第43話 魔王の正体

「葛西君が生きていたの!?」


 翡翠の言葉に真っ先に食いつくのは美羽。次に鷺山。そして最も反応が薄いのはリズワール含む王国の兵士たちであった。


「落ち着けよ、美羽。無能葛西が生きてるわけねえだろ?」


「鷺山君は黙ってて!」


 美羽がこの世界で魔王討伐を目指す理由。それはライトを助けるため。その一心でやってきたのだ。ライトが生きているかもしれないという情報を聞いて落ち着ける筈もない。それほどまでにライトへの執着心のある美羽を前にして鷺山は内心舌打ちをしたい気分に駆られた。


 自分はこんなにも美羽の事を思っているのに。なぜいつもライトの方へと好意が向くのか。美羽に嫌われるのは嫌だったため美羽をライトから遠ざけるようにするのではなくライトへ嫌がらせを行う事によって美羽の前からライトの方を遠ざけようと画策していた。


 そしてそれがリズワールによって持ち掛けられたとある作戦で成就したのだ。だというのに今、ライトは生きているのかもしれないという情報を聞いて鷺山は気が気ではないのだ。


「あの、すみませんが葛西君というのは?」


「覚えていないのかい? リズ。最初にダンジョンの奥地で行方不明になった僕達のクラスメートだよ」


「ああ、あの方がそうなのですね」


 自らが故意に置き去りにしたというのに全く記憶には残っていない。所詮リズワールにとって人の命というものはそんなものなのである。


「皆ごめん。伝え方が悪かったね。あくまで葛西君の姿をした魔王が居たというだけで魔王が葛西君本人だとは言っていないよ」


「どういうことなの? 翡翠君」


「つまり魔王が僕らを油断させるために葛西君の格好をしているんじゃないかってことさ。そういうスキルあるよね? リズ」


「はい。確かに存在しますね。それもそう言ったスキルは魔物もしくは魔族に見受けられることが多いです」


リズワールの言葉で現れた葛西ライトが実は魔王が変装していただけだった説が真実味を増していく。


「第一、あの無能葛西が魔王なんかになれるわけがねぇしな」


「僕も鷺山の言うとおりだと思うよ。下級モンスター1匹に時間をかけてたほどの奴がそこまで強くなれるとは到底思えないしね」


 珍しく鷺山の意見に黒木が同意する。自身だけ特別な役職を与えられたことにより、鷺山に対する劣等感がなくなったからであろう。


「あんたたち美羽の前でライト君を下げるようなことを言うのはやめてもらえる?」


「ああ? 本当の事だから言ってんだろうが」


「本当の事? ダンジョンに落ちてからのライト君を見てもない癖に?」


「見てなくても分かんだろうが」


「はいはい、そこまでだ。仲間割れをしている時間はない。一回話を戻させてもらうよ」


 凛と鷺山が言い争いを始めたところで翡翠が止めに入る。


「二人には悪いけど僕も葛西君が生き残っていたとしても魔王になれるとは思えない。考えても見てくれ。伝説級のアルムを持つ最上級魔族である摩天の上に魔王が居るんだ。ライト君のアルムは確か神力が0だっただろう? 成長するとはいえそれでもこれだけ訓練を積んでいる僕達よりも上になっているのはおかしい。だとすれば魔王が葛西君に化けてるって考えた方が合理的だろう?」


 翡翠の意見に誰も反論しない。美羽も凛もこのまま言ってもただの水掛け論になって話が進まないことを理解しているため何も口出しはしないが、内心で決めつけではないかと不満には思っている。


「そう考えて話を進めるよ。相手にはもしかしたら僕達の誰かに化ける魔族が居るかもしれない。特に美羽。葛西君の姿で話しかけられても嘘の可能性が高いから騙されちゃダメだ」


「……うん、わかった」


 そこに関しては美羽も素直に同意する。たとえライトが魔王であったとしても魔王でなかったとしても変装して襲い掛かってくる魔族を警戒するのは当然のことだからである。


「でもどうして魔王は会ったこともないライト君の格好を知っていたんだろうね」


「それは……美羽の前ではあまり言いたくなかったからあれだけど」


 凛の疑問に言葉を濁しながら翡翠が続ける。


「もしかしたら葛西君は運よくあのダンジョンから脱出できたけどその後魔王に見つかって殺されたんじゃないかな? 確かあそこのダンジョンは中級だったからあの狼の魔物から逃げられさえすれば抜け出すことは可能だと思うし」


「……ごめん、一回席を外すね。ちょっと耐えられないかも」


 翡翠の言葉に美羽が部屋から飛び出していく。


「おい待てよ美羽!」


「鷺山君はここで待ってて。あなたが行っても悪化するだけだから。美羽!」


 出ていこうとする鷺山の手を強く引き戻した凛も部屋の外へと飛び出していく。


「……すまない。本当は言いたくなかったんだ。けど多分それが真実なんだと思うから」


「流星は悪くねえよ。悪いのは半端なことしてる葛西の奴だ」


「私もそう思います。翡翠様は悪くありません。悪いのはすべてその葛西とやらです」

 

「そうだよ、悪いのは葛西だ。流星君じゃない」


「そうだそうだ!」

 

 流れるようにすべての罪がライトへと擦り付けられていく。共通敵を作り出すことで結束を固めさせようとしているリズワールの思惑には気が付かないまま他のクラスメートたちもそれに同調する。


「ありがとう皆。でも葛西君にも悪気があるわけじゃない。そんなに責めないであげてくれ」


「流石は翡翠様ですね。優しすぎるのもどうかと思いますよ」


 そう言ってリズワールは自身の透き通るような白い腕を翡翠の腕へと絡ませる。


「ごめん、リズ。気を付けるよ」


リズワールに励まされた翡翠は前へと向き直る。本当に疑わねばならない相手がすぐ傍にいるとも知らずに。


「相手は強大だ。でも僕達が成長すればきっと打ち勝てるはず! 絶対にこの戦い勝つぞ!」


「「「「うおおおおおお!!!!」」」」


 とある戦場にポツリと置かれた小屋の中で戦士たちが雄たけびを上げる。外に更に広い世界があるとも知らずに。 

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