キスとパンチの流星群

湯島二雨

第1章…提央祭

1.最強の不良と巨乳美少女転校生

 日本で一番治安が悪い町、提央町ていおうちょう


この町には不良、チンピラが集まり、ほぼ毎日ケンカが起きる。

になるためにケンカをする。それが不良である。




―――




 暗く、ジメジメしている工場。

人はめったに来ない場所。


そこでケンカが起こっていた。

ケンカというよりは、リンチの方が正しいかもしれない。


1人の男を何人もの男たちが囲み、一斉に襲い掛かる。


囲っている男たちは金属バットや鉄パイプを振り回す。当たったらタダでは済まない。

それに対して、囲まれている1人の男は武器など何も持っておらず。普通に考えればリンチでボコボコにされる。



しかし、この1人の男は相手が何人いようと武器があろうと関係なく、全員フルボッコにして圧勝完勝。

圧倒的に不利な状況をものともせず、涼しい顔して勝ってみせた。



「なんだ? もう終わりか?」



左目が隠れるほどの前髪を揺らし、余裕の表情をする男。

強さの格が違う。そう言わんばかりだ。



「いや~、さすがですね南場さん」



ケンカが終わって程なくして物陰から現れた眼鏡の男。

その眼鏡は一部始終を見てたらしく、拍手をしていた。



「相変わらずの強さ……! まさに最強という言葉にふさわしい……!

今回の提央祭もあなたが優勝でほぼ決まりですかね」


「……フン、優勝? 絶対優勝の間違いだろ?」



眼鏡の男が褒めるが、片目が隠れた男は当然のように吐き捨てた。




 提央祭ていおうさい。それはこの町で毎月行われている祭りである。

だがしかし、この提央祭は祭りと呼ぶにはあまりにもバイオレンスである。


提央祭の正体は至ってシンプル。提央町に住む不良たちが戦うバトルロイヤル。

不良に限らずこの提央町に住む人間なら誰でも参加できる。


反則も武器の使用も認められている。

殺しさえしなければなんでもあり!

とにかく相手と戦い倒すこと!

これだけが絶対のルールだ。


参加者を全員倒し最後まで立っていられた者が優勝となる。優勝した者は次の提央祭が開催されるまでの1ヶ月間、「」になることができる。


王の命令は絶対。提央町に住む者は王に逆らうことはできない。王は何をやっても許される。この町は王がルールである!



―――そして、左目が隠れた前髪をした彼こそが提央祭の絶対王者である。


「ブラックドラゴンズ」という名の不良グループのリーダー、南場なんば流星りゅうせいだ。

18歳、高校3年生。提央町唯一の高等学校、提央高校の生徒。



流星は今まで出場したすべての提央祭で優勝している。

出場回数49回、49連覇達成。49ヶ月連続で提央町の王の座をキープしている。


流星に倒された連中は、動けないながらも意識を取り戻した。



「ちっ……ちくしょう……オレも1回くらい王になりてーのに……」


「ああ……頭に来るよな……」



強すぎだろあの野郎……バケモノだ……

負け犬となった彼らはそう思うしかなかった。



「さあ今月の提央祭開催日は4月10日です!

