第6話 ダンジョン探索

 体中が痛い。鷺山による行き過ぎた訓練は結構な時間が経過した今でも俺の体を蝕み、動かすたびに鈍痛が走る。


「うわぁ、流石に私でもこれは同情しちゃうかも」


 一見痣だらけの俺の姿を可哀そうだと思っての発言に聞こえるが決してそんなことはない。基本的に鷺山はクラスの大半に対して横柄な態度をとるためヘイトが高いのだ。だからこその憐れみ。決して俺を気遣っての言葉ではない。それが分かっているとはいえ、ここで返事をしなければまた石川の反感を買うだけだ。ここはおとなしくお礼を言っておこう。


「どうも」


「別にアンタのことを思って言ってるわけじゃないんだからね! 勘違いしないでよね!」


 ツンデレのような事を言っていますが彼女は確実にそんなことはないのでご安心を。俺みたいな底辺にも気遣ってあげてる私って良い人、という自尊心を満たすためだけの行為だ。白鳥さんのそれとはモノが違う。こんな奴等とこれから一緒の部屋で過ごさなければならないのか。そんな思いが俺の心に深い闇を落とし込むのであった。



 ♢



 初めて召喚されてからちょうど一か月が経過した。最初は初めての訓練にスキルがあるとはいえついていけていなかったクラスメートたちも段々と打ち合えるようになっている中、俺だけが未だに一切の太刀打ちもできず床を舐めていた。その状況が更に俺の中の劣等感を加速させていた。


 そんなとある日、王女が初めてのダンジョン探索を提案したのである。ダンジョンというのは魔物たちが住まう洞窟の事で、世界各地に存在するらしい。


 ダンジョンには階層という概念が存在し、10階層までのダンジョンを初心者級、20階層までのダンジョンを中級、30階層までのダンジョンを上級ダンジョンという風にランク分けされているらしい。現状、発見されているダンジョンの中の最高階層は42階層までらしく、そのあたりがダンジョンの限界であると考えられているらしい。


 今回俺達が潜り込むのは中級のダンジョン。神の使いである俺を除いたクラスメートたちの成長は凄まじいものがあり、初心者級では役不足なのだそう。


 頼むから俺だけ初心者級で、とも言えず第五部隊の一員としてダンジョンへと向かう羽目になる。


「それじゃアンタは荷物持ち担当だからこれ全部持っててね」


 そう言って石川から渡されたのは大量の物資が入ったカバンだ。今回のダンジョンへの挑戦では踏破することが任務となっており、かなり時間がかかると予想される。そのため、数日分の食料や飲み物がこのリュックサックに詰められており、かなり重い。


 身体能力を強化するスキルを持っていない俺からすればただの生身の身体で許容以上の重さを背負うことになる。これが今から数日続くのだと思うとしんどくなる。そう思っていると、突然リズワール王女からこんな声が聞こえる。


「あと、第五部隊に所属している葛西という者は他の部隊では支えきれない程の足手まといになることが考えられますので第一部隊での行動となります」


 そこはダンジョンには向かわせないとかじゃないのかよ。そんな突っ込みを心の中でしながらもこの重荷から抜け出すことができるのだという解放感に心地よくなる。


「王女様。しかしその場合ですと私たちの部隊だけ一人少なくなってしまうのですが」


「あら? 自信がないのですか? やはり第五部隊の方は言うことが違いますね」


「ち、違う! 不公平だって言いたいの!」


 煽られた石川がムキになってそう反論すると、リズワール王女は暫し何かを考えるそぶりを見せた後にこう提案する。


「では騎士を一人つけましょう。それで満足でしょうか?」


「うっ、そ、それで良いわよ!」


 そう言うと石川は荷物から解放された俺の姿をキッとにらみつけてくる。晴れない怒りを普段のようにこちらへとぶつけたいようだ。しかし、石川にはみんなの前で俺を蔑むほどの度胸はない。その場は睨みつけられることにとどめられる。


「よかった~。葛西君、同じだね」


「歓迎するよ、葛西。魔物達は僕たちに任せて君は後方支援に回ってくれ」


「二人ともありがとう」


 白鳥さんと翡翠がそう声をかけてくれる。久しぶりに味わった人の温かみがじんわりと孤独な俺の胸に広がっていく。


「ケッ、てめえらが甘やかすからこいつはいつまでたっても弱えままなんだよ」


「そんなことない! 葛西君は強いんだから!」


「こいつが強いだぁ? 美羽、それはねえぜ? だって未だにアルムはこんな刃すらついてねえ剣のままでスキルも二つのままなんだぜ? 流石に才能が違いすぎる」


 そう、鷺山の言う通り俺はどれだけ頑張って訓練をしても他の人たちが次々にスキルを体得していく中で、何も得られなかった。言われたことはすべてやった。しかし、俺のスキル欄には一向に新しいスキルが増えることはない。いつも通り、『鑑定』と『宝玉生成』の二つのみだ。


 しかもこの『宝玉生成』というものが本当に何のために存在しているのかが分からない。一度石から宝石が作れるのかと思い、試してみたが、スキルを使ってできたのは丸く綺麗に磨かれた石であった。そう、こいつはただの球体製造機なのだ。球体なんか作って何の役に立つんだよ、と突っ込みを入れざるを得ない。


「くだらないこと言ってないで早く行こう。おなかが減ってんだ」


「なんだぁ? 黒木。偉そうになったじゃねえか」


 黒木と呼ばれた男は第一部隊に所属している男子生徒だ。黒木和夫くろきかずおだ。以前はそんなに目立った奴ではなかったがこちらに来てからというものこうしてちょくちょく鷺山に食って掛かるようになった。


「偉そうになったんじゃなくて実際に偉くなったんだよ」


「ああ?」


 今度は鷺山と黒木のにらみ合いが始まる。


「第一部隊の方々、お早めに」


「分かりました。ほら鷺山も黒木も。リズが呼んでるから行くよ」


 リズというのは俺達をこの世界へと召喚したリズワール王女の愛称である。最近、リズワール王女とかかわりが増えたらしく、翡翠はリズと呼ぶようになっていた。


「うぇーい」


「ふん、翡翠に救われたな」


 そうして翡翠に連れられて俺達の初のダンジョン探索は始まるのであった。

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