を名乗ったヤツは、『真の悪魔王』に反旗を翻したのだ。人類との共存を長らく続けていた真の悪魔王に痺れを切らしてな」


「……奴には、配下がいた。そいつらはそのバエルを悪魔王だと……」


「ああ、少なからず人間との共存を嫌った個体もいた。バエルはそれらを焚きつけ、人類への攻撃を開始したのだ。キングより下の階級のヤツらを引き連れてな」


 カグヤが語る言葉は、どれもこれもが腑に落ちてしまう。

 必死に戦っていた当時では見逃してしまっていた違和感を拾い、そのすべてを解消していく。


「おぬしが度々フルカスに出会ったのも、目的が同じだったからだろう。ヤツの使命は『悪魔王に反旗を翻す上級悪魔グレーターデーモンの駆逐』。ヤツはそういう機能で動いている」


「そのバエルを筆頭にする上級悪魔グレーターデーモンたちは……俺とアイツの共通の敵だったわけだ」


「そういうことだ」


 そりゃ邪魔もしないし懐かれるわな。目的を共にする研鑽相手……見事にフルカスのタイプど真ん中だ。


 ならば残る疑問は―――――


「……180年前、グリフィルが勇者を喚んだのは知ってるか」


「ああ、聞きかじった程度だが」


「……なら話が早い。俺が悪魔王を名乗るバエルを倒した後、勇者は強制送還された。『悪魔王を倒せ』という理由で喚ばれた勇者が、だ。これはどういうことだ?」


「召喚魔法の触媒は、『魔力と願い』。召喚者の認識に大きく左右されるだろう。『悪魔王』という言葉ではなく、彼らの認識する『悪魔王』。人類を侵食する『悪魔王を名乗るバエル』。ヤツを倒すこと……それが目的に設定されたのだろう」


「なるほどな……まあ、世界の中ではそのバエルが悪魔王と呼ばれてたわけだからな」


 納得したふりをして、まったく落ち着かない胸中に顔をしかめた。

 

 しかし、新たな疑問はどんどん浮かんでくる。


「……じゃあ、本物の悪魔王は」


「さあな。上級悪魔グレーターデーモンの管理はフルカスに一任しておるし、姿を現すことも数百年に一度だ」


「マジかよ……あの女神、なんでそれ教えてくんなかったんだよ……」


「ん?」


「いや……なんでもない」


 思わず愚痴が口から零れる。

 思考を切り替えると、本来の目的を思い出す。


「悪魔王とは直接関係あるかはわからないが……聞きたいことがある」


「言ってみ」


「ヘルヘイムを名乗る謎の集団についてだ」


「……ふむ」


 逡巡の後、カグヤは口を開く。


「『悪魔王復活を嘯く何者か』だ」


「それだけか……」


「―――――四代前のグリフィル王……ギルタムズが関わっておる。妾から言えるのはそれだけだ」


「―――ギルタムズ……だと……?」


 ギルタムズ・エル・グリフィル。


 俺たちを勇者として召喚した、当時の王太子。

 英雄に憧れた、ボンクラ王子だ。


「屍王の名を歴史から消し、自身が悪魔王を討伐せしめたと喧伝した張本人だ」




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