場所は馬頭ばず公園! 時間は16時! 参加したい方は場所と時間のお間違いのないようにお願いします」



眼鏡の男がマイクを使いながら大声でそう告げた。


この眼鏡男の正体は提央祭運営委員会会長、名は菅原すがわら健人けんと

提央祭最高責任者、この提央町を支える影の存在。

17歳、高校2年生。こちらも提央高校の生徒だ。



菅原から告知された提央祭の予定を聞いた流星は、余裕の笑みを浮かべた。

月に1回行われる提央祭。血と欲望に塗れた祭典が、今月もやってくる。




―――――――――――――――




 ―――キーンコーンカーンコーン


4月10日の朝。提央高校のチャイムが鳴る。


1年B組、新入生のクラス。

このクラスでは入学早々転校生がやってくる。



「それでは転校生を紹介する。さあ入っておいで」


眼鏡に白髪の中年の担任がそう合図すると、ガラッと扉が開いた。



転校生はめちゃくちゃ可愛い女の子だった。

身長は低めで、小顔で、ぱっちりした瞳に、薄桃色の形の良い唇。完璧に整った顔立ち。肩まで届くくらいのふわふわな栗色の髪。


そして、胸がでかい。でかいだけじゃない。形もいい。張りもある。

ブラウスのボタンが少し引っぱられはち切れそうなくらい存在を主張している。

触れたことがある男はまだいないが、間違いなく柔らかい。誰が見てもわかる、発育の良い豊満な胸をお持ちの女の子。


胸だけじゃなく全体的にスタイルもいい。

足もスラッと長くて、スカートも短めで白い太ももが眩しい。太くもなく細くもない絶妙なラインを維持したパーフェクトボディ。


そのグラビアアイドル顔負けの身体は、男子の視線を一瞬にして釘付けにした。

性的な視線を向けずにはいられなかった。


これだけ容姿端麗なのに、女の子の態度は控えめで、恥ずかしそうにもじもじしていて、転校初日だから緊張していた。



「え、えっと……和平町わへいちょうから来ました、北条ほうじょう結衣ゆいといいます。よっ……よろしくお願いします!」



北条結衣と名乗った巨乳美少女は、黒板の前で挨拶してペコッとお辞儀した。


礼儀正しい。真面目で性格もいい。和平町という平和な町で生まれ、平凡ではあるがそれなりに恵まれた家庭で育ち、胸だけじゃなく人格も16歳とは思えない立派な女の子に成長した。

汚い欲望に塗れたこの町とは対極の存在。掃き溜めに鶴である。


クラスメイトの男子は皆刹那も結衣から視線を外すことはなくじっと見つめる。

可愛すぎて見惚れている。「可愛い……」と小声でつぶやく男子もいる。一目惚れしてしまった男子も少なくない。女子ですら感心して見入ってしまうほどの美貌だった。


結衣はその視線の圧力に圧されてたじろぐ。挨拶したのになかなか返事してもらえずただ見つめられるだけで静かな空気が流れる。


みんな自分に見惚れているだけなんて夢にも思ってない結衣は、この重い空気に耐えられなくなってきた。

気まずい。怖い。結衣はこのクラスに馴染めるのか不安でいっぱいになった。


結衣は不安で震えてきた。見惚れてボーッとしていたクラスメイトたちはハッと正気を取り戻し、暖かい拍手で結衣を歓迎した。



「こちらこそよろしく!」


「1年B組にようこそ北条さん!」



歓迎してもらえたのがわかって、結衣はホッと胸を撫で下ろした。


「北条結衣ちゃんっていうんだ? あたし糸原いとはら美保みほ! よろしくね」


隣の席になった女子が気さくに声をかけてきてくれた。黒髪セミロング、おでこを出した普通の女子だった。


「う……うん! よろしくね!」


結衣は嬉しかった。クラスのみんないい人そうでよかった。早くも友達ができそうで、張りつめてた緊張がほぐれていくのを感じた。



ここは日本一治安が悪い町。そしてこの学校も不良が非常に多く暴力沙汰も日常茶飯事の底辺校。

しかし結衣は比較的まともなクラスに入ることができた。運が良かった。まあ入学したばかりで大人しくしてるだけかもしれないが。




―――




 北条結衣はなぜ平和な町からこんな地獄みたいな町に引っ越してきてしまったのか。家庭の事情。父親の仕事の都合だった。


日本一治安が悪い町だとわかってた結衣はものすごく不安だったが、クラスのみんなが優しい人ばかりで安心した。

楽しい学校生活になるといいなぁ……なんて思いながら1人で下校する。




 時刻は16時過ぎ。「馬頭ばず公園」という名の公園を見つけた結衣。


そのまま通り過ぎようとしたが、なんだかやけにその公園が騒がしい。怒号も聞こえる。悲鳴も聞こえる。


もしかして、何か事件が起きたのだろうか? 怖かったが、結衣は好奇心でそーっと恐る恐る公園の中を覗いてみた。



 ―――そこには、大勢のガラの悪そうな男たちが。

20人? いや、30人はいる。


怖そうな男たちが公園に集まって大ゲンカしていた。

拳で殴り合い、金属バットで殴り合い、ナイフを振り回したり、爆竹を投げたり。死ね、殺すなどと物騒な言葉ばかりが飛び交う。暴れる者、倒れている者、殴られながらも耐えている者。ケンカというより、戦争じゃないのか。


