過去の鎖
ビフロンス。
忘れない……だと?
こっちのセリフだ。
お前に殺されたクラスメイトの叫び声を覚えてる。
尊厳を踏み躙り、死体を弄び、その死体でさらにクラスメイトを殺す。
お前は、数いる俺の復讐の標的だった。
「お前のせいでこっちは叫び声がトラウマなんだ。面白い映画もアニメも見られなくなった……どうしてくれんだ」
「何ヲ言ッテイル……屍王ォ!」
とりとめのない愚痴が溢れ出す。
何を言っても戻らないのはわかってる。
かつて、俺はこいつを筆頭にするガギウルの悪魔たちを抹殺した。
こいつはきっと、俺が勇者として呼ばれた一団にいたことも、仲間を殺された復讐のためにガギウルの悪魔たちを殺したことにも気づいてないんだろう。
今更……言うこともないか。
気持ち悪く蠢くゲル状の生物とも言えない欠陥体にかける言葉は、もうない。
「コノ時ヲ……冥府ノ底デ待チ侘ビタゾ……コノビフロンスガ――――」
「いいよ、喋んな」
腕を横一線に振ると、地面を這う氷が俺の前方を蝕む。
目視することも叶わない速度で地面から生える氷柱がビフロンスの不定形の身体に突き立った。
「グオォッ!?」
「レナちゃん、その剣貸して。君、剣使わないでしょ?」
「なんでわかんのよ……まあいいわ。どうせ私じゃ使えないし」
不愉快な悪魔を前にして、グルバと会った時よりも落ち着いているレナちゃんは腰の剣を俺に渡し、自分の脛当てを確かめて構える。
トントンとつま先で地面を叩きながら、息を吐く。
「あれ、明らかに攻撃効く形してないんだけど……」
「うん、基本効かないね」
「ちょっと!? どうすんのよ!?」
「策はあるから大丈夫だよ。ってかあれ、一回殺したことあるし……マジでなんで生きてんのかわかんないけど……」
「は、は?」
剣を軽々振りながら、一人で盛り上がっているビフロンスを睥睨する。
「愚弄……スルカ……コノ、ビフロンスヲオオオォォォオオオ!!」
ジュウジュウと音を立てて蒸発しながら氷を溶かし、魔力を煌々と輝かせる。
光の直後に現れるのは、街を襲う大群と同様の悪魔の群れ。
「アア゛……憎イ……憎イゾ屍王ォォ!! 貴様、同胞達ヲ屠ッタダケニ飽キ足ラズ、マタシテモ我ノ街ヲッ!!」
「―――我の街? ふざけんじゃないわよ。クソ悪魔」
ぽっと出の領主気取りに、レナちゃんは鋭い目つきで啖呵を切る。
「ここはアイロン家の治める街よ。気持ち悪いゲロ生物の出る幕は無いわ」
「ゲッ……!?」
「ぶはははっ! いいねレナちゃん! 最高!」
レナちゃんの言葉に手を叩いて笑う俺に腹を据えかねたのか、ぶくぶくと水が沸騰するように身体に気泡を浮かべる。
それは恐らく指示。
ビフロンスによって生み出された悪魔の死骸の集団が、意思を持ったように叫び散らかしながら俺たち二人に突貫を開始した。
ビフロンスを守る盾のように壁と化した悪魔の波が俺達に迫る。
「ねえ、数多すぎなんだけどっ!?」
咄嗟に迎撃に出ようとするレナちゃんを片手で制しながら、軽い足取りで踏み込む。
迫る雑魚悪魔の攻撃に合わせ、間一髪でカウンターを打ち込んでいく。
十体、二十体……数えるのが億劫になるほどの腕、足、顎、爪。弾き、掻い潜って突き刺す。
流石グルバの剣。切れ味は保証されてんな。
「レナちゃん。俺に何をして欲しいかだけ言ってくれ。全部叶える」
レナちゃんがどんな異能を持っているか、その説明は必要ない。
ただ、立ち振る舞いと、彼女を見たニドの見解。
『あの娘、面白い。身体ん中に、なんかいるのだ』
それらを合わせると、彼女を信じるに足る要素へと変わる。
ガギウルを救った少女。
この肩書きは、彼女の現状を救う一手になりうる。
このゲル野郎をレナちゃんがぶっ殺す。
俺達がするのは、そのアシストだ。
悪魔の津波を捌きながらレナちゃんに視線を送ると、彼女は―――――
「――――私、準備が終わるまで動けないから……守ってくれる?」
「指一本触らせないよ。任せて」
俺の言葉に肩を跳ねさせたレナちゃんから視線を外して、迎撃に集中する。
レナちゃんは息を深く吐くと、目を瞑る。
当然、その隙を見逃してくれるわけもない。サソリのような悪魔が尻尾から針を飛ばし、レナちゃんに射撃する。
「――――ふッ!」
片足で地を蹴り、宙で針を打ち落とした。
隙を突いて俺の下を潜る悪魔に、剣を投げ下ろして頭部に突き刺す。
着地と同時にその悪魔から剣を抜き払い、再び波を捌いていく。
力は必要ない。速度だけに集中し、機動力を奪うことに注力する。
三十、四十。
単純な身体能力だけの力技を繰り出すが、ビフロンスもそれを許さない。
「ホホホホホホ! ドウシタ屍王! 無様デハナイカ! カツテノ威容モ地二堕チタナァ!!」
「優勢と見れば調子取り戻すとか……典型的なカマセ、下っ端のテンプレだな」
「――――光モナク、死ニ往クガヨイ。カツテノ為政者ヨ」
悪魔の群れが勢いを増す。
まだ、まだ耐えろ。
攻撃が掠ろうとも、頬に血が伝おうとも……強引に身体を捩じり、後先考えない迎撃を可能にする。
もうすぐ、来る。
アイツはいつも、俺を第一に考えてる。
「―――――お待たせいたしました。『不妄』、担当区画に生存する悪魔の掃討を完了いたしました」
「――――さっすが、右腕」
「ふひっ――――ん゛、んん……失礼いたしました。
「25」
俺が過去に討伐した七体の
それらの中で、もっともビフロンスにキく奴を選択する。
ニヴルが腹を開き、その中に手を突っ込む。
それとほぼ同時、挟撃を防ごうとした俺が翳した剣を、一体の悪魔が弾き飛ばした。
もう、俺に武器はない。
宙を舞う剣がやけにスローモーションに見える。
それを好機と見たビフロンスは、表情の見えない顔を悪辣に歪めたように見えた。
「ホホホホホッ! 屍王ッ、討チトッ――――」
「―――――
――――悪魔の軍勢は、足を止めた。
「……ナッ!? ソ、ソノ鎖ハァアアッ!」
周囲の悪魔たちに巻き付いた鎖。
その鎖の発生源は、俺の手に握られた小箱。
「
俺は、手に乗せた小箱を――――握り潰す。
直後、鎖が巻き付いていた悪魔が千々に爆散した。
「ソノ鎖ハ、グラシャラボラスノォオォォオオッ!!」
「仲間の死体を弄ぶのはお前のお家芸じゃねえかよ。何悲しそうなふりしてんだよ―――――いつもみたいに、笑ってみろよ、伯爵様ぁ」
クラスメイト達の顔を思い浮かべると、どうも自制が効かなくなる。
効かせる必要もないけどな。
「てめえは仲間の死骸を使った武器で……惨めに殺されんだよ」
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