結衣は何がなんだかわからなかった。血だらけの人が多いこの状況にビビって混乱して動けなかった。

学校生活が楽しくなりそうなどと安心したのも束の間。やっぱりこの町は危険なのだと再確認した結衣だった。



「さあ盛り上がってまいりましたー!」



眼鏡の男、提央祭運営委員会会長の菅原がマイクを持って大声で実況していた。

何が盛り上がってるのか。テンションがかなり高い菅原を見た結衣は絶句した。

ここは修羅の国か? 結衣はひたすら怖がった。


立ちすくんでいた結衣だったが、ハッとして慌ててその場から離れようとした。

公園で暴れている男たちは結衣の存在にまだ気づいていない。


今のうちに逃げた方がいい。立ち止まったらダメだ。関わったらダメなヤツだ。

結衣は公園に背中を向け、恐怖でバクバクしている心臓を鎮めながらただちに立ち去ろうとする。

今すぐ逃げよう。見なかったことにしよう。それがベストだ。すぐにでも結衣はこの記憶を消去したかった。



「おお~~~っ! 超可愛い女の子発見~」


「ねえねえ何してんの~?」


「ひいいいいっ!?」



背後から声をかけられ、背筋が凍りつく結衣。


運悪く2人の男に目をつけられてしまった。2人ともチャラそうだし、服に返り血とかついてるし明らかにヤバそうな男たちだった。

無視してダッシュで逃げるべきだが、足がガクガク震えて逃げられなくなってしまった。



「えっ……え!? えと……わ、私ですか!?」


結衣はビクビク震えながら振り返り返事をした。

声をかけられたのは結衣じゃない。結衣の勘違いだ。そう信じたかったが、2人組の男は完全に結衣を凝視していた。


「そうだよぉ~キミ以外に可愛い女の子がどこにいるの~?」


2人組はニヤニヤしながら結衣に詰め寄ってくる。結衣はじりじりと後ずさりする。



「どうしたの~? もしかしてキミも提央祭に参加するの~?」


「えっ……!? 提央祭ってなんですか!?」


「え~知らないの? 提央町に住んでるのに」


「いや……私は昨日引っ越してきたばかりで……」


「へ~そうなんだ~?」


2人組は距離を詰めてくる。結衣は距離を空ける。その繰り返し。



「……ふーん……」


2人組のチャラ男はニヤニヤしながらジロジロと結衣を見ている。正確には、結衣のボインボインの乳房をじっくりと舐め回すように視姦していた。


「……?」


胸を見られていることをよくわかっておらず、ただ戸惑うばかりの結衣。

2人組の片方の男は、いいことを思いついたようでペロッと舌なめずりした。



「よーし、じゃあ提央祭のことを教えてあげるからさ。

その代わりおっぱい触らせてよ」


「なんでそうなるんですか!? 別にそこまでして知りたいとは思いません! やめてくださいセクハラですよ!!」


両手をわきわきといやらしく動かしながら迫ってくる男。その手は完全に結衣の乳房に向かっていた。

結衣もさすがにこれは気持ち悪いと思い即拒絶する。しかし男たちは聞く耳を持たない。


提央祭に参加してる男など女体に飢えたスケベな狼ばかりだ。そんな連中が集まっている場所に結衣ほどの極上の女の子が現れたら、当然狙われる。絶好のエサだ。



「いいじゃん別に減るもんじゃないし~。そんなでかいおっぱい見たら触れずにはいられないんだよ~」


嫌がる結衣に構わずさらに迫ってくる男ども。


「い……イヤッ……! 来ないで……!」


結衣は涙目で懇願するが、まったく聞いてくれず。ハァハァと興奮しながら手を伸ばしてくる。




 ―――その瞬間だった。



―――ゴッ!



鈍い音がしたと思ったら、2人組の男たちは横から素早い蹴りを喰らって吹っ飛んでいた。

結衣はその瞬間をはっきり見ていた。


鳥のように光のように突然現れ2人の変態を蹴り飛ばす1人の男。

前髪で左目を隠した最強の不良、南場流星であった。



「提央祭の最中に女をナンパか? いい度胸してんじゃねーか」


一発KOで気絶し倒れている2人組の男にそう吐き捨てた南場流星。

流星は結衣をチラッと見る。結衣は茫然としたまま流星を見た。


流星は、結衣を助けてくれた?

南場流星と、北条結衣。2人が出会った瞬間だった。

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